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宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~  作者: 堀吉 蔵人
アステルの託された意思

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方位一定

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

朝の打ち合わせ室には折りたたみ式のテーブルが一台あった。


 イグニスとマリエが先に来ていた。マリエは壁際の端末に向かって何かを入力していた。イグニスはテーブルに紙を広げていた。生産ラインの図面に書き込みが入っていた。昨晩だけのものではない——書き込みの密度を見れば分かった。


「昨日遅くまで作業していたか」と颯は言った。


「ダールが」とイグニスは言った。「俺はここにいた」


 マリエが端末から離れた。手に帳面を持っていた。


「患者の現況から始めます」と彼女は言った。「現時点で、M-0144の治療を受けている患者は四十三名。そのうち三名が昨日新たに加わりました」


「北区画の七名は全員入れたか」と颯は聞いた。


「六名です。一名は症状が進んでおり、今日の午後に追加の評価を行います」


「問題がなければ今日中か」


「今日中に開始します」


 マリエが帳面にペンを走らせた。颯は紙の向こうにイグニスを見た。


「生産ラインは」


「今日から第三工程の試験を始める」とイグニスが言った。図面を指先で叩いた。「ダールが昨晩、旧工具を使った動作確認をした。アリスの言った通りだった——許容範囲を○・一ミリ広げても精度は出る。現物で確認が取れた」


「試験に何が必要だ」


「素材の供給が一つ。今日は小ロットで動かして、出力の数値を見る。問題がなければ明日から本格稼働に移せる」


「問題が出た場合は」


 イグニスが一瞬間を置いた。「もう一日かける」と言った。「手順は決まっている。時間の問題だ」


 颯はそれ以上聞かなかった。


「輸送スケジュールについて」とアルテが端末から言った。颯の手元に置いた端末のスピーカーから声が出ていた。「フィーエルへの次回補給便が来月初旬の予定です。その便に今回の生産分を積み込む場合、今週末までに数量を確定する必要があります」


 マリエが帳面から顔を上げた。「今週末で、どれだけ出せますか」


「第三工程が今日中に安定すれば」とイグニスが言った。「週末までに十から十二台」


「治療中の患者への分は確保できるか」


「三十台の在庫がある。治療分は別枠で確保している」


 マリエが数字を書き留めた。「十二台を輸送に回せるなら、フィーエルの待機患者に届けられます」


 打ち合わせは三十分で終わった。イグニスが立ち上がった時、足元の砂が鳴った。現場の人間の靴だった。



 生産棟は坑道を二本挟んだ先にあった。机と工具台と作業台が並んでいて、旧連邦の製造設備が半分残っている。もう半分はアステルが独自に改造したものだった。天井が低く、照明が作業台の真上だけに集中していた。


 ダールが第三工程の台の前にいた。三十代半ばの男で、イグニスの右腕だった。旧工具を並べて、順番に手に取って確認していた。


「颯さん」とダールは言った。振り返らないまま声をかけた。「昨日の工具——前の作業場がどこか分かりますか」


「中継所の格納庫だ。棚に整理されていた」


「使われていた跡がある。摩耗のパターンが特定の作業工程に偏っています」


「旧連邦の整備員が使っていたのかもしれない」とアルテが端末から言った。「工具の製造年号と中継所の建設記録から見ると、設置当初からあった可能性が高いです」


 ダールは工具を一本持ち上げた。光に当てて角度を変えた。


「六十年以上前の工具か」


「おそらく」


「動く」とダールは言った。「昨日確認した。問題はない」


 颯は作業台の端に立った。第三工程の機器は複雑ではなかった。旧連邦の標準設計に従っている。アルテが事前に図面を出していたから、颯にも見当がついた。


「何から始める」


「素材を入れます」とダールが言った。「最初の一回は俺が全部やります。見ていてください」


 ダールが素材をセットした。段取りを一つ一つ確認しながら進めた。手順に無駄がなかった。覚えた手順ではなく、理解した手順だと颯には分かった。


 機器が動き始めた。小さな音が続いた。ダールの呼吸が一定になった。


「一工程目、基準値内です」とアルテが声を出した。「二工程目、誤差○・○三ミリ。許容範囲内です」


 ダールは工具を持ち替えた。旧工具に切り替えた。握り直した。


 機器の音が少し変わった。より細かい作業に入ったらしかった。岩盤の内側にいるため振動がなく、作業音だけが静かに続いた。


「ここです」とダールは言った。「昨日まで精度が足りなかった部分です」


 作業台の上で部品が動いた。ダールの手が角度を合わせた。数値が出た。


「○・○○九ミリ」とアルテが言った。「基準値の範囲内です」


 ダールが手を止めた。


 数秒、何も言わなかった。周囲の音が止まった。


「出た」と、静かに言った。


 颯はダールを見た。ダールは部品から目を離さなかった。


「アリスの言った通りだ」とダールは続けた。「工具が正しければ出る。最初からそういう設計だったんだ——工具込みで」


「六十年前の整備員も、同じ工具を使っていたわけだ」


 ダールがようやく颯を見た。少しだけ口元が動いた。


「この仕事に必要なものが、六十年間そこにあったのか」


 颯は何も言わなかった。


 ダールが部品を台に戻した。工具を手に取って、また光に当てた。摩耗の跡を指の腹で確かめていた。



 午後になった。


 颯は病棟の前の廊下を通った。声が聞こえた。患者の声と、医療スタッフの声が重なっていた。


 一室の扉が開いていた。中に二人の患者がいた。一人がベッドに腰をかけて、もう一人が椅子に座っていた。話していた。何を話しているかは聞こえなかった。


 颯は通り過ぎた。


 マリエが廊下の先から歩いてきた。


「六名目、今朝から始めました」と彼女は言った。「七名目は今日の午後の評価で問題がなかったので、三十分前に開始しました。全員そろいました」


「昨日退院したガリナは」


「家族の元に戻りました。連絡先を登録してあります。定期的に確認します」


 颯は廊下の壁を見た。岩盤の削り出しに、荷物を固定するフックが並んでいた。以前は資材置き場だったらしく、フックの間は空だった。


「家族はアステルにいるのか」


「夫が採掘班にいます。息子が二人、補修作業班に」


「会えたか」


「昨日の夜、食堂で」とマリエは言った。少し間があった。「私は離れたところから見ていましたが——何も言わなかったようです。ただ座っていました。全員で」


 颯は何も言わなかった。


 マリエが次の病室の方へ歩いて行った。颯はしばらくその場に立っていた。フックの並ぶ壁を見ていた。



 夕方、生産棟に戻った。


 第三工程の台で、ダールの他に二人が作業していた。イグニスも来ていた。壁際に立って、腕を組んで見ていた。


「どうだ」と颯は聞いた。


「三台目まで出た」とイグニスは言った。「全部基準値内だ。明日から本格稼働に入る」


「週末までに十四台はいけると思います」とダールが作業しながら言った。「素材の供給が続けば」


「素材はどのくらいある」


「今の在庫で二十台分」とイグニスが言った。「炉の移設が完了したら、精錬の効率が上がる。来月末には三十台分の追加供給が見込める」


 颯は生産台を見た。ダールの手が動いていた。旧工具が光に当たった。


「フィーエルへの輸送便は来月三日だとアルテが言っていた」


「そうだ。補給船の船長には話を通してある。積み込みの許可が出た」


「台数は」


「十四台を出せたとして、うち二台を予備として残す。十二台をフィーエルへ」


 颯はしばらく黙っていた。計算した。フィーエルの患者数、現在の治療状況、フィーエルが持っているM-0144の在庫。


「セイに連絡を入れる。受け入れ準備をするように」


「頼む」とイグニスは言った。


 ダールが部品を台に置いた。四台目に取りかかった。手順を繰り返した。



 夜、船に戻った。


 アルテが端末に向かっていた。颯が席に座ると、画面に数字が並んだ。


「第三工程の試験結果が出ました」とアルテが言った。「全ての計測値が基準値内に収まっています。イグニスは明日から本格稼働に移ると言っています」


「聞いた。フィーエルのセイに連絡を入れてくれ。来月三日の便で十二台を送る。受け入れ準備を頼むと」


「了解しました。今夜中に送ります」


 颯は端末の画面を眺めた。数字の並びが落ち着いていた。予定通りに進んでいた。


「アルテ」


「はい」


「通信の件。フィーエルに転送した六座標、セイから何か言ってきたか」


「昨日、受信確認の返信が来ています。座標の分析を始めたと。次の連絡は一週間後か、あるいはもう少しかかるかもしれません」


 颯は窓の外を見た。坑道の外壁が暗かった。


「他に受信したものはあるか」


 アルテが少し間を置いた。


「一つ、確認したいものがあります」と言った。


「何だ」


「三日前から、特定の周波数帯に断続的なノイズが出ています。パターンが不規則ですが——完全なランダムではありません」


 颯は端末を見た。アルテが波形を出した。細い線が上下していた。規則性があるとも、ないとも取れた。


「自然現象か」


「岩盤の磁気ノイズではありません。周波数の選択が、旧連邦時代の通信帯域に近い」


「人工的なものか」


「判断できません」とアルテは言った。「ノイズとも取れます。ただ、発信源の方位が一定です。毎回、同じ方向から来ています」


 颯は波形を見た。上下の幅は小さかった。数秒ごとに揺れていた。


「方位は」


「アステルから見て、南南東。今の航路マップに登録されていない方向です。フィーエルでも中継所の座標でもない」


 颯は手帳を取り出した。南南東、と書いた。


「受信できた時間帯はいつだ」


「深夜から明け方にかけて。昼間はアステルの採掘機械のノイズに埋もれて確認が取れません」


「つまり昼間も出ているかもしれない」


「可能性はあります」


 颯は手帳の文字を見た。南南東。どんな場所があるのか、今は分からなかった。


「もう少し様子を見ろ」


「はい」


「変化があれば起こしてくれ」


「了解しました」


 颯は手帳を閉じた。


 窓の外は暗かった。坑道の向こうに岩肌があった。その向こうに空があって、南南東の方向に何かがあった。あるいは誰かがいた。


 それだけでよかった。今夜はそれだけでよかった。


 端末の波形が静かに揺れていた。颯はそれを見ながら、明日の手順をもう一度頭の中で整理した。生産ラインの本格稼働、輸送準備の確認、フィーエルへの連絡。一つずつ片付ければいい。


 信号が何なのかは、もう少し先に分かる。

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