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宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~  作者: 堀吉 蔵人
アステルの託された意思

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中継所の炉

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

 窓の外の星が動かないほど、船内の二十台だけが重くなっていた。


 星が動かない。


 宇宙航行というのはいつもそうだった。窓の外の光点は針の穴ほどで、何時間経っても変わらない。速度計には数字が出ている。確かに進んでいる。だが体にはそれが届かない。


 颯はコクピットの椅子で背を伸ばした。骨が鳴った。フィーエルを出て十時間が経っていた。


「アルテ、現在位置」


「計画航路の三十八パーセント地点です。アステル到着まで推定十六時間」


「廃中継所まで」


「あと二時間四十分。センサー有効距離に入るのは一時間後です」


 颯はコーヒーの容器を持ち上げた。冷えていた。一口飲んで置いた。


 後部の貨物区画には、M-0144が二十台、バルクヘッドに固定されて眠っていた。アステルですでに動いている二十台と合わせれば四十台になる。最重症者の当面必要数を超える。


「センサーが届いたら教えてくれ」


「了解しました」


 エンジン音が続いた。空調の低い振動、計器の明滅。航行中の定常状態。颯は手帳を取り出した。アステルの電力炉の診断データ、補助電源の必要容量、部品のリスト。廃中継所が何かを持っていたとして、使えるかどうかは現物を見なければ分からない。アルテは「確認するだけでいい」と言った。寄り道するかどうかはその後で決める。


 手帳を閉じた。



 一時間後、アルテが声を出した。


「センサー有効距離に入りました。スキャン開始します」


「何が見える」


「残骸の輪郭が確認できます。主構造物は三棟。接続通路は二か所で崩落しています。旧連邦中継所の標準規格、甲型です。設計書のデータと照合中」


「電源系統は」


「確認中です——熱源反応が微弱に、あります」


 アルテの声のトーンが変わった。


「熱源?」


「非常に小さい。炉の残留熱ではありません。規則的な周期があります」


 颯は計器に顔を近づけた。数字が波打っていた。


「生きているか」


「定義次第です。本格稼働ではありません。省電力モードの自動保全機能が働いている可能性があります。旧連邦の施設は無人になった後も最低限の自己維持を続けるように設計されたものがあります」


「何年続けていられる設計だ」


「記録では最大四十年とあります。ただし実際の耐久性は個体差が大きい」


 中継所の規模は小さかった。甲型というのは中間サイズで、人員十二名規模の施設だったはずだ。それが今、無人で熱源を出している。


「接近する価値があるか」


「あると思います。ただリスクがあります。構造が脆弱になっている可能性があります。ドッキングポートの状態は現時点では不明です」


「外から確認できるか」


「一キロ以内に接近すれば詳細スキャンが可能です。ドッキングはその後で判断できます」


 颯は航路を調整した。



 中継所が窓に見えてきた。


 黒い宇宙に浮かぶ灰色の塊だった。直線と直角で構成された無骨な構造。装飾がない。機能だけで作られたものの輪郭。接続通路の崩落した箇所が見えた。金属が花びらのように外側へ開いていた。圧力差で吹き飛んだ形だ。古い事故の跡だった。


「ドッキングポートを確認しています。正面に一か所、右舷に一か所——右舷のポートは損傷あり。正面のポートは外観上の変形が少ない。ただし内部の気密状態は不明です」


「熱源はどこだ」


「主構造物の中央部です。設備室か機関室と思われます」


「着けてみる」


 アルテが少し間を置いた。


「了解しました。ドッキング手順を開始します」



 ハッチが開いた。


 空気は冷たかった。息が白くなるほどではないが、服の下まで冷気が染み込む感覚があった。颯は手袋をつけた。ライトを点けた。


 中継所の内部は暗かった。壁面のパネルが一部点灯していたが、非常灯の類で光量は少ない。床に砂のような粉塵が積もっていた。重力は生きている——おそらく慣性制御装置が低出力で動いている。


「アルテ、内部センサーにつなげるか」


「接続を確認しました。ただし利用可能なセンサーは全体の三割程度です。設備室に向かってください。右の通路を進んで突き当たりです」


 颯は通路を歩いた。足音が反響した。壁面の配管が露出している部分があった。旧連邦の設計——むき出しの金属、実用一辺倒。修理しやすいように、すべてが手の届く位置にある。


 設備室のドアは重かった。手動で開けた。


 中に機械があった。


 小型炉だった。縦横一メートルほどの箱型。表面に計器が並んでいる。いくつかの表示灯が点いていた。緑と橙。赤はない。


「これが熱源か」


「そうです。旧連邦標準型の独立炉です。出力は定格の七パーセントです。動いています」


 颯は炉の横に膝をついた。計器を一つ一つ見た。出力値、温度、燃料残量——燃料残量の表示が目に入った。


「燃料が残っている」


「推定で定格容量の十五パーセントほどです。この出力を維持するならば、あと三年は動くと計算できます」


 颯は立ち上がった。炉の周りを歩いた。背面を見た。配線が生きている。接続端子が見えた。


「アステルに持ち出せるか」


「設計上は移設可能です。ただし分解と再組み付けには旧連邦の手順書が必要です。重量は百三十キログラムを超えます。最低でも二人作業が必要になります」


「今回は位置を記録する」


「記録済みです。詳細スキャンデータと合わせて保存しました」


 颯は周囲を見回した。設備室の棚に金属製のケースが並んでいた。蓋を開けた。工具だった。旧連邦規格の専用工具——研磨剤の匂いがかすかにした。長い間使われていないが、保存状態は悪くなかった。


「この工具は持っていく」


「移設に使える規格ですか」


「アリスが言っていた第三工程の工具に近い規格のものがある。ダールの作業範囲が広がるかもしれない」


 颯はいくつかを選んで袋に入れた。



 設備室のほかに、通信設備の残骸が見つかった。アンテナ部分は損傷していたが、制御基板はいくつか生きていた。颯はアルテの指示に従ってそれを取り外した。フィーエルの通信修繕に使えるかどうかは、セイかアリスが判断するだろう。


 最後に資料室へ入った。デスクが三つ、棚に端末が並んでいる。颯が一つを拾い上げた。電源を入れると、しばらく待って暗い画面が光った。


 旧連邦の起動画面——同じ画面を錆鉄丸でも見る。颯には見慣れた文字列だった。


 アルテが接続した。


「データを抽出しています。損傷が大きい——ただし、一部の航路データが残っています」


「どの区域の」


「この中継所が管轄していた宙域です。旧連邦時代の航路マップ——百四十年前のものですが、地形データとしては有効です。当時の他の中継所の位置も記録されています」


「他の中継所」


「九か所の記録があります。うち三か所はすでに私のデータと重複しています。残り六か所は私のデータにない座標です」


 六か所。


「全部のデータを抽出できるか」


「完全抽出には四十分必要です」


「やれ」


 颯は椅子に座った。デスクの上に肘をついた。四十分待つ。アステルへの到着が遅れる。だが六か所の座標は価値がある。それだけで、探索できる場所が増える。


 窓がなかった。宇宙が見えなかった。中継所の内部は静かだった。アルテがデータを引き出している。机の下の空調だけが動いていた。



 抽出が終わった。


 颯は中継所を出た。ハッチを閉めた。ドッキングポートを切り離した。錆鉄丸がゆっくりと離れた。窓から中継所が見えた。灰色の箱が、また宇宙の中に沈んでいった。


「アステルに予定到着時刻の変更を知らせてくれ」


「送信します。到着は当初より一時間五十分遅れます」


「イグニスに炉の話を伝える。引き取りの人員が出せるか確認してもらう」


「了解しました。炉のスキャンデータを添付します」


「他の中継所の座標はフィーエルのセイに転送してくれ。通信設備の修繕が終わった後、探索候補の情報として使える」


「転送します」


 颯はエンジン出力を上げた。アステルへの航路に戻った。


「アルテ」


「はい」


「中継所が何年動いていたと思う」


「データに起動記録がありません。ただ炉の劣化状態から——最低でも六十年、可能性としては八十年以上かもしれません」


 颯は窓を見た。中継所はもう見えなかった。


「誰も使わない場所で、ずっと動いていたわけか」


「機械は命令通りに動き続けます」とアルテが言った。「止まれという命令が来なかったから、止まらなかった」


 颯は何も言わなかった。計器にアステルまでの距離が出ていた。星がまた動かなかった。



 アステルの姿が見えてきたのは、翌日の昼前だった。


 岩盤に穿たれた基地——入り組んだ坑道の出口に着陸パッドがある。颯は何度か来た場所だった。土地の形を体が覚えていた。


「着陸許可を申請します」とアルテが言った。


「頼む」


「イグニスから返信が来ています。炉の件、確認したいと言っています。人員の調達について打ち合わせたいと」


「分かった」


「あとマリエから。患者の一人が昨日退院しました、という報告です」


 颯は計器から目を離さなかった。


 着陸脚を展開した。パッドの誘導灯が点いた。風は岩に遮られて弱かった。埃が舞った。


「前と同じ患者か」


「いいえ、別の人です。M-0144の治療を受けて十二日目の患者です」


 颯は着陸させた。エンジンを絞った。


「十二日か」


「記録にある旧連邦時代の平均的な回復期間は、この症例では十四から十八日とされていました。それより早い」


「現地の患者に合わせて調整している」


「イグニスとマリエが細かい変数を調整しています。データが蓄積されるにつれて、治療効率が上がっていくと思います」


 颯はシートベルトを外した。



 格納庫に降りると、イグニスが来ていた。作業着に砂が付いていた。今日も現場に出ていたらしい。


「おかえり」とイグニスは言った。


「ただいま」


「炉の話、スキャンデータを見た。本当に動いているのか」


「動いていた。七パーセントの出力で、ずっと」


 イグニスが額に手を当てた。何かを計算している顔だった。


「移設できるなら、補助電源として使える。今の炉が止まった時の保険になる」


「引き取りの人員を出せるか」


「来週末なら三人出せる。うちの採掘船を使う。分解に二人、搬出に一人——手順書だけ送ってくれ」


「座標と手順書はアルテのデータにある。送っておく」


「助かる」とイグニスは言った。しばらく間があった。「工具も見つかったと聞いた」


「袋に入っている。ダールに渡してくれ。アリスが言っていた——第三工程の精度基準は旧連邦工具の許容範囲が広がれば達成できると。○・一ミリ甘くしても動作するのを現物で確認したと言っていた」


 イグニスは颯を見た。


「フィーエルの整備士か。会ったことはないが——よく見ている」


「よく見ている人間だ」と颯は言った。



 荷物を降ろした。


 M-0144の入った箱を台車に乗せた。イグニスが慣れた手つきで固定を外した。機械の扱いを体で知っている人間だった。台車が動き始めた。基地の廊下に入った。


「マリエから退院の話は聞いたか」とイグニスは言った。台車を引きながら、前を向いたままだった。


「アルテから聞いた。十二日目だと」


「昨日の朝だ。自分で起き上がって、自分の足で病室を出た。スタッフが三人ついていたが、結局誰も手を貸さなかった」


 廊下の壁が岩盤だった。削り出したままの面に、配管が這っている。


「次の患者はどのくらいいる」


「今四十台で、北区画に七名残っている。今週中に全員治療が始められる」


「生産ラインの状況は」


「ダールが第二工程までを安定させた。今週中に第三工程の試験を始める予定だ。工具があれば、それが使える可能性がある」


 台車が角を曲がった。病室のある区画に入った。廊下の照明が少し明るくなった。


「颯」とイグニスは言った。


「何だ」


「さっきの退院した患者——ガリナという女だ。四十二歳。三年間起き上がれなかった。昨日、自分で歩いて食堂まで行った。一人で」


 颯は何も言わなかった。台車の車輪が廊下の継ぎ目を越えた。


「俺はその場にいた」とイグニスは続けた。「何も言わなかったが——ずっとそこに立っていた」


 廊下が静かだった。空調の音だけが続いていた。


「台車を止めてくれ」と颯は言った。


 イグニスが台車を止めた。


 颯は箱の一つに手を置いた。固定金具が冷たかった。


「二十台ある」と颯は言った。「今日から全部使える」


「分かっている」


「それだけだ」


 台車がまた動き始めた。病室の方へ向かった。廊下の先に明かりが見えた。



 夜、コクピットに戻った。


 アルテが端末の電源を落としかけていた。颯が戻ってくる時間帯を覚えているらしく、スリープのタイミングが合わせてある。


「データの整理が終わりました」とアルテが言った。「中継所の航路マップ、未知の六座標に注釈を付けました。旧連邦時代の運用記録の断片が残っていました」


「どんな場所だ」


「三か所は補給拠点の性格が強い。残りの二か所は採掘支援、一か所は分類不明です。分類不明の一か所は、通常の中継所より大型の構造が示唆されています」


「優先順位は」


「補給拠点の一つが、アステルとフィーエルの中間よりやや外に位置します。アステルの資源問題が落ち着いた後、次の目的地候補になり得ます」


 颯は端末の画面を見た。星図が出ていた。フラグが六か所。今朝まで知らなかった場所だった。


「一つ聞いていいか」


「はい」


「お前のデータには、設計図が四千二百件ある。航路マップもある。旧連邦の施設記録もある。それをずっと持ったまま、一人でいたわけか」


 アルテが少し間を置いた。


「データは一人で持っていても機能しません」とアルテは言った。「使われることで初めて意味を持ちます。颯が来るまで、私のデータは中継所の炉と同じでした——動いていたが、使われていなかった」


 颯は窓を見た。アステルの夜空は岩盤が遮って、星はほとんど見えない。わずかに隙間から見えるものが二つ三つあった。


「炉は止まれという命令が来なかったから止まらなかった」と颯は言った。


「ええ」


「お前は」


「私は——待っていました」とアルテは言った。「命令ではなく、必要とされることを」


 颯は何も言わなかった。


 計器が低く光っていた。アステルの外気温が表示されていた。夜になって零下に下がっていた。


「明日、イグニスとマリエと打ち合わせがある。生産ラインの第三工程の話と、次の輸送スケジュール。出力してくれ」


「了解しました」とアルテが言った。「出力します」


 画面に数字が並んだ。颯はそれを手帳に書き始めた。


 窓の外で、星が動かなかった。だが、貨物区画の二十台は、確かにアステルへ近づいていた。

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