搬出前夜
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セイの部屋は狭かった。
テーブルが一つ、椅子が二脚。壁に棚が三段あって、端末と工具と紙の束が乱雑に積まれていた。食事は配給のスープと乾燥した穀物だった。それ以上でも以下でもなかった。
「集まったか」と颯は聞いた。
「四十二台分の部品が揃った。フィーエルで仕掛品を六台組んだ。アステルへの輸送分として完成品が二十台ある」とセイは答えた。スプーンを置いた。「お前のリストの通りだ」
「イグニスからは?」
「昨日通信が来た。炉の定期診断に入ったと言っていた。四十八時間で終わる予定だと」
颯はスープを飲んだ。ぬるかった。フィーエルの暖房は節約モードで動いている。
「アリスとカレンは?」
「アリスは今日の夜番だ。明朝に出てくる。カレンは昼に搬出の下見をした。問題ないと言っていた」
颯は椅子の背に体を預けた。疲れは七十五時間の航行より、アステルの三日間の方が濃かった。あちらは決めることが多かった。
「二十台、前と同じ積み方でいくか」とセイが言った。
「バルクヘッドの金具はまだ使える。確認してから決める」
「格納庫に予備の金具もある。朝に持っていけ」
「分かった」
セイが頷いた。短い沈黙があった。
「イグニスはどうだ」
颯は答える前に、アステルの最後の朝を考えた。イグニスが工具を持って格納庫から出て行く後ろ姿。
「仕事を続けている」と颯は言った。「患者のデータを出すと言っていた。戻った時に数字が出る」
「それは助かる。アルテが解析するだろう」
「そうだ」
食器を片付けた。セイが立ち上がった。
「明朝六時に格納庫で積み込みをする。アリスも来る。カレンも来る」
「了解した」
「寝る場所は昨回と同じ区画に取ってある」
颯は礼を言って部屋を出た。廊下の照明が暗かった。節電モードで明け方まで絞られたままになる。壁を伝って歩いた。
錆鉄丸に戻ったのは夜の九時過ぎだった。
コクピットの照明が一段階上がった。アルテが颯が乗り込んだことを察して自動で調整した。
「セイから状況を聞きました」とアルテが言った。「二十台、積み込みは明朝です」
「金具の状態を朝に確認する。バルクヘッドの搭載レールの規格データを出してくれ」
端末に数字が並んだ。颯は手帳に写した。前回の積み込みで使った数値と同じだった。
「それと——」とアルテが言った。
「何だ」
「アステルへの帰路で、もう一か所通過できる場所があります。大きな迂回にはなりません。出発前の航路計算で盛り込んでおきたいと思いまして」
「どこだ」
星図が表示された。アステルとフィーエルの間に、小さなフラグが立った。
「廃棄ステーションの残骸です。旧連邦時代の中継所だったものです。私のデータには電源系統の記録があります。現状は分かりません。ただ——」
アルテが少し間を置いた。
「通過の際にセンサーを向ければ、使えるものが残っているか分かります。立ち寄りは不要です。確認するだけでいい」
「理由は」
「アステルの電力問題です。炉の診断が終わっても、長期的な補助電源があった方がいい。旧連邦の中継所は独立した小型炉を持つことが多かった。確認する価値があると判断しました」
颯は星図を見た。迂回距離はわずかだった。六時間も変わらない。
「航路に組み込んでくれ」
「了解しました」
アルテが端末の表示を消した。コクピットが薄暗くなった。
「颯」
「何だ」
「アステルで退院した患者が歩いて自室に戻ったと言っていましたね」
「そうだ」
「私のデータにあるM-0144の設計理念を確認しました。旧連邦の開発者の記録です。最初の試験稼働の時に——患者が自力で歩いた。それを開発者が記録していました。颯が見たものと同じことが起きたことになります」
颯は何も言わなかった。
「百年以上前に起きたことが、今日アステルでも起きた」とアルテは続けた。「記録と現実が重なりました」
「その開発者は今もいるか」
「いません。記録だけが残っています」
「そうか」
窓の外に星があった。フィーエルの夜空は岩盤に遮られた部分が多い。見える星は少なかった。颯は目を閉じた。
明け方、格納庫に人が集まっていた。
アリスが先に来ていた。壁際に箱が積まれていて、その前で端末を操作していた。颯が入ってくると顔を上げた。
「二十台、外装の最終確認が終わりました。輸送中の振動を考えて四点固定推奨です」
「バルクヘッドの金具の状態を確認する」
「持ってきました」とアリスは言って、棚から長い金属レールを取り出した。「規格表を見ました。前回と同じものです」
颯はレールを受け取った。手の中で重さを確かめた。冷たかった。旧連邦の刻印が残っていた。歪みはなかった。
「使える」
「では積み込みに入ります」
カレンが格納庫の外から台車を引いてきた。二十台の機器が箱に入って積まれている。台車の車輪が金属の床に当たる音が廊下から響いてきた。
「おはようございます」とカレンは言った。息が少し弾んでいた。「重いですが転がります」
「ご苦労」と颯は言った。
セイが後から入ってきた。コーヒーの入った容器を持っていた。アリスに渡した。自分は飲まなかった。
積み込みは二時間かかった。
颯とカレンが機器を船内へ運んだ。アリスが固定金具の取り付け手順を確認しながら指示を出した。セイが荷重分散を計算して並び順を決めた。アルテが船内センサーから重心変化を読み続けた。
「少し右に寄っています」とアルテが言った。「三番と四番の位置を左側のレールに移動してください」
颯が箱を動かした。
「バランスが取れました」
「固定する」
金具を締めた。レンチで一本ずつ確認した。カレンが反対側から補助した。手つきが慣れていた。締め付けのトルクを感じ取っているようだった。最後の一本を締めたとき、カレンが小さく「いいです」と言った。確信のある声だった。
「カレン、輸送の仕事をしていたことがあるか」
「昔少し」とカレンは答えた。「手が覚えています」
「そうか」
颯はバルクヘッド全体を見渡した。二十台が収まっていた。移動の余裕はなかったが、固定はしっかりしていた。
出発は昼を目指していた。
格納庫に戻ると、セイが壁際に立っていた。端末を持っていた。
「追加の連絡が入った」とセイは言った。
「何だ」
「アステルの北区画に残っている未処理の患者リストだ。イグニスから。マリエという医療担当者が送ってきた。今後の治療計画と照合してほしいと言っている」
颯はセイの端末を見た。数字と名前が並んでいた。
「アルテに送れ」
「もう送った」
アリスが近くで腕を組んで聞いていた。
「全員に届きますか」とアリスが聞いた。颯に向けた言葉だった。
「今回の二十台と現地の二十台で四十台になる。生産ラインが動けば三週間で七十台に届く。その数字は患者全員を超える」
「生産ラインが動くとして」
「イグニスが動かす」と颯は言った。「俺は設計書の続きを持って行った。あとはあそこの技術者次第だ」
アリスが黙った。何か考えている顔だった。
「設計書の続き、私も写しを見ました」とアリスは言った。「製造の第三工程——旧連邦の工具が必要な部分がありますね。アステルに旧連邦の工作機械がありますか」
「旧連邦時代の採掘設備がある。転用できるかはダールという加工担当者が見ている」
「ダール」とアリスは繰り返した。「その人に伝言を頼めますか」
「言ってくれ」
「第三工程の精度基準は設計書の数値より○・一ミリ甘くしても動作する。私が現物で確認しました。工具の許容範囲が広がります」
颯は手帳にそれを書いた。
「伝える」
「よろしくお願いします」とアリスは言った。軽い口調だった。いつもそうだった。
昼前、セイが格納庫まで見送りに来た。
アリスとカレンも来た。アリスは小型の端末を颯に渡した。
「M-0144の最新の調整手順を入れました。アステルで必要になったら使ってください」
「ありがとう」
颯は端末を受け取って、船内に置いた。カレンが荷物の固定をもう一度だけ確かめていた。手で揺らして、小さく頷いた。
「大丈夫です」
「分かった」
セイが近づいた。手ぶらだった。
「お前がアステルに戻ったら、イグニスに言ってくれ。フィーエルの通信設備の修繕が来週終わる。安定した通信ができるようになれば、生産計画を共有しやすくなる」
「分かった」
「それだけだ」
颯は頷いた。タラップを上がった。
格納庫の床から見上げると、アリスが手を振っていた。大きくではなく、軽く。カレンが隣に立っていた。セイは腕を組んで壁に背を預けていた。
「アルテ、出発準備」
「了解しました。エンジン点火します。重心バランス、問題なし。離陸許可を申請します」
着陸脚がゆっくり上がった。格納庫の天井が視界に入った。シャッターが開いた。空が見えた。
「飯がまずかった」と颯はハッチが閉まる直前に言った。
格納庫の下でセイが聞こえたかどうかは分からなかった。
「出発します」とアルテが言った。
錆鉄丸が浮いた。フィーエルが小さくなった。
後ろに二十台のM-0144が固定されたまま、アステルへ向かう航路が伸びていた。
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