フィーエルへ
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朝のリストは十七項目だった。
颯はコンソールの画面を見た。アルテが昨夜作成したものだった。項目の横に優先順位と所要時間の見積もりが付いていた。簡潔だった。余計なものがなかった。
「これをイグニスに見せる」
「はい。紙に出力しますか」
「出しておいてくれ」
食事を取りながら、颯は項目を頭に入れた。六日間の留守の間に動かせるものと、戻ってから一緒にやるものが分かれていた。前者は八項目。後者は九項目だった。
技術室には七時前に入った。
イグニスは前日と同じ位置にいた。作業台の前に立って端末を操作していた。きれいな姿勢だった。
「持ってきた」と颯は言って、プリントを置いた。
イグニスが手を止めて紙を見た。最初の行から丁寧に読んだ。黙ったまま最後まで読んだ。
「これは俺一人でできる項目か」
「八項目のうち六項目はできる。二項目はマリエに確認してもらう必要がある。医療関連の在庫確認だ」
「マリエなら正確にやる」とイグニスは言った。紙を折って胸ポケットに入れた。「旋盤の二人に話したか」
「今からだ」
「製造区画にいる。俺が連れて行く」
製造区画は基地の東側にあった。
旋盤が二台、奥の壁際に並んでいた。一台は動いていた。カバーが開いていて、内部の部品を加工する金属音がした。
男が旋盤の前に立っていた。五十代か。短い白髪だった。体つきが厚かった。顔をこちらに向けなかった。
「ダール」とイグニスが呼んだ。
男が手を止めた。振り返った。
「何だ」
「客だ」
ダールが颯を見た。値踏みする目ではなかった。確認するだけの目だった。
「設計書を持ってきた奴か」
「そうだ」
ダールは颯の顔を一度見てから、作業台の上の部品を見た。
「どういう仕事だ」
颯は端末を出してアルテに設計書の寸法データを表示させた。作業台の前に置いた。
「フィルター修繕用の部品を加工する可能性がある。設計書の寸法と実際の部品が合わない場合の調整だ。戻ってから実測して、必要なら依頼する」
ダールは端末の画面を見た。番号と数値が並んでいた。
「フィルターの膜構造か」
「そうだ」
「旧連邦規格の部品と今手元にあるやつで寸法が違うことは多い」とダールは言った。「合わないのは当たり前だと思って来い。どれくらいのロットで要る」
「まだ分からない。実測してから数を出す」
「分かった。戻ってから来い」
イグニスが颯を見た。「もう一人はシフトが昼からだ」
「ダールに話してあれば伝わるか」
「伝わる」
出発は午後二時に設定していた。
それまでの間に、颯は燃料補充の手配をした。イグニスが管理区画から補充を手配してくれた。補充は一時間かからなかった。錆鉄丸のタンクに規定量入った。
医療区画を通った。
マリエがちょうど出てきたところだった。
「昨日から四十二名に反応が出ています」と彼女は言った。
「昨日の二十七からか」
「一晩で十五名増えました。重症患者のうち二十名には今日から治療を開始します」
颯は廊下の奥を見た。患者ベッドが並んでいた。そのうち一つが空だった。
「一つ空いている」
「先ほど退院した患者の分です」とマリエは言った。「歩いて自室に戻りました。付き添いなしで」
颯は何も言わなかった。廊下の奥の空きベッドを、もう一秒だけ見た。
「機器の追加はフィーエルから持ってくる」
「よろしくお願いします」
午後、錆鉄丸のコクピットに戻った。
出発の準備を確認した。計器の数値を読んだ。燃料は満タンになっていた。問題はなかった。
イグニスが格納庫に入ってきた。
「行くか」と彼は言った。
「ああ」
「六日後だな」
「六日後に戻る。材料リストの確認をセイ経由でもう一度取る。変更があれば通信する」
「分かった」とイグニスは言った。手に工具を持っていた。すぐに別の作業に戻るつもりだった。「颯」
「何だ」
「M-0144を使える患者は全員使っている。お前が戻る頃には確認できることがある」
「何が」
「どれくらい効く設備かということだ。データが出る。アルテに渡せる数字が出る」
「それは助かる」と颯は言った。
イグニスは頷いて、格納庫から出た。工具を持ったまま歩いていた。扉の陰に消えた。
錆鉄丸が浮き上がったのは二時十分過ぎだった。
岩盤の天井が後退した。ハッチが開いた。外の空間が広がった。
アステル採掘基地の全景が小さくなった。岩盤に食い込んだ構造物。換気口の並び。着陸パッドの縁。それが下に遠ざかった。
「航路を固定します」とアルテが言った。「フィーエルまで七十二時間の予定です」
「星図を出してくれ」
画面に航路が描かれた。障害物は少なかった。岩帯が一か所あった。迂回するとプラス四時間になる。直進は可能だが精密な操作が要る。颯は岩帯を見た。
「直進で行く」
「了解しました。通過予定は出発から三十一時間後です」
颯はエンジン出力を上げた。アステルが点になった。
最初の夜が来た。
速度は巡航に落ちた。コクピットの照明を絞った。アルテが周囲のセンサーを監視していた。
「アルテ」
「はい」
「今のアステルの患者数は全部で何人だ」
「負傷・疾病の記録がある患者は百十二名です。そのうちM-0144の治療対象が七十名。今日時点で治療を開始したのは四十二名です」
「七十名全員に機器が渡るのはいつになる」
「フィーエルからの追加二十台が届いた時点で四十台になります。その後の生産ラインが動けば、七十台まで三週間程度で到達できます」
「三週間以内に炉の問題が解決しなければ、治療を続けながら停電リスクが出る」
「電力の優先配分プランが必要です。イグニスさんに打診しておく必要があります」
「戻ったら話す」
颯は窓の外を見た。星が動いていなかった。速度があっても遠い星は動かない。
「アルテ、前の持ち主はどういうルートでフィーエルを目指していた」
間があった。
「記録されているデータを確認します」とアルテが言った。「航路ログが残っています。出発地点はアステルより更に外縁部です。フィーエルへ直進していました。途中で船の状態が悪化したことが計器ログから読み取れます」
「設計書を持って、届かなかった」
「はい」
颯は窓の外を見続けた。何も言わなかった。アルテも何も言わなかった。
二日目の朝になった。
岩帯の通過は昨夜の深夜だった。颯が手動で操作した。アルテが座標を読み続けた。二時間かかった。問題はなかった。
コンソールにセイからの短い通信が入っていた。颯がアステルを出た頃に送ってきたものだった。
「材料の半分以上を確保した。残りも目途がついた。来い」
それだけだった。
「アルテ、到着時刻の再計算をしてくれ」
「岩帯の通過で若干時間を取られましたが、予定より三時間の遅れです。到着は出発から七十五時間後になります」
「問題ない」
颯はシートを倒して仮眠を取った。目が覚めた時、時計は昼を過ぎていた。アルテが何も起こさなかったということは、特に問題がなかったということだった。
「何かあったか」
「ありません。センサーに反応なし。航路に変更なし」
颯は水を飲んだ。窓の外の星の配置が変わっていた。フィーエルの方向に引力の中心がある。感じるものではないが、航路が少し曲がっていた。
三日目の昼過ぎ、フィーエルの形が見えてきた。
岩石質の惑星だった。表面に人工物の光が点在していた。補給基地の照明だった。颯はスロットルを絞った。アルテが着陸許可を申請した。
「フィーエル管制より着陸許可が出ました」とアルテが言った。
「着陸する」
地表が迫った。補給基地の構造物が広がった。颯は着陸パッドに照準を合わせた。逆噴射。速度が落ちた。着陸脚が降りた。
地面に触れた瞬間、セイが格納庫の扉の前に立っているのが見えた。
「遅い」とセイは言った。扉が開く前から声がした。「岩帯で寄り道したか」
「通り抜けた」
「飯の準備がある。先に来い」
颯はシートから立ち上がった。フィーエルの重力が体に戻った。アステルより少し軽かった。
「アルテ、到着を記録してくれ」
「記録しました。アステルを出発してから七十五時間十二分です」
颯は格納庫を出た。セイが前を歩いていた。いつもと同じ歩き方だった。
戻ってきた。次は積んで帰る。
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