銀河の囁き
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朝の報告はアルテが待っていたように始めた。
「昨夜の信号の解析が完了しました」
コンソールに座ったばかりの颯は、カップを置いた。窓の外のフィーエルに斜めの光が当たっている。赤みがかった砂が長い影を伸ばしていた。
「聞かせてくれ」
「今回のデータブロックには、以前の七回の信号にはなかった三つの情報が含まれていました。一つ目は座標データです。送信元の現在位置と、送信者が認識している周辺コロニーの推定座標が四箇所含まれています。うち二箇所は旧連邦時代の既知の補給基地に一致します。残りの二箇所は旧連邦データベースに登録のない未確認座標です」
「生存確認は」
「座標情報のみです。ただし二つ目の情報ブロックと合わせると判断の根拠になります」
アルテが一拍置いた。
「送信元のコロニーは現在、呼吸器系の感染症が流行しています。既存の医薬品は枯渇しており、合成設備もない。信号には旧連邦医療技術への要請が明記されています。M-0144 という固有名称は含まれていません。旧連邦の医療システム全般への言及です」
颯はシートから少し前のめりになった。
「誰かが送っている」
「はい。システムIDは有効なまま維持されています。三つ目の情報は送信元の旧連邦行政区分コードです。フロンティア区分の形式に準拠しています」
「どのくらいの距離だ」
「受信強度と拡散率から、二十から二十三天文単位の範囲内と推定します。誤差は大きい。精度を上げるには継続した受信が必要です」
颯は窓の外を見た。フィーエルの砂が朝の光を跳ね返している。
「セイを呼んでくれ」
セイは工作区画の椅子に腰を下ろして、アルテの報告を黙って聞いた。腕は組まなかった。テーブルの上に両手を平らに置いたまま、アルテの声が続く間、指先だけが一度動いた。
「コードを見せろ」
アルテが端末に表示した。セイは数秒それを見た。目が止まった。
「アステルだ」
「知っているか」
「旧連邦のフロンティア区分で第七外縁域に属した集落群だ。アステル・ベースという名称で、民間の採掘コロニーだった。連邦崩壊の前後に交信が途絶えた。それ以降の情報は持っていない」
颯はセイの顔を見た。
「呼吸器系の感染症だ。今、人が死んでいる可能性がある」
セイが頷いた。すぐには何も言わなかった。
「M-0144 で対応できる症例か」
「アルテ」と颯は言った。
「M-0144 の設計仕様に呼吸器系の感染症プロトコルは含まれています。ただし病名が確認できていないため、適合率の推定には限界があります」
「輸送するには追加の製造が必要だな」
「現在稼働しているユニットはフィーエルの治療に使用中です。輸送用には別途製造が必要です」
窓の外に工作区画の音が聞こえた。誰かが金属を叩いている音だった。
「まず確認を取れ」とセイが言った。「信号への返答が可能かどうかを試す。相手が生きているなら応答するはずだ」
「送信機の出力を上げる必要がある」
「アリスに頼め。送信機の改修はアリスが一番早い」
午前十時、橋本から連絡が来た。
ヒデオの二日目の測定結果だった。颯は端末を持って廊下へ出た。
橋本が医療区画のドアの前に立っていた。颯を見て、ドアを開けた。
「数値の変化は継続しています。昨日と同じ方向です」
颯は中に入った。
白い部屋の中央のベッドにヒデオが横たわっていた。髪は白く、手の甲の皮膚が薄かった。チューブが腕の内側に沿って端末まで伸びている。颯が近づくと、ヒデオは目を向けた。
「昨日と今日で、手の感覚が変わった」
低い声だった。
「昨日の夜は指先だった。今朝は手首まで感じが戻ってきた気がする」
「橋本はなんと言っている」
「数値を見て今日の午後に改めて話すと言っていた。楽観的な見通しは言わない人間だ」
「そうですね」
ヒデオが顔を天井に向けた。
「カレンが朝に来た。何も言わないが、立ち方が変わった。前は毎回来るたびに顔が少し固かった。今日は違った」
颯は答えなかった。
「その子は土と機械が好きだ。教えてきた中で、手の感覚が一番正確な人間だった。あと半分、教えることがある」
「ヒデオさんが手を動かせるようになったら話してください」
「ああ」とヒデオは言った。「そのつもりだ」
昼前に工作区画に戻ると、アリスが設計書の束を広げていた。
「セイから聞きました」
「アステルへの返答か」
「それも含めて」
アリスが設計書の一ページを颯の方へ向けた。旧連邦の製造工程表だった。工程が縦軸に並んで、作業者のレーンが横に区切られている。
「今の製造は颯さんが一人で主要工程を担っています。この工程表を見ると、旧連邦の標準製造では四つの工程を並列に走らせています。颯さん一人でやっている部分を分割できれば、月の製造数を増やせます」
「誰に任せる気だ」
「私とカレンです。カレンは素材の感覚が正確です。旧連邦の工程表には締め付けトルクの感触を習熟した作業者向けのマニュアルが別途あります。それを読めばカレンは使えます。私は設計書を読む速度が速い。颯さんが全体の監修に回れれば、製造速度は倍以上になる可能性があります」
颯はアリスを見た。細い目が設計書の上で止まっていた。
「やれるか」
「一台目は一緒にやります。手順の確認をしながら。二台目から分割します」
「今日の午後に始めよう」
夕方、セイが工作区画に来た。
颯とアリスが工程表を広げているのを見て、椅子を引いた。端末を開いて、スタイラスで何かを描いていた。
「ルートを試算した」
颯は手を止めた。
「アステルまでの距離を二十五天文単位と仮定した場合、錆鉄丸の現在の推進力では、最低一回の補給が必要になる。問題は補給地点だ」
「未確認の二箇所の座標が使えるかどうかにかかっている」
「そうだ。アルテが解析を続けているが、確認が取れるまでは机上の計算だ」
セイが端末を颯の方へ向けた。
「もう一つ問題がある。護衛だ。ルートの途中に未調査の宙域が含まれる。錆鉄丸一隻で行くのはリスクが高い」
「フィーエルから出せる船があるか」
「今すぐは無い」とセイは言った。「改修中のものが一隻あるが、仕上げに二か月かかる。一か月には縮められないか、アリスに確認しているところだ」
アリスが設計書から顔を上げた。
「可能かどうかは来週分かります」
颯はテーブルの上の工程表と端末の図面を見た。
「二週間で試算を出せるか。M-0144 の製造スケジュールと、ルート計画を照らし合わせる。送信機の改修が終わり次第、アステルへの返答を試みる。応答があれば現地の状況を直接確認できる」
「それで行こう」とセイが言った。
夜、颯は錆鉄丸の中に一人だった。
アルテが座標データの解析を続けている。コンソールの橙のランプが暗い船内を染めていた。窓の外に星が見えた。
「アルテ」
「はい」
「前の持ち主が届けられなかった設計図がある」
「はい」
「あれは排熱ダクトに六年間あった。誰も知らないまま」
「そうです」
颯はコンソールに肘をついた。
「アステルに届かなかったものが今もあるかもしれない。旧連邦の医療技術が存在すると知らずに、病人が増えている」
アルテが少し間を置いた。
「その通りです」
「行くことにする」
「はい」とアルテが言った。
エンジンの振動が低く、骨まで伝わる。フィーエルの砂の上に錆鉄丸が置かれている。二十天文単位先に、今夜も信号が来ているかもしれない宙域がある。
颯は窓の外の星を見ていた。どれがアステルの方向なのか、颯には分からなかった。分からなくても、そこに光があることは確かだった。
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