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宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~残されたデータとジャンク品で銀河の果てを目指す開拓物語~  作者: 堀吉 蔵人


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隠し区画、声なき記録

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

ダクトの内側は、予想より狭かった。


 颯は工具袋を腹の上に乗せ、上半身を排熱ダクトの第二ループに突っ込んでいた。熱気が抜けた後の鉄の匂い。埃ではなく、古い油脂と金属酸化物が混じった、積年の匂い。懐中灯を壁面に向けると、前の持ち主が溶接で塞いだ継ぎ目が見えた。雑な仕事ではない。ただ、急いでいた跡がある。溶接線が一箇所だけ、他と比べて浅い。


「第三接合部から始めてください」


 アルテの声がイヤフォン越しに届いた。颯はそこを確認した。継ぎ目の外側に、再接合用の補強プレートをあてがう必要がある。アルテが手順書に書いたとおりだ。


「プレートのサイズ、B-04で合ってるか」


「合っています。隙間が〇・三ミリ以下なら接合材なしで圧着できます」


 颯はプレートを当てた。右手でトルクレンチを押し当て、左手で固定する。狭い。肩が壁に当たる。体の角度を変えると、肋骨が鉄縁に乗り上げて呼吸が制限される。それでも手は動く。五年間、この船の隙間に体を押し込んで作業してきた。体が場所を覚えている。


「トルクは」


「十四ニュートンメートル」


 一回締め、角度を確認し、もう一回。感触でほぼ分かる。数字に変換すると頭に入る。颯は数字が嫌いではない。曖昧なものを曖昧なまま扱うより、数字にした方が楽だ。


 三箇所目のプレートを当てようとしたとき、懐中灯の光が何かを捉えた。


 溶接された継ぎ目の裏側。ルーティング変更で塞がれた旧ダクトの末端部分。そこに、金属の薄板が貼り付けてあった。溶接ではない。両面テープか何か、剥がせるもので。


 颯は手を止めた。


「アルテ、ここに板がある」


「板?」


「ダクトの奥。旧ルートの末端に、薄板が貼ってある。設計図に記載はあるか」


 間があった。


「該当する部材は設計図にありません」


 颯はプレートを脇に置き、懐中灯の角度を変えた。薄板は横幅十五センチほど。固定は両面テープ二枚。端が少し浮いている。剥がせる。


「引っ張っていいか」


「状況が分からないため、何とも言えません」


 颯は端に指を引っかけた。粘着が弱っている。素直に剥がれた。板の裏に、黒い袋が貼りついていた。医療用の密封パックに似た素材だ。中に何かが入っている。形からして、薄い板状のもの。



 操縦席に戻ると、アルテはすでに待っていた。


 袋を開けると、データチップが一枚出てきた。旧連邦規格の汎用型。今も読める形式だ。颯は接続アダプタを引き出しから取り出し、ナビゲーションパネルのポートに差した。


「読めるか」


「接続を確認しました。読み込んでいます」


 颯はチップを触った。爪の先ほどの厚さ。これが五年間、ダクトの奥で眠っていた。自分がこの船を手に入れてから一度も、あの場所を全部ばらして掃除したことはなかった。


「内容が確認できました」


「何だ」


「テキストデータと、圧縮された図面ファイルです。テキストは日誌形式です」


「読め」


 パネルに文字が展開した。手入力特有の不均一さがある。急いで打ったか、疲労しながら打ったか、そういう揺らぎが文字列に出ている。


 日付は二二七六年から始まっていた。



*二二七六・三・一二 ルート変更完了。熱シグネチャは予測通り低下。追跡グリッドをかわせると思う。*


*二二七六・四・二八 フィーエルの工場が稼働していると聞いた。真偽不明だが、向かう価値はある。手元の図面を届ければ、何かが変わるかもしれない。*


*二二七六・五・一四 追われている理由が分かった。俺が持っているのは図面だけじゃない。旧連邦の中央技術局が最後に作成した、医療合成ユニットの設計だ。量産できれば、今の宙域で起きている感染症の問題に対処できる。それを欲しがっている集団がいる。使うためではなく、流通を独占するために。*


*二二七六・六・〇一 もう持たない気がする。船がやばい。でも図面を消すわけにはいかない。誰かが来たとき、届けてくれる人間が来たとき、見つけられるように。*



 そこで日誌は終わっていた。


 颯はパネルをしばらく見ていた。二二七六年。今から六年前。自分がこの船を拾ったのが二二七八年だから、その間の二年間、この船は廃棄宙域に浮かんでいたことになる。


「図面ファイルの内容は」


「確認しています」


 アルテが沈黙した。処理中の沈黙だ。颯にはその違いが分かるようになってきていた。考えているときと、検索しているときと、整理しているときで、間の長さが微妙に違う。


「医療合成ユニット、設計図面番号M-0144です。旧連邦・中央技術局の最終承認版。私のデータベースには存在しない図面です」


「存在しない」


「はい。私が保有する医療系図面のうち、このカテゴリの最終版は番号M-0141で止まっています。M-0142以降は、大崩壊の直前に技術局が廃棄または機密指定したと記録されていました」


 颯は椅子の背に体を預けた。天井を見た。


 この船の前の持ち主は、六年前にその図面を持って逃げていた。誰かに追われながら、ダクトを改造して熱シグネチャを変えて、フィーエルを目指していた。届けようとして、届けられなかった。


「M-0144、何が作れる」


「図面を解析します」


 また沈黙。今度は少し長い。


「感染症対応型の薬剤合成ユニットです。複数の原材料から抗生物質系化合物を生成する小型設備。部品は旧連邦時代の一般工業素材で代替可能な設計です。専用部品なしで、現地調達を前提にした設計思想です」


 颯の頭に、数年前の集落が浮かんだ。入り口に手書きの警告が出ていた場所。近づくな、と書いてあった場所。


「フィーエルで作れるか」


「プラントが稼働しているなら、材料の調達は可能です。設備の製造には、追加の機工設備が必要ですが」


「フィーエルに機工設備はあるか」


「旧連邦時代の記録には、フィーエル第三プラントに汎用製造ラインがあります。現在稼働しているかは不明です」


 颯は手元のチップを見た。薄くて軽い。六年間、ダクトの奥で待っていたもの。


「保存しておけ」


「すでに取り込みました。私のデータベースに統合します」


「それでいい」



 夜、颯は栄養パックを二つ開けて、一つを飲み切ってから二つ目を半分で止めた。食欲があるわけではなかった。ただ、明日のダクト作業のためにカロリーが要る。


「颯」


「何だ」


「前の持ち主について、何か考えていますか」


 珍しい問いだった。アルテが情報を求めるときは、データが必要なときだけだ。


「考えていない」


「そうですか」


「名前も顔も知らない人間の話だ」


 颯はパックの残りを飲んだ。


 嘘ではない。その人間のことを考えているわけではなかった。ただ、その人間がこの船に残したものを、颯が今動かしているという事実がある。排熱ダクトの改造は引き継いで最適化した。チップの図面はアルテのデータベースに入った。フィーエルを目指しているのは以前から決めていたことだが、今日から少し、理由が変わった。


「その人間は届けようとしていた」


「はい」


「届けられなかった」


「そうなります」


「俺が届けるかどうかは、フィーエルの状況次第だ」


「はい」


「分かった上で言ってるのか」


「ええ」


 颯はパックを畳んだ。廃棄口に押し込んで、席に戻る。


「その図面を独占しようとした集団は、今もいるか」


「不明です。六年間の情報がありません」


「俺たちが狙われる可能性があるか」


「現時点では追跡の痕跡はありません。ただ、フィーエルに着いて図面を使おうとすれば、状況は変わるかもしれません」


 颯はそれを聞いて、少し黙った。


「届けた方がいいと思うか」


 アルテが答えるまで、四秒あった。


「私には判断できません。ただ、M-0144の設計が実現すれば、現在の宙域で年間推定三千から五千人が感染症で死ぬ状況を、変えられる可能性があります」


「数字だけで答えるな」


「数字以外で答えるなら」


 間があった。


「あなたが聞いた日誌の最後の行を、もう一度読み直してください」


 颯はパネルに目を向けた。


*届けてくれる人間が来たとき、見つけられるように。*


 颯は何も言わなかった。



 日付が変わった頃、颯はまだ操縦席にいた。眠れないわけではない。寝ようと思えば寝られる。ただ、もう少しだけ考えていたかった。


 窓の外の星は相変わらず動かない。フィーエルまで、十一日と十七時間。昨日から一日半分、縮まった。


「アルテ」


「何ですか」


「お前が俺の船に乗ってきたのは、ここに何かあると知っていたからか」


 間があった。


「知りませんでした。この図面が存在することも、ここにあることも。私がデータとして知っていたのは、この船の機関系仕様と、あなたの航行記録だけです」


「そうか」


「はい。今日のことは私にとっても予期しないことでした」


 颯はその言葉を聞いて、アルテを少し違う角度から見た。知っていて乗り込んだのではない。偶然が重なって、ここに来た。自分と同じだ。この船を拾ったのも偶然だった。ダクトを全部ばらす作業をしたのも今日が初めてで、前の持ち主のチップが見つかったのも偶然だった。


 偶然が、ここに積み重なっている。


「お前はどう思う」


「何についてですか」


「こういう偶然が続くとき」


 アルテはまた少し黙った。


「私には、偶然と必然を区別する方法がありません」


「俺もだ」


「でも」


 アルテが続けた。


「届ける先が生きていれば、意味は後からついてきます」


 颯はそれを聞いて、目を閉じた。


 フィーエルのプラントが生きているかどうか、まだ分からない。届けた図面が使えるかどうかも。感染症が減るかどうかも。何一つ確定していない先を、颯は十一日かけて目指している。


 それでも、今日から荷物が一つ増えた。


 重さがあるものを、颯は嫌いではない。

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