削り出す形
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翌朝、颯は施設三番に戻った。
前日と同じドッキング口から入り、廊下を抜け、機器室へ入った。ラックは電源が切れたままだ。変調器のケースが開いたままある。
「内部を確認してください。電源投入前の確認です」
颯は基板を覗いた。昨日交換したコンデンサが三点、きれいに収まっている。接触子に緩みはない。
「異常なし」
電源を入れた。ファンが回り始めた。インジケーターが緑になった。増幅部を起動した。出力計の針が上がった。
「三百二十五ワット。昨日より低いです」
「エージングが途切れているからか」
「はい。継続通電で上がります」
変調器のラインスイッチを入れた。基板が起動した。アルテが信号を確認した。
「変調器の動作を確認しました。周波数偏移は規定値内です」
颯はパネルを閉めた。ボルトを六点締めた。
「搬送波に符号を乗せる。昨日話した識別符号を設定してくれ」
「FIELを設定します。旧連邦フォーマット、英数字四文字。確認できましたら送信します」
「やってくれ」
ラックが唸った。出力計の針が揺れた。三百三十五ワットで安定した。
「送信を開始しました。今日は終日継続します。出力が規定値を下回った場合はアラートを出します」
颯は出力計を見た。少しずつ上がっている。昨日は三百五十ワットまで行った。今日はそれより上まで行くかもしれない。
「記録に入れておいてくれ」
「送信開始時刻、出力値、識別符号、すべて保存しました」
施設三番を出て加工区画に向かった。
セイは颯より先にいた。研削盤の前に立って、砥石の状態を確認している。手に計測具を持っている。
「砥石の確認か」
「摩耗が出た。昨日の補正値が今日も使えるか、試し加工が要る」
「どれくらいかかる」
「一点試して、二十分」
颯は工具棚を見た。昨日整理した棚はそのままだ。素材の箱が並んでいる。真鍮、ステンレス、アルミ合金、種類ごとに分けてある。
セイが試し加工を始めた。機械の振動音が区画に響いた。
颯はM-0144の設計図をアルテに展開させた。網膜ディスプレイに図面が浮かぶ。第一工程で加工が必要な部材の一覧だ。昨日仕上がった五点に印がついている。残り十二点が並んでいる。
「形状の複雑な部材はどれか」
「七番と十一番です。七番は段付き形状で、直径の公差が厳しい。十一番は内径加工が必要なため、研削盤だけでなく旋削盤も使います」
「旋削盤の作動確認はしてある」
「昨日、セイが確認しています。問題ありませんでした」
セイが機械を止めた。試し加工の部材をマイクロメーターで計った。数値を読んだ。
「補正が要らない。昨日の送り量で続けられる」
颯はセイを見た。
「施設五番の回収は明後日にした。午前中に行って、午後に戻る」
「わかった。午後は私はここにいる」
昼をはさんで、颯は施設一番の奥を探索した。
前回は入り口側の棚しか確認していなかった。奥に何があるか、アルテが記録から引き出せる部分は引き出していたが、実際に目で確認していない区画がある。
ドアを開けた。空気が動いた。埃の臭いがした。
壁沿いに棚が続いている。中段から上は空だ。一番下の段に資材が詰まっている。形状からして消耗品の類だ。
「内容物を確認します。棚番号を教えてください」
「D-01から順番に確認する」
颯は棚の端から内容物を取り出した。アルテが識別した。
「D-01、ガスケット素材。ゴム系とメタル系が混在しています。サイズは記録にありません。計測が必要です」
「D-02」
「配線材です。旧連邦規格の仕様で、断面積〇・五から二・〇まで各サイズあります」
颯は配線材を一本手に取った。外皮が固くなっている。折り曲げると白く割れた。
「使えないな」
「硬化が進んでいます。絶縁特性が低下している可能性があります。廃棄推奨です」
棚に戻した。次へ移った。
「D-03、ネジ類。材質別に袋詰めされています。ステンレス系、M三からM八まで」
「これは使える」
「はい。施設五番の医療器具修復でも同型が必要です。施設一番にあれば、五番への回収回数を減らせます」
颯は袋を取り出した。ステンレスのネジが透明越しに見える。錆はない。
「在庫に登録してくれ。数量は後で数える」
D-04は潤滑剤だった。六十年で変質している。使えない。D-05は絶縁シートで、状態は悪くなかった。D-06は空だった。
棚の端まで確認した。使えるものは三分の一程度だ。それでも、ここにあることがわかっただけでいい。
加工区画に戻ると、セイが七点目を仕上げていた。
昨日の五点と今日の二点で、計七点。残り十点だ。
颯は床に道具を置いた。
「一番に使えそうなガスケット素材があった。医療器具の修復に使えるものが混じっていると思う」
「寸法次第だ」
「確認が必要なやつをリストアップしてくれ。明後日、五番に行く前に一番の素材を計測する」
アルテが応答した。
「医療器具の部品リストとの照合は私が担当できます。颯が寸法を計測して口頭で教えてくれれば、その場で判断します」
「それでいい」
セイが次の素材をセットした。チャックを締めた。センターを出した。機械を起動した。
颯は砥石の予備を確認した。棚に五本ある。昨日一本使ったとして、四本残っている。第一工程の残りを仕上げるには足りる。
「第二工程の組み付けで必要な工具、一覧を作ってくれ。今ある在庫と照合しておいてくれ」
「作成します。明日の朝までに共有します」
砥石と金属の音が続いている。颯は設計図を頭の中で繰りながら工具棚の前に立っていた。
夕方、セイが九点目を終えた。今日で四点。三日で計九点。残りは八点になった。
「明日で十四点まで行けそうか」
「七番に入る。段付きの公差は時間がかかる。四点は難しい。三点か」
「十四点まで行ったら、第一工程はあと三点だ」
セイはマイクロメーターをケースに収めた。
颯は出来上がった部材を一点手に取った。円柱の形だ。表面が滑らかに仕上げられている。図面の数値がそのまま形になっている。アルテが持つ四千二百件の設計図の中の、この一枚が今日ここで物になった。
重さがある。冷たい。金属の匂いがする。
「積み上がっていくな」
セイは返事をしなかった。次の素材の確認をしていた。
颯は部材を棚に並べた。加工済みが九点、一列に並んでいる。明日また増える。来週には組み付けに入る。その先に医療器具がある。どこかに人がいれば届く。
「送信機の現在出力は三百六十三ワットです。エージングが順調に進んでいます」
アルテが声を出した。
颯は高窓を見た。外は暗い。フィーエルの地平が遠くに光っている。
「今夜も送り続けるか」
「はい。停止する理由がなければ継続します」
「継続してくれ」
セイが工具を片付けた。颯は棚の前に立ったまま、並んだ部材を見ていた。
九点。明日は十二点になる。明後日は施設五番。そのまた翌日には、M-0144の第一工程が終わりに差し掛かる。
波は今夜も宇宙空間を進んでいる。部材は棚に並んでいる。砥石は摩耗している。それでも明日また動く。
施設一番の灯りを切った。加工区画を出た。
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