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宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~  作者: 堀吉 蔵人
開拓の槌音、希望の回路

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六十年ぶりの仕事

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

 六十年止まっていた機械に、今日も同じ精度を出せる保証はなかった。


 朝、大気圏を抜けた。


 雲の切れ目に施設三番の接続口が見えた。ドッキングアームが噛み合った。気密が確立した。昨日離れたときのままだ。


 ハッチを開けて入った。廊下の照明を順番に入れた。工業区画の照明を入れた。二番機が暗がりから現れた。昨日つけたままの砥石が軸に入っている。素材台には三本の棒材が並んでいる。昨日の分だ。今日、四十本が加わる。


 まず暖機をした。主軸を回した。温度が上がるのを待つ間に砥石の目視確認をした。先端に欠けはない。目詰まりも見当たらない。WA120L、昨日から交換していない同じ砥石だ。


「アルテ、チェックリストを出せ」


「出しています。八項目です」


 端末の画面を見た。四番目に昨日追加した項目がある。「仕上げパス前:設定値を必ずリセット確認」。昨日のくずを出した手順だ。



 七時過ぎに輸送艇が着いた。エアロックが開いた。セイが入ってきた。


「ステンレス棒材四十本、アルミブロック十二個。棒材の直径は全数確認した。四十一・八から四十二・二の範囲に収まっている」


「ありがとう」


「礼は要らない。くずを出すな」


 荷物を搬入した。棒材が重い。一本九百グラム前後ある。四十本で三十五キロほどだ。素材台に並べた。セイが端面を一本ずつ確かめていった。錆はない。旧連邦の保管品だ。


「ラベルが残っているものがある」と颯は言った。「六十年前の製造だ」


 セイが棒材を一本持ち上げた。端面を親指の腹で触った。放した。


「六十年寝ていて、今日から働く」


 その言葉には何も返さなかった。セイもそれ以上何も言わなかった。



 セイが施設五番へ向かった後、颯は一人になった。


 チェックリストを頭から踏んだ。砥石の目視確認、済み。主軸温度、適正範囲。ダイヤルゲージの取り付け。一番目の棒材をチャックに取り付けた。


「振れ量〇・〇一八ミリあります」


 チャックを緩めた。棒材を動かした。締めた。


「〇・〇〇四ミリです」


 加工を始めた。昨日と同じ条件だ。荒削りで直径を落とし、仕上げパスに入る前に設定値をリセットする。砥石が棒材に触れた瞬間、高い音が出た。昨日覚えた音だ。火花が細く散った。工業区画の薄い照明の中で、白い光が瞬いて消えた。


 一パス終えた。マイクロメーターを当てた。


「四〇・七一ミリ、四〇・七二ミリです」


 削り代がまだある。続けた。音が続いた。火花が続いた。数字が下がった。仕上げ近くなって、設定値をリセットした。チェックリストの四番目を確認した。切込み量〇・〇〇二ミリ、送り速度最低。一パス入れた。


「三八・〇〇〇ミリ、三八・〇〇一ミリ、三八・〇〇〇ミリです」


「問題ない。二本目」



 作業に没入した。棒材をセットして削って測って外して並べる。それだけだ。


 五本目で砥石の目詰まりが出た。音が低くなった。鈍い。火花の量が増えた。


「ドレッシングを入れてください」


 機械を止めた。ドレッサーを使った。砥石の表面を薄く削って目を出し直した。五分かかった。


「音が戻りました」


 再開した。六本目、七本目、八本目。手順を踏むたびに所要時間が短くなった。棒材をチャックに取り付けてから完成品を外すまでが、七本目で三十五分になった。


「昨日より五分短い」


「段取り時間が三分短縮しています。チャック振れの初期値が小さい個体が続いたことと、設定値入力が速くなっています」


 颯は作業を止めなかった。機械の前に立ち続けた。



 昼過ぎにセイから通信が入った。


「施設五番を確認した。六六年型汎用旋盤が二台ある。一台は主軸、チャック、刃物台の送り、全部動く。もう一台は送り軸のボールスクリューが劣化している。使える一台を整備する」


「一台で間に合うか」


「端面仕上げと穴あけだけなら十分だ。週末までに整備を終わらせる。月曜に最終確認する」


「了解した。こちらは今日十二本終わっている。夕方までに二十本を超えられる」


「ペースは合う。光学ガラスの計測機器は水曜に持ち上げる」


「月曜に研削を終わらせる」


「良い」


 通信が切れた。颯は十三本目のチャックを締めた。



 十六本目でくずが出た。


 仕上げパスの途中で棒材が微動した。砥石が当たった瞬間、わずかにずれた音がした。機械を止めた。測った。


「最小値が三七・九七八ミリです。公差下限を〇・〇二二ミリ超えています」


 端材の棚に立てかけた。二本目のくずだ。


 チャックの締め付けを確認した。昨日より明確に力を入れたはずだった。それでもずれた。チャックジョーの摩耗が原因かもしれない。


「このチャックの把握力が落ちている可能性がある。調べる方法は」


「ジョーの残厚をマイクロメーターで測定して規定値と比較します。この機種の整備記録から基準値を推定しています。測定しますか」


「後でやる。今は続ける」


 締め付けを増し締めした。指に力を入れて、締め付ける感触が均一になるまでやった。次の五本は問題なかった。それ以上増し締めするとチャックが歪む。上限がある。



 夕方、セイへ追加の通信を入れた。


「十六本目がくずになった。チャックの把握力が落ちている気がする。締め付けが原因だと思う」


 セイが少し間を置いた。


「二番チャックは前から限界に近かった。予備チャックが在庫にある。明日持ち上げる。交換方法はアルテが機種番から出せる」


「ありがとう」


「同じくずを出すな」


「出さない」


 通信が切れた。颯は二十二本目の仕上げパスを入れた。測った。


「三八・〇〇〇ミリ、三八・〇〇一ミリ、三八・〇〇〇ミリです」


 問題ない。素材台に並べた。



 夕方の点検時間に、颯は今日完成した棒材を数えた。


 二十二本。くずは二本。昨日の三本を合わせると二十五本になる。M-0144一台に使う筐体素材は複数の工程を経るが、この段階で二十五本の外径が確定した。


 素材台の端から端まで棒材が並んでいた。全部同じ直径、同じ長さだ。表面が施設三番の照明を薄く反射している。一本一本に一時間かかったものと、三十五分で終わったものが混ざっている。測定値の上では区別がつかない。


「アルテ、チャック交換の手順を出しておけ。明日の作業前にやる」


「六六年型二番チャックの交換手順を用意します。ボルト本数と締め付けトルク値も含めます」


「良い」


「今日の全記録をセイに送ります。加工条件、完成本数、くず発生状況、チャック問題、施設五番の確認結果も添付します」


「頼む」



 工業区画の照明を落とした。


 二十二本が暗がりに沈んだ。明日、チャックを交換して残り十八本を加工する。月曜に旋盤へ移行する。水曜に光学ガラスの計測が始まる。全部が順番に並んでいる。


 エアロックを通った。錆鉄丸のエンジンが点火した。施設三番が後方に遠ざかった。


 大気圏に入った。窓の外が薄い青に変わった。雲の層が近づいた。雲を抜けると基地の灯りが見えた。


 今日、二十二という数字が確定した。六十年間倉庫にあった棒材が、今日から別の形に変わり始めた。外径三十八・〇〇〇ミリ、二十二本分。M-0144の筐体素材になる前の段階だ。


 基地へ向かった。二十二本の先に、まだ形のない医療機器があった。

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