四十本
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朝、施設三番に着いた。エアロックを通ってすぐ、廊下の照明を順番に入れた。工業区画の扉を開けた。二番機が暗がりにあった。昨日つけたままの砥石が軸にある。素材台には二十二本が並んでいる。
セイからの荷物はまだ来ていなかった。
チャックを交換するまで機械を動かせない。颯は待つ間に砥石の目視確認をした。先端に欠けはない。昨日の状態のままだ。ドレッシングを一回入れた。砥石の表面が薄く削れた。端材が出た。目視で確認した。問題ない。
端末にアルテの声が来た。
「セイの輸送艇が大気圏に入っています。到着まで三十五分ほどです」
「了解」
颯は工業区画を出た。廊下を歩いて素材の保管区画に行った。棒材十八本が棚に並んでいる。今日でこの工程が終わる。そう思うと何か重いものが腹の底に落ちた感じがした。安堵かどうかは分からなかった。ただ、終わるということだ。
セイが来た時間は七時五十分だった。
「二番チャック」と言いながら工業区画に入ってきた。「整備済みの予備品だ。使用時間は二百時間程度ある」
工具袋を作業台に置いた。チャック本体と専用レンチ、トルクレンチ、整備記録の紙一枚。颯はトルクレンチの目盛りを確認した。アルテが昨日用意した手順書の指定値と一致していた。
「手順は出してある」
「見ている」
セイが作業に入った。颯は反対側で照明を当てた。
既存チャックのボルトを緩めた。四本。レンチが滑らないよう、腰を落として力を入れた。最後の一本が固い。セイが息を止めて回した。緩んだ。チャックを慎重に外した。主軸の取り付けフランジが露出した。布で拭った。錆はない。摩耗の跡もない。フランジの表面は鈍く光っていた。本体には問題がなかった。問題は把握する部品の側にあった。
「フランジはきれいだ」
「本体は問題ない。ジョーだけが先に限界に来た」
新しいチャックを当てた。ボルトを手で一本ずつ仮留めした。対角線順に均等に締めた。トルクレンチで規定値まで本締めした。四本、全部が同じ感触になるまでやった。規定値に達した瞬間の、硬い手応えが四本とも同じになった時点で止めた。
颯はダイヤルゲージを取り付けた。テストバーをチャックに取り付けた。主軸を手で回した。
「振れ量〇・〇〇六ミリです」
「前のチャックは昨日の段階で〇・〇一八ミリを超えていました」とアルテが言った。
颯はセイを見た。セイは工具を袋に戻しながら頷いた。数字で見ていたものが、目の前で確認できた。機械は正直だ、と颯は思った。部品が変われば数字が変わる。
準備が終わったのは八時四十分だった。
セイが施設五番へ向かった後、颯はチェックリストを頭から踏んだ。砥石の目視確認、済み。主軸温度、適正範囲。一本目、棒材をチャックに取り付けた。
「振れ量〇・〇〇三ミリです」
昨日の初期値より低い。
荒削りを入れた。砥石が棒材に触れた瞬間、音が昨日と違った。高くて安定している。火花の散り方が均一だ。一パス終えた。測った。削り代がまだある。二パス目に入った。仕上げパス前に設定値をリセットした。
「三八・〇〇〇ミリ、三八・〇〇〇ミリ、三七・九九九ミリです」
「一本目、完了」
取り外した。素材台に並べた。
新しいチャックはよく効いた。
振れ量の初期値が一貫して低い。昨日は締め直しが三回に一回あった。今日は少ない。段取りに使う時間が短くなった分、加工に集中できた。
十時を過ぎた頃、颯は作業の流れに入った。棒材をセットする、削る、測る、外す、並べる。それだけだ。余計なことを考えなかった。機械の音を聞いていた。砥石が鳴る音、棒材が熱を持つ匂い、火花が散る光。工業区画の中に颯と機械と数字だけがあった。
五本目で砥石の目詰まりが出た。音が低くなった。鈍い。火花の量が増えた。
「ドレッシングを入れてください」
機械を止めた。ドレッサーを使った。砥石の表面を削って目を出し直した。四分かかった。
「音が戻りました」
再開した。六本目、七本目、八本目。
十本目を外した時、一度手を止めた。今日の完成品を数えた。十本。昨日の二十二本と合わせると三十二本になる。残り八本。
「あと八本だ」
「はい」とアルテが言った。
十二本目に差しかかった頃、セイから通信が来た。
「施設五番の旋盤整備が終わった。試運転をした。問題ない」
「早いな」
「一台動けばいい。今日の午後に最終確認をする。月曜に引き渡す」
「こちらは昼過ぎには四十本終わる」
「わかった」
通信が切れた。颯は次の棒材をチャックに取り付けた。旋盤が使える。端面仕上げ、穴あけ。この棒材がまた形を変える。しかしそれは月曜の話だ。今は十三本目だ。
昼前に昼食を取った。
施設内の小さなスペースで保存食を食べた。熱を通したものではない。味は薄い。
「アルテ、砥石の在庫は」
「WA120Lが施設三番に四本。現在使用中の砥石は今日の十八本を終えても交換推奨まで余裕があります。次工程は旋盤ですが、砥石が必要な工程が後続にある場合はセイへ補充依頼が必要です。今日の記録とまとめて確認の連絡を入れます」
「頼む」
颯は保存食を食べながら素材台の棒材を見た。今日の分が十本、並んでいる。昨日の分はその奥に続いている。全部同じ形に見える。表面の光の反射具合がわずかに違うのは加工した順番が違うからかもしれない。測定値の上では区別がつかない。
六十年間倉庫にあったものだ。それが今週、機械の音の中で形を変えた。セイが「六十年寝ていて、今日から働く」と言った時には何も返さなかった。でも棒材を並べるたびに、その言葉が戻ってくる。
午後に再開した。
十三本目、十四本目、十五本目。一本一本を丁寧に扱った。急がなかった。同じ手順を同じ順番で踏んだ。砥石の音を聞いた。測定値を確認した。
十六本目で振れ量が少し高かった。〇・〇〇九ミリ。チャックを一度緩めて棒材を動かした。締め直した。
「〇・〇〇四ミリです」
問題ない。加工を続けた。
「三八・〇〇〇ミリ、三八・〇〇〇ミリ、三八・〇〇一ミリです」
完了。外した。並べた。
十七本目、十八本目。数字が続いた。手順が続いた。火花が続いた。
十八本目の測定値が出た。
「三八・〇〇〇ミリ、三八・〇〇〇ミリ、三七・九九九ミリです」
颯は棒材を素材台に置いた。
全部で四十本が並んだ。昨日の二十二本と今日の十八本。くずは二本。四十二本を加工して四十本が確定した。
素材台の端から端まで棒材が並んでいた。一本ずつ、番号を振った紙が添えてある。加工日時、測定値、加工条件のメモだ。どれが昨日の分でどれが今日の分か、外見では分からない。一本一本に異なる時間がかかっているが、測定値の上では区別がつかない。
「全数の外径が確定しました」とアルテが言った。「抜き取り再測定を実施しますか」
颯は三十番目の棒材を手に取った。マイクロメーターを当てた。
「三八・〇〇〇ミリ、三八・〇〇〇ミリ、三七・九九九ミリです」
「初回測定値と一致しています」
棒材を戻した。何も言わなかった。数字が全部を言っていた。
セイが施設三番に来たのは夕方近くだった。
「五番の最終確認が終わった。旋盤は月曜から使える」
「研削は今日終わった。四十本、全数外径確定。くずは二本」
セイは素材台を見た。一本を手に取って端面を親指の腹で触った。表面を確認した。放した。別の一本を取った。同じことをした。また別の一本を取った。
「きれいに出ている」
「チャックの交換が効いた」
「そうだ」
二本のくずを端材棚で確認した。
「〇・〇二二ミリと〇・〇一八ミリか」
「チャックの把握力が落ちていた時に出た。公差外れだ」
「端面仕上げの練習材にする。使い道がある」
それから少し黙った。セイが素材台を見ていた。颯も見ていた。四十本が照明を薄く反射していた。
「月曜、旋盤で端面を取る。端面の平面度が出れば穴あけに進む」
「工程表通りだ」
「工程表通りだ」とセイが繰り返した。
何か言いたいことがあるような間があった。しかしセイはそれ以上何も言わなかった。颯も聞かなかった。
セイが帰った後、颯は工業区画の片付けをした。
ダイヤルゲージをケースに仕舞った。テストバーを棚に戻した。チャックのボルトを最後にもう一度確認した。問題ない。砥石は工具台に戻した。交換推奨まで余裕がある。次の工程では使わない砥石だ。次に使う時まで、このまま置いておく。
「アルテ、今日の全記録をセイに送れ。砥石の在庫確認の依頼も入れておけ」
「送ります。全数測定値、くず発生記録、チャック交換後の全データ、砥石消耗状況と在庫確認の依頼を含めます」
「良い」
工業区画の照明を落とした。
四十本が暗がりに沈んだ。
エアロックを通った。錆鉄丸のエンジンを入れた。
大気圏に入った。窓の外が夕方の色になった。橙から青へ変わっていく。フィーエルの大気は薄い。夕暮れが短い。
M-0144の第一工程が終わった。六十年間倉庫にあった棒材が、今週、全数の外径を確定した。外径三十八・〇〇〇ミリ、四十本。次は端面だ。端面が終われば穴あけだ。穴が開いた後に何が始まるかは工程表に書いてある。
基地へ向かった。
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