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宇宙の漂流者、AI少女と文明再建。~ジャンクと技術で惑星インフラを構築する~  作者: 堀吉 蔵人
開拓の槌音、希望の回路

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施設三番の初動

お昼に更新中です。 ぜひ読んでいってください!!

施設三番の扉が開く前から、今日つまずく場所は決まっていた。


 夜明け前に錆鉄丸のエンジンを掛けた。


 フィーエルの地面はまだ冷えている。排気の白い煙が尾を引いて、暗い空に消えた。チェックリストを流した。燃料、油圧、航法。施設三番の座標はアルテが昨夜のうちに航法コンピュータに入れてある。


「施設三番、軌道データ」


「軌道高度二百三十キロメートル、準低軌道です。フィーエルの自転と同期していません。現在位置への接近タイミングは出発から三時間二十分後です」


「正午前に入れるな」


「ドッキングを含めて、午前中に作業開始できます」


 タラップを格納した。基地の入口にセイが立っていた。防寒着の首元を上げている。颯に向けて顎をしゃくった。


「研削盤の状態確認と在庫の現物調査、両方やれ。片方だけじゃ意味がない」


 颯はうなずいた。セイは何も付け加えなかった。颯はエンジン出力を上げた。機体が浮いた。



 大気圏を抜けると、フィーエルが丸く見えた。


 青みがかった灰色の惑星だ。雲が少なく、岩盤の剥き出しの部分と植生の帯が交互に縞をつくっている。颯はその形を一度だけ見て、すぐ計器に目を戻した。


「施設の電力状況は予測できるか」


「旧連邦の施設設計では、太陽電池パネルと補助バッテリーで独立電源が組まれています。施設三番の設計図では南側に十二枚のパネルが記録されています。フィーエル軌道の日照量なら、最低限の維持は可能なはずです」


「最低限というのは」


「照明と環境制御です。加工設備には不足します。ただし設計図の世代から判断して、補助発電ユニットがある可能性があります」


「あるかどうかは現地確認だ」


「はい」


 エンジン音が安定している。計器の針が動かない。颯は背中をシートに預けた。フィーエルが後方に小さくなっていく。



 三時間後、施設三番が視界に入った。


 細長い構造物だった。太陽電池パネルが両翼のように広がり、中央の円筒形モジュールと先端に繋がった大型の工業区画が宙に浮いている。外板の一か所に焦げた跡があった。流星か何かが当たった跡だ。それ以外の損傷は見えない。


「ドッキングポートは正面の増圧ハッチです。錆鉄丸の係留システムと互換があります」


 スラスターを微調整した。機体の向きをポートに合わせた。距離が百メートル、五十メートル、二十メートル。施設の外壁が近づいた。係留ガイドの反射板が赤く光っている。


 ロック音が二回した。接続完了のランプが緑になった。


「ドッキング完了。気圧の均衡を確認します」


 颯はヘルメットのバイザーを下ろした。



 施設の内部は冷えていた。


 温度計が十二度を示している。人が動ける範囲だ。照明が一本、中央の通路に細く光っていた。バッテリー電源の色だ。足元から微かな振動が伝わってくる。床を通じて、何かが稼働している。


「振動の発生源は施設後部です。補助発電ユニットが稼働している可能性があります」


 颯はヘッドライトを点けた。光の輪が壁を照らした。工具類が固定されたまま棚に残っている。通路の左右に収納が続いて、奥に増圧ハッチがある。


 ハンドルを回した。手応えがある。二回、三回。金属の咬み合う音がして、ハッチが内側に開いた。


 冷えた空気が頬に当たった。



 工業区画は広かった。


 天井が十五メートル以上ある。機械の列が四列、クランプとカバーを掛けたまま整然と並んでいた。配電盤を探した。電力系統図の記憶を辿る。入口から左手、三十メートル先。


 そこにあった。


 主電源のブレーカーを上げた。施設の各所でリレーが入る音がした。天井の照明が端から点いた。一本、二本、三本。光が広がって、機械の輪郭が現れた。研削盤が六台、その奥に旋盤が二台、マシニングセンタが一台。颯はその配置を見渡した。


「補助発電ユニットの出力が確認できました。工業区画への電力供給が復帰しています」


「研削盤の単機稼働は問題ないか」


「問題ありません。複数台の同時稼働は推奨しません」


 一番手前の機械に近づいた。



 テーブルカバーを外した。


 滑り面を指でなぞった。錆びた粉が指先に付いた。グリスが乾燥して固まっている。砥石軸を押した。動いたが、引っかかりがある。モーターハウジングを指の腹で叩いた。金属の響きが返ってくる。閉塞はない。


 接続ポートに端末を繋いだ。


「接続確認。診断を開始します」


 数値が流れた。主軸ベアリングの温度履歴、最終起動からの経過時間、回転精度の記録。颯は数字を見ながら一番機のモーターハウジングに耳を当てた。内側で何かがわずかに振れている。リズムが乱れていた。


「一番機の診断完了です。主軸ベアリングに不規則な摩耗があります。精密加工には使用できません」


「交換部品は」


「施設内の在庫に、対応する型番のベアリングセットが記録されています。現物確認が必要です」


 颯は端末を外した。二番機に移った。



 二番機のテーブルカバーを取った。


 指で滑り面を触った。違う。グリスが湿っている。表面に均一に残っている。砥石軸を押した。滑らかだ。引っかかりがない。砥石カバーを見た。固定ボルトが二本、欠けていた。ボルト径を確認した。M8だ。工具袋に入っている。


 端末を接続した。


「二番機、主軸ベアリングの状態は良好です。砥石カバーの固定ボルト二本が欠品です。砥石軸のゼロ点調整が必要ですが、調整後は加工に使用可能です」


「手順を出してくれ」


 工具袋からM8ボルトを取り出した。端末の画面を作業台に置いた。スパナを二本、テーブルに並べた。


 調整は細かい作業だ。基準ゲージを軸端に当てて、ダイヤルの読みをゼロに合わせる。コラムの固定ネジを半回転緩めて、テーブルを手動で動かして振れを確認する。ゼロになるまで繰り返す。颯は手順を一工程ずつ進めた。


 施設の中は静かだった。エンジン音もない。工業区画の天井照明と、颯がスパナを動かす音だけがあった。長い沈黙は不安ではない。この種の静寂の中でしか、機械は正直に状態を教えてくれない。



 調整が終わったとき、施設内の温度が少し上がっていた。


 二番機の電源を入れた。モーターが低く唸った。砥石が回り始めた。最初はゆっくり、回転数が上がって、規定の速度に達した。音が安定した。変動がない。


「アルテ、振動チェック」


「振動値は許容範囲内です。砥石の偏心は基準値以下です」


 端材のコンテナを探した。棚にステンレス棒が何本か入っていた。一本を取ってテーブルに固定した。第一パスを入れた。


 砥石が素材に当たった瞬間、研削音が施設の天井に反響した。火花が散った。加工面が現れた。


 颯は回転を止めた。指先で送り方向に加工面をなぞった。引っかかりがない。筋目が均一だ。金属の切削面特有の冷たさが指を伝った。


「表面粗さ」


「推定でRa 0.8マイクロメートルです。M-0144の筐体加工に必要な精度を満たしています」


 電源を落とした。施設に静寂が戻った。床の上に火花の残滓がいくつか散らばっていた。



 在庫区画は工業区画の奥にあった。


 壁に棚が六列、材料が積まれていた。ステンレス棒材はコンテナ三つ分ある。一本ずつ手で持った。何本かが曲がっていた。変形がある。台帳の数量より少ない。颯は使えないものを分けて床に立てかけた。


 アルミ合金ブロックは問題なかった。保護フィルムが貼ったままだ。


 光学ガラス原料は奥の保管庫にあった。二重扉だった。外扉は金属、内扉は断熱材が詰まっていた。内側の温度が低い。施設の環境制御が、他の電力が落ちた後も独立して動いていたらしかった。


 棚に木箱が並んでいた。製造番号が一箱ずつある。蓋を一つ開けた。緩衝材の中に半透明のブロックが入っている。手で持った。均質な重さがある。気泡がない。光を当てた。透過性が均一だ。


「保存状態は良好です。品質確認には計測が必要ですが、保管条件は維持されています」


 棚の箱を数えた。


 二十七。


 颯はもう一度数えた。間違いではない。二十七箱が、温度管理された棚に整然と並んでいる。


「一箱の重量が計測できれば、製造可能台数が算出できます」


 工具袋の重量計を出した。一箱量った。


「三百二十グラムです」


「M-0144の光学部品一式で使用する最大量は七十グラムです。一箱で四台分の素材が取れます。二十七箱で概算百台以上の製造が可能です」


 颯はその数字を聞いた。


 木箱が二十七個、低温の棚に並んでいる。旧連邦が施設を去った後、四十年以上そのままにあった。温度管理された空気の中で、誰にも使われずに待っていた。


 蓋を元に戻した。棚の前に立ったまま、しばらく何も動かなかった。


 手帳がない。数字を書く相手もいない。ただ棚を見ていた。



 保管庫を出る前に通信を繋いだ。


「セイ、聞こえるか」


 ノイズが一秒混じった。


「聞こえる。どうだ」


「二番機が使える。ゼロ点調整と砥石カバーのボルト補修で稼働した。精度はM-0144の筐体加工に足りる」


「光学ガラスは」


「保管状態は良好だ。二十七箱ある。概算で百台以上の製造が可能だ」


 セイが沈黙した。三秒ほどだった。


「明日から加工を始める。颯が施設三番で二番機を使え。素材は私が明後日の午前中に輸送を手配する。初回の素材はフィーエルから上げる」


「了解した」


「他に問題はあるか」


「一番機のベアリングが摩耗している。施設内に在庫の記録がある。型番が合えば交換できる。ステンレス棒材の一部が変形している。台帳より数が少ない。使えない分は分けて置いた」


「分かった。引き上げてこい」


 通信が切れた。颯はバイザーを閉じた。ドッキングハッチへ向かった。



 フィーエルへの再突入軌道を計算して、エンジンを吹かした。


 施設三番が後方に遠ざかった。大きな構造物が少しずつ小さくなって、やがて星の並びに紛れた。大気圏に入った。機体が揺れた。外板が摩擦で鳴った。高度が落ちるにつれて、窓の外の景色が暗い宇宙から薄い大気の青に変わっていった。


 基地に着いたのは夕刻前だった。


 タラップを降りると、格納庫の前にセイが立っていた。腕を組んで、こちらを見ていた。


 颯は端末を渡した。「今日の計測結果、二番機の診断値、光学ガラスの在庫量、素材の状態メモが入っている」


 セイが自分の端末を出して接続した。


「転送します」


 データが移った。セイが画面をスクロールした。研削盤の診断結果を見た。光学ガラスの数字で指が止まった。


「百台か」


「概算だ。素材の品質確認が要る」


「それでも百台だ」


 格納庫の外に風が動いた。颯はセイの横顔を見た。セイは画面を見たまま何も言わなかった。颯も何も言わなかった。



 夜遅く、操縦席に戻った。


 端末をコンソールに置いた。窓の外にフィーエルの夜が広がっている。星が出ていた。


「今日の記録を整理してくれ。施設三番の状態、二番機の稼働確認、在庫の実物調査結果、全体スケジュールの更新」


「整理します。M-0144の製造スケジュールも更新します。施設三番の加工設備の利用が確定しました」


「一つ確認したい」


「はい」


「M-0144が完成したとして、どこへ届けられる」


 少し間があった。


「現在記録している旧連邦補給基地の位置情報から、フィーエルからの輸送圏内に十三か所の基地候補があります。三十台の製造ができれば、一か所あたり二台から三台の配布が可能です」


 颯は端末の画面を消した。


 操縦席が暗くなった。窓の外の星が、さっきより鮮明に見えた。その光が届く距離に、十三か所の基地がある。基地があるなら、人がいる。


 今日、施設三番で研削盤が動いた。四十年前に製造された機械が火花を散らした。加工面に指を当てた。筋目が均一だった。それだけが今日起きたことだ。


 十三か所。届け先がある。人がいる。

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