欠損記録
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工作機械室の照明が入ったとき、アルテが口を開いた。
「刻印の解析が終わりました」
颯は機械の冷却液タンクの残量を確認していた。補充ノズルを引き抜き、キャップを締めた。
「話せ」
「旧連邦後期の略号体系です。符号列が二種類含まれています。一つは座標、もう一つは施設識別コードです」
颯はノズルを棚に戻した。
「施設識別コードは何を示す」
「旧連邦期に登録された医療製造支援施設です。M-0144を含む医療合成ユニットの製造に必要な原材料を保管・供給する目的で設置された施設の一つです。登録当時の在庫目録に、第三成分の候補が記録されています」
「今も機能しているか」
「不明です。旧連邦崩壊後の記録がありません。現地確認が必要です」
「規模は」
「旧連邦規格の中型施設です。先日の精錬ステーションより大きい」
「フィーエルからの距離は」
「三十一時間です」
颯は格納庫の方向を向いたまま少し止まった。三十一時間なら往復の燃料は足りる。問題は施設の現状だ。六年、あるいはそれ以上誰も入っていない可能性がある。
工作機械室ではアリスとカレンが作業を続けていた。
アリスが端末に向かっていた。今日から四番工程のCNCパラメータを入力し始めている。カレンが隣の台で素材の硬度計測を続けていた。颯が入ると、二人が手を止めずに視線だけ向けた。
「昨日の計測値のばらつきを確認する」
カレンが手帳を開いた。数値が二列並んでいる。一列目が颯の計測値、二列目がカレンの計測値、三列目に差分がある。最大の差は〇・〇三ミリだった。昨日より縮んでいる。
颯は手帳を返した。
「次の素材に移れるか」
「全数、今日中に終わります」
「アリス」
「四番工程のパラメータを変更しました。今朝確認した値です。アルテに送っています」
颯は工作機械の横を一度手で触った。稼働音に問題がない。カレンが次の素材を計測器に当てた。端を避けて、中央に当てている。三日前は端に当てることがあった。
ランドが来たのは午前中の後半だった。
入口に立ったまま、颯が振り向くのを待った。颯が顔を向けると、ランドは格納庫の中に入ってきた。紙を一枚持っていた。
「確認しました」
「話してくれ」
「入港欠損記録が一件あります。六年前の日付で入港予定が登録されていましたが、当日に船は来ませんでした。その二日前に通信記録が一件あります。内容は到着予告です。フィーエルへ向かっている、明後日着く、それだけです」
颯は紙を受け取った。日付と、旧連邦規格の登録番号が一行ある。
「積荷の記録は」
「ありません。出発地も登録がありません。通信記録も到着予告の一文だけです」
颯はアルテに番号を送った。
「この番号の照合をしてくれ。この船の旧連邦登録番号と同一か確認できるか」
間があった。
「旧連邦規格の作業艇登録番号は後期型の体系です。照合には旧連邦の船籍簿が必要ですが、現在のデータベースにはその資料がありません。個体の一致は確認できません。ただし番号体系は同一です」
颯はランドを見た。
「体系が同じということは、製造時期が重なる可能性がある」
「後期型の体系は旧連邦崩壊前の三十年間に製造された作業艇に使われています。同一個体かどうかは私には判断できません」
「分かった。写しをアルテに渡してくれ。照合の材料にする」
「承知しました」
ランドが出ていった。
格納庫に間が落ちた。颯は機体の外壁に手を当てた。金属の温度が掌に伝わった。
六年前、入港予定で来なかった船がある。この船がジャンク宙域で見つかったのも六年前だ。座席の下に設計図があった。廃棄宙域のステーションに、誰かが座標を手で彫った板を置いた。その座標の先に、M-0144の製造に使える施設がある。その施設の識別コードが刻印に含まれていた。
一つずつの事実はつながっていない。ただ時間が重なる。動機が重なる。板を彫った人間がその施設を知っていたことは、刻印が証明している。
昼前にセイが格納庫に来た。精製炉の確認のためだった。
颯はセイが精製炉の計器を読み終えるのを待って口を開いた。
「座標の先に行く」
セイが振り返った。
「ランドの調査が終わったんですね」
「終わった。施設の識別コードが刻印に含まれていた。第三成分の候補が登録当時の在庫目録にある施設だ。三十一時間の場所だ」
「同一の船かどうかは」
「確認できなかった。ただ、板を彫った人間がその施設を知っていたことは確かだ」
「一人で行くんですか」
「アルテがいる」
セイが少し間を置いた。
「ここの作業は続けます。今日中にアリスから製造判断の引き継ぎを受けます。問題が出たらアルテに確認します」
「任せる。戻るまでに答えが出なくていい判断は保留にしておいてくれ。戻ってからでも間に合う」
「七十時間以内に戻りますか」
「戻る。延びるなら通信を入れる」
セイが頷いた。
午後から出発の準備に入った。
燃料の充填を最初にやった。往復に三十パーセントの余裕を持たせた。食料と水を三日分積んだ。酸素タンクの残量を確認した。工具袋を積み直した。廃棄宙域に入る可能性があれば追加の工具がいる。宇宙服の接続部を一か所ずつ手で確かめた。
アリスが格納庫に来たのは夕方だった。
「明日のパラメータを確認していただけますか。最終的な数値を確定したいんです」
颯は端末を受け取った。三分で確認した。
「問題ない。この値で進めてくれ」
「分かりました」
アリスが少し間を置いた。
「戻ってきたら、三番工程の実装を始めたいです」
「材料が揃えば始める」
アリスが頷き、出ていった。颯は端末を棚に置いた。一つ先を見ている。それが三番工程だ。今夜颯が向かう施設に材料があれば、戻ってから次に進める。
カレンが来たのは夕方の終わりごろだった。工具袋を床に置き、颯の近くに立った。
「一緒に行けますか」
颯は燃料ホースを整理していた。手を止めなかった。
「今回はいい」
「理由を教えてもらえますか」
「アリスの工程が明日続く。今日のパラメータを明日につなげる作業がある。お前がいないと間に一日空く」
カレンは黙っていた。
「次の廃棄宙域には連れていく。今回は向こうの施設を一人で見る」
「一人でいいんですか」
「今回は一人の方がいい。二人いると確認に時間がかかることがある。単独で入れば判断が早い」
カレンが少し考えた。それから頷いた。
「分かりました」
「戻ってから話す」
カレンが出ていった。颯はホースをロールした。
日が落ちてから、格納庫に颯一人になった。
最後に機体を一周した。外壁の補修箇所を叩いた。四か所に手を当てた。この格納庫に来てから直した箇所と、セイと二人で手を入れた箇所がある。音に問題はない。
「アルテ」
「はい」
「板を彫った人間が前の持ち主だとして、施設まで行ったとすればなぜ戻らなかったと思う」
アルテが少し間を置いた。
「座標を廃棄宙域のステーションに置いた行動は、誰かに施設の場所を伝える意図として解釈できます。ただし戻る前提で置いたのか、戻れないと判断して置いたのかは分かりません。フィーエルに設計図を届けようとしていた人間が、施設へ向かう途中か施設内で行き止まりに当たった可能性があります。その場合、板は自分が届けられない代わりに誰かへ渡すための手段だった、という解釈が成り立ちます」
「その人間が今の施設にいる可能性は」
「時間から考えると低い。ただし確認するまでは排除できません」
颯はエンジンの起動スイッチに手をかけた。
格納庫の外からセイの声がした。
「気をつけて」
「ああ」
エンジンが唸り始めた。格納庫の扉が開いた。フィーエルの夜が視界に入った。星が多い。その奥に、三十一時間先の座標がある。誰かが六年以上前に向かい、設計図を届けられなかった場所がある。
颯は操縦桿を握った。錆鉄丸が動き出した。
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