廃棄宙域
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朝、セイが格納庫に来た。端末を手にしていた。
「三か所のリストです。昨夜、記録庫のデータを引きました」
颯はリストを受け取った。アルテが通信越しに内容を読み込んだ。座標が三つ並んでいる。それぞれに最終観測の日付と観測時の船舶登録データが添えられている。
「この観測データ、最新がいつか確認できるか」
「最新で七年前です。旧連邦時代の船舶登録簿からの引用です。それ以降の記録はありません」
アルテが口を挟んだ。
「第一候補の座標に旧連邦規格の精錬ステーションが記録されています。登録当時の素材目録に、M-0144の内部部品が必要とする合金成分と一致する可能性がある素材が含まれています。三候補の中で推定保有量が最も多い地点です」
颯は座標を確認した。フィーエルから四時間の距離だ。往復するなら日帰りになる。精錬ステーションの記録規模は中型だ。
「ここに行く」
セイが少し間を置いた。
「七年分の変化があります。現状が確認できていません」
「分かっている」
颯は端末をセイに返した。格納庫を一周した。昨日の作業で出た廃材が隅にある。脇に寄せた。燃料の残量を見た。往復には足りる。
準備をしていると、カレンが来た。
「一緒に行っていいですか」
颯は圧力計を確認する手を止めなかった。
「廃棄宙域の経験は」
「ありません」
「宇宙服の着脱は」
「訓練で一度だけやりました」
颯は計器から目を離し、一度カレンを見た。不安の目ではなかった。求める目だった。
「荷物は最小限にしろ。余計なものは持つな。出発は一時間後だ」
カレンが出ていった。颯は工具袋を確認しながら声をかけた。
「アルテ、緊急発信器を一つ増やす」
「了解しました。格納庫右側のロッカーに予備が一つあります」
ロッカーを開けた。あった。袋に入れた。
精錬ステーションが視界に現れたのは、出発から三時間五十分後だった。
小さかった。旧連邦規格の中型とはいえ、本体直径は百八十メートルに満たない。太陽光の当たる側面は酸化で茶色く変色している。影になる側は黒い。ゆっくりと自転している。
「回転が続いている」
「外部から慣性と自家発電の判別は困難です。ドッキングポートが三か所あります。二か所に変形が確認できます。残り一か所は外観上の損傷が軽微です」
颯は損傷の少ないポートに機首を向けた。照明を当てて外壁の傷を確認した。古い傷だ。最近ついたものではない。ポートの外縁に亀裂はない。接続面は使える。
スラスターを絞った。速度を落とした。船体をゆっくり近づけた。接触した瞬間、硬い音が船内に伝わった。磁気ロックが入った。
「接続完了しました」
颯は気圧計を見た。ステーション側は低圧だ。酸素濃度は測定できない。
「カレン、宇宙服を着ろ」
カレンが立ち上がった。颯も着始めた。カレンが隣で着始めた。着る順番に一度迷いが出た。それでも手は止まらなかった。七分で着終えた。颯は八分かかった。颯はカレンの服の接続部を一か所確認した。問題なかった。
「俺の後ろを来い。四メートル以上離れるな。俺が止まったら止まれ。聞いていいのは必要なことだけだ」
「分かりました」
「アルテ、位置情報を常時確認してくれ」
「了解しました。通信を維持します」
ハッチを抜けると、冷気が来た。
宇宙服越しでも体が感じる温度差だ。照明をつけた。通路が広がった。天井が低い。作業者向けに設計された施設だ。壁に沿って配管が剥き出しで走っている。床に粉塵が積もっている。靴底で厚みを確かめた。足跡がない。相当な時間、誰も入っていない。
颯は最初の扉の前で止まった。音を確認した。振動を確認した。外縁に新しい傷がないかを目で確かめた。問題がなかったので扉を開けた。
倉庫だった。棚が並んでいる。空のものもある。素材が残っているものもある。颯は一つずつ手に取った。重量を確かめた。折れ目を確認した。表面の酸化層を指の腹で剥いた。
「アルテ、これを確認してくれ」
画像を送った。数秒の間があった。
「M-0144の内部部品の前駆体として使える可能性があります。精製が必要ですが、原料として見込みがあります」
颯は袋に入れた。次の棚に移った。カレンが後ろで見ていた。颯が棚から一つ手に取ってそのまま置いたとき、カレンが口を開いた。
「それは使わないんですか」
「亀裂がある」
颯は端を折って見せた。断面に細い線が走っている。
「こういう亀裂は内部から来る。表面は問題なく見えても、精密部品に使うと後で割れる」
カレンは折った端を受け取った。断面を指でなぞった。
「見た目では分かりませんでした」
「慣れると分かる。指の方が早い」
次の棚に移った。
隣の部屋は制御室だった。端末の電源が落ちている。壁に旧連邦のロゴが残っていた。掠れているが読める。棚に機材の残骸がある。大半は使えない。ただ精密ネジが一缶残っていた。旧連邦規格だ。袋に入れた。
「颯さん、これは何ですか」
棚の隅を指している。颯が近づいた。金属の板が立てかけてある。薄い。大きさは五センチ四方ほどだ。表面に細かい記号が刻まれている。丁寧な彫りだ。機械による加工ではない。誰かが手で彫った。
颯は手に取った。重量が均一だ。旧連邦の刻印ではない。
板の周囲の棚面を確認した。棚の面は粉塵が厚く積もっているが、板が立てかけられた跡の部分だけ積もりが薄い。ステーションが動いていた頃の粉塵ではない。それより時間が浅い。
颯はもう一度板の表面を見た。記号の彫りに迷いがない。整然としている。意味のある配列だ。
「アルテ、この刻印のデータはあるか」
画像を送った。
「確認中です。現在のデータベースには一致するものがありません。旧連邦技術資料の未解析部分に類似した記号列が存在する可能性があります。帰還後に詳細を確認します」
颯は板を袋に入れた。
「誰かが手で彫って、ステーションが無人になってから置いた」
カレンが颯を見た。
「何のためにですか」
「分からない。だから持ち帰る」
採取に二時間かかった。
ステーション内の三区画を回った。M-0144の内部部品に使える可能性がある素材が三十キロ近く集まった。颯は選別に時間をかけた。亀裂のあるものを除いた。酸化の深いものを除いた。カレンが運搬を担った。颯が選別して置いたものを袋に入れた。途中から颯が何も言わなくても、カレンは颯の手が止まる前に次の袋を構えるようになっていた。
帰る前に颯はステーション内を一周した。見落とした区画がないかを確認した。奥に古い搬送台車が一台ある。動くかどうか分からない。サイズが大きい。今回は持ち出せない。アルテに座標とメモを送った。
「保存しました。台車の仕様も記録します」
帰路は四時間かかった。
カレンが窓の外を見ていた。颯は飛行ログを確認した。燃料消費は想定内だ。機関の温度は問題ない。
「廃棄宙域への入り方は教わりましたか」
「誰かに習ったことはない」
カレンが颯に視線を向けた。
「扉の前で少し止まりましたね。それから開けた。あれは何を確認していたんですか」
「音。振動。扉の外縁に新しい傷がないか」
「三秒もかからなかったと思います」
「慣れるとそれだけでいい」
しばらく沈黙が続いた。
「あの刻印、誰が彫ったと思いますか」
「まだ分からない」
「見つけてほしくて置いたのか、隠したくて置いたのか。どちらだと思いますか」
颯は前を向いたまま答えなかった。どちらの可能性もある。ステーションの最終観測が七年前で、刻印の粉塵は七年分より薄かった。ステーションが廃棄された後に誰かが入った。そこまでは分かる。
アルテが通信に入った。
「フィーエルの管制からドッキング許可が出ています」
「了解」
颯は操縦桿を握った。カレンが前方に視線を戻した。
格納庫に着いたのは夜だった。
セイが待っていた。袋を下ろすと、セイが素材を確認した。アルテが一覧を読み上げた。セイが端末に記録した。
「精製炉で処理できます。明日、アリスと処理手順を確認します」
「精製の優先順位はアルテと合わせてくれ」
「了解しました」
颯は袋から金属の板を取り出した。
「これは別だ。刻印の解析を最優先でやる」
セイが板を受け取った。表面の記号を見た。眉が寄った。
「旧連邦のロゴではないですね」
「見たことがあるか」
「ありません。ただ、形に規則性があります。ランダムな彫りではない」
「記録庫に当たれるなら当たってくれ。アルテの結果と合わせる」
「やります」
颯は格納庫の床に腰を下ろした。壁に背中を預けた。カレンがセイの隣で素材の記録をしていた。颯は一度その様子を見た。今日、廃棄宙域の中でカレンの動きを見ていた。初めての宙域で、カレンは一度も余計なことを聞かなかった。必要なときだけ聞いた。颯が置いたものを見て次に何をするかを判断した。まだ出来ないことはある。それでも今日の動き方は確かなものだった。
「アルテ」
「はい」
「今日のカレンの行動を記録してくれ。廃棄宙域の中での動きを含めて」
「了解しました。保存します」
アルテが少し間を置いた。
「刻印の解析は今夜続けます。旧連邦技術資料の未解析データと照合しています」
「分かり次第教えてくれ」
外は暗い。格納庫の明かりだけが床に伸びている。M-0144の内部部品の素材候補が揃った。精製と試作がある。訓練がある。それとは別に、あの板がある。誰かが手で彫り、ステーションが廃棄された後に置き、七年以上誰にも見つけられなかった刻印が、今夜アルテの中で解析されている。
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