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120.両親の良心

「友達作りを始めとするお悩み相談や、トラブルの解決は何でもござれ。

 こんなにいい子、中々いないわよ?」


俺が水橋の事を彼女にしたいと思っていることを知っているのは、この場では海だけ。

おい、まさか……あ、首振ってる。違うっぽい。


「お母さん、何言って……」

「だってそうじゃない。夏祭りの時も聞いたけど、雫はどうなの?

 実際に会ってみたら結構いい男だし、お母さん大歓迎だけど」


本人いる場で何を言ってんだこの人は!?

水橋も当然めちゃくちゃ困惑してるし、何考えてんだ!?

とりあえず、何とかこの空気を処理しないと……


「雫だって女の子だし、こういう男の子と付き合ってみたいと思わない?」

「あの、渚さん。そういう話はあんまり……」

「怜君はどう思う? 私と源治さんの子だから美人で優秀よ?」


墓穴掘った! 俺は黙ってるのが正解だった!

えぇ、これ、どうやって収拾つけたら……


「渚、人の色恋沙汰に深入りするのはよせ。……すまんな、怜二君。

 うちの渚は、こういった話をし始めたら俺以外じゃ止められないんだ」

「もう。もうちょっとでイイコト聞けそうだったのに」

「……ごちそうさま。歯磨きしてくる」

「あっ、雫! まだお雑炊が……」

「いらない」


源治さんが止めてくれたけど、遅かった。

怒りか、苛立ちか、いずれにしてもあまりよくない感情のどれか。

静かなままではあるが、水橋の臨界点を大きく超えてしまったのだろう。

……渚さん、流石にやり過ぎだ。


「……やらかしちゃったか」

「渚さん。お言葉ですけど、こういうお話はデリケートなものです。

 そういうつもりではなかったとは思いますが、面白がらないで下さい」

「うん、そうね……怜君もごめんね。嫌な気持ちにさせちゃって……」


投下された爆弾を処理する必要は無くなったけど、空気は物凄く重苦しい。

原因は渚さんだって分かってるけど……俺は、どうすればいいんだろう。


「……一回食おうぜ。母さん、この後ちょっと出かけるわ。

 高いスイーツ献上して、ご機嫌取り図ってみる。出資頼むわ」

「分かった。怜君の分も買ってきて頂戴。

 怜君、甘い物は好き? こんなのじゃ、お詫びにはならないけど……」

「えぇ、好物です」

「一応、雫の分の雑炊は残しておくか。戻ってこなかったら、俺のつまみにする」


とりあえず、場はまとまった。

けど、この後どんな顔して水橋に会えばいいんだろう……




「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした。あ、大丈夫よ。食器は私が運ぶから」

「いえ、これくらいは……」

「食事の後片付けを客人に手伝わせてしまっては、水橋家の名折れだ。

 ここはどうか、渚に任せてくれないか」

「……では、お願いします」

「うん。怜君はテレビでも見て、ゆっくりしてて」


シメの雑炊まで頂き、夕食を終える。

海はついさっき外へと出て、俺と水橋へのデザートを買いに行った。

それでどこまで戻るかだが……どうしたものか。


(何もしないが、正解か)


恐らく、しばらくは部屋に篭っているだろう。

今回のことは、無かったことにするのが一番いい。


「怜二君」

「はい」

「少し、俺と話をしないか」


二杯目の酒を注ぎながら。酔っている感じはしない。

意味深に感じるのは、顔の印象からだと思うが、ただの雑談という切り出しでもない。

何か、俺に言いたいことがある。そういった雰囲気。


「構いませんよ。歯磨きが終わってからでいいですか?」

「あぁ。風呂までの時間潰しに付き合ってくれ」


前向きに捉えれば、本来あまり関わるはずのない人と会話ができる、貴重な機会。

他人のプライベートに踏み込むことはあまり好きでは無いが、

家での水橋がどんな感じなのかも気になるし、親父さんであるこの人がどんな人かも、

もう少し知ってみたいと思う。ということで、お話するか。




リビングに移動。

渚さんが淹れてくれた、温かい緑茶が入った湯のみで手を温めながら、

源治さんの対面に座る。


「茶しか用意できなくてすまんな。ジュースの類は切らしていた」

「いえ。飲み物ありがとうございます」

「君は礼儀正しい人間だな。うちの新人にも見習ってもらいたいものだ」


仕事は、普通の会社員だろうか。

見た目だけだったらそれこそ……いや、そんな訳がねぇか。

そうだとしたら、多分透は消されてる。


「面白半分で、他人の色恋沙汰に踏み込んですまんな。

 渚にはもう一度、きつく言っておく」

「俺はともかく、雫は結構嫌な思いしたみたいなんで、お願いします」

「あぁ、約束しよう。……だが、半分以上は雫を思ってのことだ。

 少なくとも、俺はそう感じた。分かってもらえるとありがたい」


それは何となく分かる。友人とはいえ、男が自分の娘の家に来て、

しかも部屋にまで招いたんだ。それがどういう意味であるかが分からなかったり、

一切の心配をしない程、渚さんは愚鈍な人ではあるまい。

半分のもう片方で、俺がどういう人間であるかを観察している。

そういう部分もあっての、あの質問だったのだろう。


「君にとっての雫がどういう存在であるかは、俺は聞かない。

 君も雫も義務教育を終え、全てを親の庇護の下にやる歳ではないしな。

 大人の指図のどれを受け入れ、どれを聞き流すかの判断はできるだろう」

「それなりには」

「それなりでいい。勿論、俺の話も全部聞く必要は無い。

 酒の入ったオヤジの説教に、価値のある言葉なんてある方が稀だ。

 ……さて、ここからは俺も茶にするか」


酒瓶を片付け、湯のみに緑茶を注ぐ。

節度ある飲酒のできる大人は信用できる。経験則でも何でもない印象論だが。

もうしばらく、この人と話してみたくなった。

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