121.サシ飲み会(ノンアル)
水橋の親父さん、源治さんとの語らいは続く。
最初に感じた怖い印象は、今はすっかり無くなっている。
下手な真似をして怒らせたりしない限りは、何も恐れる必要は無い。
「この面と体格だから、人から怖がられるのは慣れっこだ」
「いや、本当にすいませんでした」
「気にするな。初対面で動じるなという方が無理だろう。
そんな奴がいたら俺の方が怖い」
むしろ逆だ。とても気さくな人で、親しみやすい。
この会話の中で、ぎこちない笑顔を何度も浮かべている。
ずっと目が笑っていないが、曰く「表情筋が固いものでね。苦労してるんだ」とのこと。
どういう意味の笑みかは表情だけじゃ判断できないことになるが、
そこは空気を読んで、ということだろう。わりかし得意分野だから、問題ない。
「雫の運動能力は俺譲りだが、容姿は渚から受け継いでくれたよ。
これが逆なら大変なことになっていたな」
「まさか、そんな」
「そこは笑ってくれ。こんな熊みたいな大男に似ては、嫁入りが遅れるだろう。
渚と瓜二つに育ってくれて、本当にありがたい限りだ」
「ただいまー」
そうこうしていると、デザートを買いに行っていた海の声が聞こえた。
思いの外早かったけど、近場にそういう店ってあったっけ……?
「ほい怜二。茶菓子だ」
「頂く」
渡されたのは生クリーム入りのどら焼き。やや大きめのサイズだが、高級感がある。
甘い物にあまり詳しくない俺でも、ただものではない逸品だということが感じられた。
「俺が持ってく。今、気まずいだろ?」
「任せた。もう少し、上手く流せればよかったんだけど……」
「何言ってんだ。お袋のことは本当にごめん。後で言って聞かせるから」
この状況で自分のするべきことは『何もしない』が最善手。
どんな言葉をかければいいのか分からないし、対面することすら難しい。
そうだとは分かっているけど……もどかしいな。
「海。今は、なるべく一人にしておいた方がいい。
風呂の時間になれば下りてくるだろうし、その頃には落ち着くだろ」
「だといいんだけどな。サッと渡してスッと戻るわ。
母さん、雫のマグカップとお盆どこ?」
「そろそろと思って、用意してあるわ。……謝りたいんだけど、私は行っちゃダメかな?」
「微妙。気持ちの整理がつかないってとこだろうから、俺が伝えておく。
これに懲りたら、二度と人の気持ち弄ぶんじゃねーぞ」
「……うん。怜君もごめんね」
「いえ、俺は気にしてませんから」
俺には特にダメージないし。少しだけ、水橋との関係を意識することにはなったけど。
(俺の目標、この先なんだよな)
友達という関係でも心地よくて、時々忘れそうになる。
だが、決して満足した訳でも、どうでもよくなった訳でも、諦めた訳でもない。
『水橋雫を、彼女にする』という目標は変わってないし、それを望む気持ちは、
最初の頃より確実に強まってる。だから、夏休みはアプローチをかけたし、
今回の誘いも受けた。
「お茶のお代わり、いる?」
「頂きます」
「俺も頼んだ」
そして今は、水橋の親父さんとの雑談。
ここから何か拾えないか、模索してみよう。
「学校での雫は、どうしている?」
「女友達が増えたせいか、少し明るくなったように感じます」
「君のおかげだな」
俺は特別、何もしてない。水橋の努力と、きっかけになる出来事が重なっただけ。
その出来事にほんの僅かに協力した程度で、99%は本来のスペックの高さ、
そして何より、『素の自分を出したい』という望みに対する直向さが為しえたこと。
その中で確実に成長してるし、今となっては俺のサポートは必要ない。
「全体の1%ぐらいですけどね」
「それが欠けていたら、100%にはならないだろう。
俺は、君が雫が持っていない1%を持っていると考えている」
でも、過度な謙遜はしないことにした。
トラブル解決の手助け、メンタル面のケア、やりたいことをさせるとか、
ある程度のことは、色々とやってきた。
その内訳に下心や脇役癖が絡んでいるとしても、結果としては悪くない。
それらが連なった結果が、今日こうして家に招かれたことに繋がったのかもしれない。
「誰しも持っているとは思いますよ。最初に関わったのが俺ってだけで」
「大切なのはその使い方だ。人によっては、引き算になったり負の掛け算になる。
君は確実に、雫に足りない部分を足してくれたんだ」
「……恐縮です」
「もっと誇ってもいいと思うんだがな。ところで怜二君。
君は、何かスポーツをやっていたりはするのか?」
「いえ。部活にも入ってませんし、特には」
「それにしては、随分とガタイがいいようだが」
源治さんがいると何もかもが小さく映るんだが、
本人自身の遠近感は至って正常らしい。
「多少、鍛えてるんで」
「それはいいことだな。力は君のような人間が持ってこそ意味がある。
力なき正義は無力だが、正義無き力は暴力だ」
「そこまでの力もなければ、そんなに高潔な人間でもないですよ。
せいぜい、そこまでの力と人間性を求めているという程度で」
「そう自覚して行動しているのなら、俺の見立ては間違っていないようだな。
よし、それなら……」
そこまでで言葉を区切り、「よいしょっと」と言いながら、座り直した。
そして、テーブルに右肘をつくと。
「俺と、腕相撲をしよう」




