119.会話のキャッチボール(代用:爆弾)
「怜君って美味しそうに食べるわね。嬉しいわ」
「実際に美味しいんで。不味そうには食べられませんね」
「それもそっか♪」
渚さんに対しては、軽く冗談を交えながら。
大体喜んでくれるから、比較的やりやすい。
「美味そうに飯を食う人間は、正直な人間だ」
「ありがとうございます」
「正直者であるっていうのは、幸せに生きる為の条件だ。
何事も分かり易く伝えるもんだ。ということで雫、大好きだぞ」
「お兄ちゃん!?」
「……ふっ」
食べている内に分かったが、源治さんは別に気難しくはない。
どう受け取るか微妙なことは好意的に受け取ることにしたが、正解っぽいし、
楽しいことがあると僅かに口角を上げて笑う。
鼻で笑ってるような声(音?)になるのは、ただのクセだろう。
水橋の言ってた通り、顔は怖いけど温かい人だ。
「雫、もうじきテストだが、今回も大丈夫か?」
「今日、藤田君と一緒に勉強したから」
「俺が水橋に教えられることなんて、ありませんけどね」
今回『も』って言われるのも当然だ。
努力する天才である水橋が、テストで遅れをとるはずがない。
「んー……ねぇ、怜君」
「何ですか?」
「ここにいるの、怜君以外全員水橋なのよね」
「……あー」
遂に、ここ突っ込まれたか。俺も分かってはいた。
水橋のことは名字呼びしてたけど、ここだとややこしい。
だが、正直下の名前で呼ぶのは気恥ずかしさがある。
だから、なるべくそれを言われないように、他の二人は下の名前で呼んで、
分けられるようにしていたんだが……
「雫のことは雫って呼びなさいな。というか、雫も怜君でいいんじゃない?」
「えっ!?」
「藤田君の話はよくしているようだし、それ位の仲だろ。
となれば、俺も怜二君と呼ぶべきだな。君も俺のことは、源治でいい」
「いや、その……」
それとなく、海に視線を送る。
名前呼びというのは中々に親密な関係じゃないとできない。この流れ、止めてくれるよな?
「いいんじゃね? 俺はもう名前呼びだし、ここでならいいだろ。
学校だと、変な勘違いされそうだけどさ」
(……マジか)
肯定されるとは思わなかった。……これ、覚悟決めるしかねぇのか?
……でも、俺の目標考えたら、むしろいい機会か?
いつかはそう呼びたいって思ってたし……うん、決めた。
「そういうことで……宜しく、雫」
「っ! ……う、うん。れ……君……」
胸が締め付けられるように苦しい。鼓動も凄く高鳴ってる。
好きな相手の下の名前を呼ぶことが、こんなに身体を熱くさせるなんて。
顔を少しだけ背けたから見えないけど、水橋も多分、同じ気持ち。
いや、別に水橋は俺のことが好きって訳じゃないし、
単純に恥ずかしいってだけだろうけど。穂積とかも名字呼びだし。
「二人とも照れちゃって、可愛いんだから♪」
「母さんそこまで。ほら、二人とももっと食え食え」
「そろそろ二周目に入るか。スープは足りるか?」
喜ぶべきことなんだけど、それ以上にずっと恥ずかしい。
見事に爆弾、投下されたな……
「そういや雫。最近、怜二以外にも電話よくかけてるけど、誰?」
「古川先輩。本の趣味が合ってて」
「へぇ。怜二繋がりから?」
「うん」
「さっすが怜二。またどういう魔法を使ったんだい?」
「魔法なんて使ってないし、使えない」
俺もこういう顛末になるとは思ってなかった。所謂『嬉しい誤算』ってヤツ。
その一方で、透が古川先輩にあんなことをのたまったという、
あまり嬉しくない誤算もあったが。
「ホント、怜君っていい子ね。これからもよろしくね」
「こちらこそ。水……雫には、色々と世話になってますから」
「ボクは何もしてないよ。怜二君に助けてもらってばっかりだし」
「とりあえず、今日は間違いなく助かった。テスト勉強遅れてたし。
夏祭りをいつもより楽しくさせてくれたのもそうだし、夏休みもな」
「そうそう、夏祭り。雫を守ったんだって?」
「……まぁ、結果だけ見たらそういう形になったというか」
「俺からも、礼を言わせて貰おう。怜二君、雫を守ってくれてありがとう」
あの時のことは、思い出す度に肝が冷える。
自分でも思ってなかった動きが出来たのは、何故だろうか。
「だから分かんねぇんだよな、お前の幼馴染があんなクズってことが」
「怜二君には、幼馴染がいるのか」
「お父さんには話してなかったっけ。神楽坂君っていうんだけど……」
水橋が言いよどむ。その気持ちは分かる。
透と水橋の間に、いい思い出は何一つとして存在しない。
「ねぇ、怜二君。一応は幼馴染だから、あんまり言いたくないけど……
その、友達は選んだ方がいいと思う」
「その言葉が10年前に欲しかったよ」
「ふむ。あまりいい子ではないらしいな。渚は聞いたことあるのか?」
「少しね。雫から聞く限りじゃ、酷い浮気性の手柄泥棒。怜君、合ってる?」
「ほぼ合ってます」
「そっか……ところでさ、幼馴染っていうことは分かるけど、
何でそんな子と付き合ってるの?」
「家が隣で、小中高と一緒だったんで自然と。腐れ縁というか何というか」
「あー、そっか……」
「でも、最近は縁を切る方向に向かってます」
「私が言えた義理じゃないけど、それがいいわね」
海以外にも、透の悪評は伝わっているらしい。
渚さんが持ってる印象を聞く限り、誰と付き合うかの結論を先延ばしにしていることや、
料研盗難事件と3年5組いじめ問題の手柄を横取りしようとしたことも知ってるようだ。
「陰口を叩くことはあまり褒められたものではないが、余程酷い男のようだな」
「すいません、食事中に……」
「いや、話し始めたの俺だから、怜二が謝ることはねぇって」
「言い方が悪かった。これはただの雑談の中の零れ話だ。君は何も悪くない。
意図的なものではないし、聞く限りは事実だろう、神楽坂君とやらの人物像は」
「……一応は」
「それで雫にちょっかいかけるっていうんだから、身の程知らずなもんだよ」
「そうねぇ。彼氏になるんだったら、怜君みたいな子じゃないと」
「そんな、俺は……」
……えっ?
(いやいや、何言ってんだこの人)
あまりにも自然過ぎて、適当に相槌を打ちかけた。
よし、聞かなかったことにしよう。何か別の話題を、えぇっと……
「……海、ちょっとポン酢こっちに」
「お、おう! ほら使え使え!」
「雫はどう? 怜君のこと好き?」
「お母さん!?」
……この話題、広げるの!?




