第3話「食べれない系少女」
数時間の経過、時間、という単位を考えるなら、もしかしたら秒なのかもしれない。
見分けはつかない。
まぁ、時間は見る、ということができないから、おかしいのかもしれないけれど。
要するに、判断がつかない。
まぁ、緊張していて時間が飛んでることだってある。時間でもおかしくないくらい。
本当はゆうかのところにもう戻っていてもいいのかもしれない。
このまま素通りして、「あれ?あなたと私、初対面だよね?」と、次にいえるのかもしれない。
そうでなくとも、ここで相手を痛めつけて従服させれば、次に無視していいのかもしれない。
しかし、目をそらすことなんて絶対にできない。
今にも折れそうな腕、筋肉の「き」さえないような足。
ぽっきりと、しかし、私は本当はそんなことできないだろうけど、どこかにぶつけたりしたら折れそうだ。
ただし、見くびってはいけない。
どんな形質変化が起こっているか知らないいじょう、手も足も出すわけにはいかない。
・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・・・もうしばらくの時間の経過。
なにも動かない。身じろぎすらしない。
そう、まるで歯車がかさばっているかのように。
逆方向に回る歯車と歯車が、たがいに食いついて、違う方向に進もうとして、そして、何もおこらない。
足の震えも、そういえば、現状確認をもう少しいうとしたら、パン。例の賞味期限切れのパンだ。
ただ一つしかないのだけれど、しかし、それは貴重といわれていた、とても甘ったるい練乳イチゴパン。
ゆうかが、「これは好きだけど手に入れられない。」といって嘆いていたのを覚えている。
そして、手に入れた暁に、少しだけ、味見をさせてくれないかなぁと思ってたのだけれど、まぁそれももうできないことなのだ。しかたのないことだ。
そう、そして何よりも、それをもっているのは目の前の細身の子。
これは、つまりそういうことだろう。
このパンを手に入れることのできる力を持っている。
そういうことだ。
もう、見くびる事なんてできない。
見限ることは死を意味するも同然。
選択肢が、それに気づいた瞬間いっきにつぶされる。
どうあがいても負けるかもしれない。
本当に私は逃げなければ、このまま死んでしまうかもしれない。
逃げなければ、逃げなければ。
「・・・。」
しかし相手は、ただの、女の子でしかなかった。
まるで生まれたての山羊のように、いや、この状況を入れるとしたら出荷される前の仔牛だろうか。
そう、わなわなとおびえて。
それはただ、ただ、女の子、というイメージでしかなくて、そう、たぶんそうなのだ。
練乳イチゴパンを拾ったのはただの偶然。
そして、その虚弱な体を震わせているのも、それは絶対的に避けられない生理的反応。
なにもおびえる必要なんてない。
この森の中、陰でよく顔が見えないのだとしたら、それは私の顔だけ。
こんな好都合で何を心配に思っても、変わらない。
「・・・名前は?」
女の子は少しぴくっと反応する。
汗を、ぬれた手をぎゅっと握りしめて、しかし、それでも、口は思うように動かないみたいに。
しかし、それは違うのか、私の見間違いだったのかもしれないけれど、確実に動いて。
しっかりと自分の意思で、つぐむか、つぐまないかを迷っているだけなのかもしれない。
黒髪の子、さっき飛んでいったおさるさんみたいな子は、助けに来ないのであれば、もしかしたら仲間なのではないかもしれない。
そう、この子が何かしらの事情があって、ただ追いかけていただけ。
しかし、この子に仲間がいないなんて事はないはずだ。
そう、河の流域には3人、2人の計5人。
どうあがいたって、仲間は一人は絶対にいる。
・・・。
それか、りさこ先生みたいなタイプ。
2人のグループにただ一人がいるような。
そう、いてもいなくてもいいけど、一緒にいるとカウントされてしまうようなそんな関係。
もし先生が、ふといなくなってしまっても、もしかしたら気づかないのかもしれない。
ちさとは、日曜日の自習の気分になって、ただただ自分の書いた意味不明の文字を反復練習するのだろう。
まぁ、普通にいるのかもしれないが。
仲間、ピンチなときに、いざというときに気づいてくれない仲間。
ただしいまはそれとは真反対方向なのだが。
「・・・。・・・きなりだよー。」
泣きそうな目で答える。
こちらから見れば、眉毛は垂れ下がって、まるでちさとみたいに。
色、よく見たら髪と同じだから、もしかしたらこの色は地毛なのかもしれない。
少し足が震えて、でも、逃げたら殺されるとでもいうみたいに。
至って普通の、そう、何も変わりはない。
か弱い女の子、というイメージでしかない。
もしかしたら。はるよは特別だったのかもしれない。
攻撃的になる、というのは、ただ世間がとらえていただけなのかもしれない。
そう、初めて山に来たときに会ったのが攻撃的な、はるよみたいな人で、それが、やってきた人を次々と殺していって。
そう、それでただ世間が「攻撃的だ」ととらえて。
そんなことで、普通の生活に戻すのをあきらめて。
なんとも情けない。
「警戒。どうかといてほしい。」
警戒していた私が言うのも何だけれども。
まぁ、知れば態度が変わる事なんてよくある。
その子は、しかし、羊みたいに。
値札をつけられたり、カミソリをもって来られたみたいに。
どうしたらいいかなんてわからないけれど。
警戒を解いてほしいは裏になにかあるからと思われているのかもしれないけれど。
そんな顔を、できれば向けないでほしい。
その、困り切った、全力で怖がるその顔を。
まぁ私はそんなつもりなんてなくても、しかたがない。
相手がそうなのだから。
「きなり。さっきの子、追いかけていた子、だれ?」
話を変えてみる。
そう、それも気になっていたから別に話を意図的に変えたというわけではないのだけれども。
そして、きなりは今にも泣き出しそうで、必死に口をつぐむ。
つぐむ、それは自分の生死を軽んじているのか、おびえていえないのか。
口を一度開いてしまえば簡単にすらすら言葉というものは出てくるのだが。
だとすると、自分の命を天秤に、もう片方にさっきの子をかけて。
そうすると、やはり仲間みたいだ。
そう、仲間を売るか、自分を犠牲にするか、というかんじ。
必死に考え、その先に答えがあるのに、いつまでたってもはかりは傾かないまま、結局仲間をかばう選択肢に強制移動させられてしまう。
よくあることだろうか。
でも、そんなことはなかった。
何かが吹っ切れたみたいににへーと不気味に笑うと、泣きそうな瞳なのに、輪郭、目の縁で、口で笑うと、もう、それははるよの話をしたちさとのようで、いや、あちらが陽、とするなら、雰囲気だけでいえばこちらが陰、みたいな。
なにかで闇落ちしたときの笑み、みたいな。
そう、ホラーハウスに出てきそうな、といっては失礼だが。
一番近しいと思うのは、笑えない子が無理に笑ってこうなってしまうというものか。
「えへへー。あやの、だよー。とても強いの。あーやを消そうと思ったって、絶対に無理だよー。」
そう、たぶんあれは私にはとうてい勝てないことに気づいたときの笑み。
きっと、私を知らないのに。しかし、それでも負けると判断したときの。
そうすれば、そのあーやは、とても強いのかもしれない。
はるよちゃんにまけないくらい、ずっとずっと。
まぁ、会っていないから、勝負させてないから、強弱ではかる事なんて無理なのだろうけれど。
きなりはへらへらと左右に揺れてみせるけれど、誰かがこれをみて殺しにかかったら、簡単に殺せてしまうのだろうけれど。
まぁ、今は、あの木の元へ帰ろう。
そう、この状況、木漏れ日も暗ければきなりもまたそれにとても似ている。
それにさっきのはるよのときのように、殺されかけてはたまったもんじゃない。
おしゃべりで情報を引き出してから、またここに来よう。
そう、それが私の最善策。
少しだけなら、ゆうかも許してくれる。
だが、しゃべりすぎてはいけない。まぁ、そうだろう。
しゃべってしゃべってしゃべりすぎて、どんどん相手が情報を出し渋っていくのは目に見えている。
そして、重要な情報を逃してしまう、それが今一番避けたい答え。
まぁ、適度に、そう適量で。
すっと横を通り過ぎる。
陽気に。ただリズミカルにほのぼのと藻のようにしていただけのきなりは、まるで殺されることを予想していたみたいに、通り過ぎ際に、ぎゅっと目をつぶる。
ぎゅっと、何も見ないように。死亡したことに気づかないように。
目の前を真っ暗にして、きっと何もきづかないまま終われるから。
そして、私は普段通り何もせずに横を歩き去る。
それ以外にすることがなければ、きなりを殺すなんてもってのほかだ。
きなりは、痛みが走らないことに驚いたのか、なぜ身を守ることはしないのかといいたいのだが、去り際の私の制服をぎゅっとつかむ。
きなり自身、驚いているのかもしれない。見開かれた目は、さんざんそれを漂わせている。
そう、それに驚いたのはきなりだけでなく、わたしも。
制服の裾がちぎれてしまっては困るし、それに私の行動を邪魔できるほどの力が細身なりにある。
いや、殺されなかったらつかむとは、どういう神経をしているのかといいたい。
とても、おかしな。これもウイルスのせいなのだろうか。
いや、それとも、それはもともときなりが持っている性格なのか。
とても見分けがつきそうにない。
「まって、なんであーやのほうに行かないの?そっちは反対方向だよー!」
突拍子に、とんでもない言葉が飛び出る。
しかし、嘘などつく余裕などない。ましてや仲間を殺しに行けなど。
そして、逆に問いたい。なぜあーやのほうにいってほしいのかと。
とても、とても疑問である。
そして、それは自分の生死に関する事じゃなくて。
あーやのほうに行くかどうかだということにもおどろく。
いや、やはりこれは手に負える訳がない。
これを支配できるのは、やはり、正常はだめだろう。
もしかすると、自分では殺せないからあーやの方にいって殺されてこい、とでもいいたいのかもしれない。
そう、おそらく十中八九これ。しかし、今日は勘を本当に使ってばっかりだから、さっきもそうだったのだけれども、外れる確率が高くなっているから、もしかしたら違うのかもしれない。
そして、それが、違うという判断が私の好奇心をつつく。
それは、一つはあーやにあってみたいという好奇心。
それと、どちにしろ会わなければいけないから、今あっておこうという気分。
ただの好奇心で、興味半分で殺されに行ってはたまったもんじゃない。
しかし、そう、この私はもうあーやに会う気満々でいた。
ただ、あーやに会うだけなのに、きなりについて行くだけなのに、それがまるで小さな冒険をする前の、壮大な迷路をみてクリアしたいというあの冒険心が少し芽生えて。
そして、それを顔に出してしまう。
無表情、なのに表情豊かだといわれる私の顔を、読み取れない人は絶対にいないみたいで。
「こっちだよ。」
それは母親が泣きじゃぐる子どもを引くよりも早く。
いや、早くはないのだけれど、力強く、とてもこの力のでどことがわからないくらい。
安心感、というか、なにか安定していて、そして、やはり容赦なく、私のことがまるで頭にないかのように引っ張る。
それは虫を恐れている余裕もないみたいに、近道を、あらゆる道を駆使して。
木々を、全ての草の配置を覚えているかのような身のこなしで。
私に道を覚えさせないため、といえば納得するような、しかし、これがやはり近いのだろう。
右へ左へと揺れながら、時々視界がきなりの背中にうずくまりながら。
そして、頭が混乱して、今までの道が真っ白になったころ。
そこは、まるで森の広場みたいな、すこし開けた場所だった。
キャンプ場みたいな、ここに魔女の家が建っていてもおかしくないようなスペース。
河の流域だというから、てっきり河の岩の上で過ごしているのかと想像していたのだが、そんなことはなかったようだ。
そして、きなりは立ち止まると、こちらを向いてほほえむ。
それは悪魔のような、いや、悪意のない悪魔、にっこりと笑っているだけで、なにも悪巧みなどは見られないのだけれど。
きなりは、そして、再び開けた場所の方に目を向ける。
そこには、二人の人。
そう、やはり仲間はいた。
勝手にお話を考えるとすると、いつもきなりが遅いから今日もそれだろうと判断して待っていただけ。
仲間は二人い、そこにきなりがいる。
ここは二人、三人でいう三人の方らしい。
ふかふかのわらのような草で作られたベッド、それは棒高跳びのあのマットのような大きさのあれ。
ここで毎日寝られるのであれば、ここにすんでもいいといいたくなるような柔らかさ。
まぁ、見た目とすこし感覚が違うこともよくあるけれど。
そして、なぜこんなにというくらいのパン。
種類はさまざまでよく見えないが、少なくともこれを三人で消費することなんて不可能ではないかというくらいの山積み。
まぁ、消費できるから持ってきているのだろうが。
そして二人。
ひどく沈んだベッドに座り込んでいる。
双子のようにそっくりな、二人とも食事中なのか、一生懸命パンを貪っているけれど。
髪や目は真っ黒。そう、なんとも珍しいいわゆる漆黒。
まるでブラックホールのように、光を当てたら返ってこなさそうな。太陽の光さえ吸収しているような。
そして、眠そうな。これはただ食事中だからかもしれないけれど。
とてもよく似ていて、まぁ、性別はおそらく身なりからして男女なのだろうが。
そして、どちらかが年上、なんてことも、もしかしたら年下、なんてこともあるだろうけれど。
この中学三年生教室に、年下なら二年生がもう三年生と同じ対策をしているという場合のみ、年上なら留年している場合、もしくは復習をしに来ている場合のみ可能、そう、すべての場合は低いのではないだろうか。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
なによりも驚くのは、右手。
二人とも、両方だ。
異常なくらい膨らみ、それはまるでロボットのように。
そうでなければけだもののように。
形質変化、これ以外に考えられるものはない。
長い髪のポニテの方、あーやは、まるでそれを後ろめるかのように布で隠して、まぁ、隠しきれていないのだが。
もう一人の、短髪の男の子の方はなにも恥じないのか、その右手をむき出しにして、そう、それは色づけられたように、まるで絵の具やペンキで塗ったかのような黒で。
おそらく、あーやもこうなっているのだろう。
それは癌のような、生々しい感じがまだ残っているような。そう、ペンキは言い過ぎたかもしれない。
「あーや!強そうな人連れてきたよー!」
きなりが思いっきり叫んでみせる。
その声はあーやに届いたのか、あーやは、その布で覆った手を、パンを抱えたまま二回ほど上で左右に揺らすと、パンを素早く消費し、その手を服にこすりつけた。
そしてゆっくり立ち上がる。
パンの袋はどうしているのかと思っていたが、そのままぽいっと捨てていた。
ゴミのポイ捨てはよくないとよくいわれているのに。
よくないと、よく。・・・。我ながら面白い。
審議中、などという文字はすぐに消えて、認められることだろう。
あーやは一歩、一歩とだんだん近づいて、というか、歩き方はゆっくりではないのだが、むしろ、早いとおもえるくらいだが、近づくにつれて、少しずつ威圧が伝わってきて。
好奇心、勘が外れているという勘は外れてしまっていたような。
正直いうと、恐怖。自分に嘘をつくならオーラがすごい人だなぁくらい。
目の前に来たときにはもう、蛇ににらまれているような。
はるよ、あちらが鬼ならばこちらが竜のような。イメージ的には。
いや、実際にはにらまれてないし、相変わらずの眠気顔で、むしろ、何かうれしそうな。
そう、少し、その眠そうな無表情がなんとなく笑ってる気がして、いや、無表情なのだけれども。
私と同じような、無表情。表情豊かで、感情が読まれやすい無表情。
そして、じっと、目からはなせなくなる。
その真っ暗ななにも見えないような目から、そらせなくなる。
そらせば、何かが起こってしまいそうな。
そらせば。あーやが怒って起こってしまいそうな。
具体的にいえば私殺人事件。
それは、さっきのきなりのような状態なのかもしれないけれど。
しかし、あれは偶然。しかし、これは導かれた必然。
そう、やはり違うのはそこだ。
そして、それが意味するのは。
あーやはその巨大な布からはみ出た手をゆっくりと持ち上げる。
ゆっくりと、それはギロチンのように、処刑台のように。
ハンマーのような、見た目だけでも伝わってくるもの。
それは、生きるために変形したというのであれば、あまりのエネルギー量。
パンがあれほどあった理由は、おそらくそれ。
エネルギーを保持するどころか、普通よりもたくさん必要になってしまっている。
まぁ、それもどうでもよくなるのだろうか。
威圧、陰が重なって、恐怖を感じていて、しかし、目をそらすことなんてできない。
やはり、見開いたまま。瞬きすら許されない。
きなりは目をつぶったのに、私はその勇気すらない。
しかし、それも、目をつぶろうかつぶるまいが関係ない。
振り下ろされる。
布の隙間の黒は、私の死を予言していて、そして、私はすっかりその手の迫力に押しつぶされてしまった。
背筋が凍り付いて、汗に体温が奪われてしまっていて。
はるよ、とは比べてはいけなかった。
そう、はるよがねじ曲げる圧力だとすれば、あーやは押しつぶす圧力。
全くの別物で、これは並べてはいけないものだ。
そして、その押しつぶされる威圧にされるがままで、その瞬間、目の前が真っ黒になった。
真っ黒。結局最後まで目をつぶれないまま、目が飛び出たままの、閉じる意気地のない最後を迎える。
そして、痛み。いや、痛み、はないのだ。
なぜかすでに痛みはない。
感覚はあるはず。謎の風圧が、この世の理に逆らえないものがすっと私の周りを通り過ぎて、私のスカートを、服の裾をたなびかせていく。
しばらく惚けて、ずっと魂がどこか行ってしまったかのように、耳鳴りがして、体全身が麻痺して。
正気を取り戻すのに、やっと3秒。しかし、正気を取り戻しても、しびれは残ったまま。
風圧に耐えた目が、ゆっくりと瞬きをする。
ゆっくりと、そして、少し涙が出たかのように潤んで、いままでの乾燥を消し去る。
そして、やっと写したものは、手の隙間、指の隙間から垣間見えたものは、決していいものではなかった。
むしろ、そのまま気絶してしまっていたほうが、よかったかのかもしれない。
厳かな、静かな怒り。
それは、おそらくリミットが切れたときの、冗談ぬきの本当の怒り。
表情が見える無表情からは、その色のみが映し出されている。
それ以外などは、逆に見えない。
さっきまでの少し興味を持ったような笑みは、まったくない。
「おい、きなり。おまえ嘘ついたな。」
私から、すっと手を引く。
ただのあきれ。怒りよりも世間一般に嫌われる呆れのように感じられて。
そして、その代わりの、以前の怒りを私ではなく、私の隣のきなりに標準を定める。
くるりと、あーやは、一瞬で方向をねじ曲げる。
そして私にしたのと同じように。
私に恐怖を与えたのと同じように、きなり向かって振り下ろして。
ただ、私とときと違うのは。
きなりが寸前で飛び跳ねなければ死んでいたのかもしれないということ。
それは地面をえぐって、重い土をかきむしって、そして、地面から出ると、それは変形することもなく元の形を保っている。
言及するなら、手の形は変わってないけれど、布が引きちぎれて、おそらく、何度も縫い付けてあるあのつぎはぎの所。
袖に無理矢理布を足したような構図で、そこが破れている。
きなりは、わなわなと、私の時みたいに震え始める。
しかしきなりは、恐怖を感じながらも、そう、ウイルスはとても怖いもので、きなりからあの笑顔を奪うことはなかった。
あのときの、どこかぶっ飛んだ笑顔。
そして、くるりと、その表情とは裏腹に私の後ろに身をかがめる。
それは、さっきがただ顔の筋肉が硬直してしまっただけだったのか、隠れてちらちら顔をのぞかせるきなりは、決して笑ってなどいなかった。
ちらちら、といっても、完全に身を隠せているわけではないから、ちらちらの必要はないと思うのだが。
相手に見られていて、自分の居場所を隠すことなんてできていないのだから。
それか、きなりの得意分野は現実逃避なのかもしれない。
いや、隠せていない、というのは、決して私が小さいからではない。
きなりも細いし、隠れていると思うのだが、いや、もしかしたら私の方が細くて、隠れられないのかもしれないだけで、そう、かがむ必要は、それはおそらく安心感を得るためだけだろう。
「強いと思ったのにー。強いと思ったのにー。」
ぶつぶつと、私の悪口を私のすぐ後ろでつぶやく。
みながみなこんな人だったら、世の中はけんかだらけだろう。
ひらりと身をかわす事を見れば、私より、よほどきなりの方がつよいのだけれど。
しかし、あーやの足下には及ばない。
あちらが死の危険を与える側、こちらが与えられる側は、どうも覆すことはできない。
それは、やはりきなりもわかっていて、長年いてそれがわかっていて、刃向かうことができない。
強い人、勝負させようとしていたのは、もしかしたらやっつけてほしくて、束縛らしき上下関係をほどきたくて探していたのかもしれない。
「どーせあーやにはかなわない。」というふうなことをいっていたことを考えると、ただ、仲間のための脅しだった可能性も捨てがたいのだが。
あーやは。あきらめたように、呆れたようにため息をつく。
そして、くるりと私の後ろをのぞき込んで、きなりの持っていた練乳イチゴパンをひったくる。
きなりはされるがまま、顔を合わせた瞬間どきりと飛び跳ねた以外に何もしないまま。
そしてあーやは袋を開けて食べむしる。
むしゃむしゃと、むしゃむしゃと、決しておいしそうには見えないのだが、表情が眠そうなせいか、とてもしあわせそうだ。
しあわせそうな、そう、さっきまで生死の際にいたとしたら、それはおそらく夢だ。
「・・・イチゴ練乳パン。・・・まぁいいですよ。僕もさきほどいただきましたし。
それに僕でなく、あなたに食べられた方がきっと作った機械も喜ぶでしょう。」
「違うよー!練乳イチゴパンだよー!」
急に第三者の声がして驚く。
この場の人数を数えると第四者か。
そして、その驚いている暇に、すかさずきなりが間違いの指摘を挟み込む。
私の背後から安全に、しかし聞こえるようにと声を荒げて。
と、思っていたが、案外私の背中からぴょっこりと上半身をのぞかせていた。
それにしても、あーやにしか意識がいっていない上から、足音もさせずにこっそり忍び寄る。
なんて卑怯なやつだ。
そう、やはり近くで見るとよりあーやと似ていて、やはり双子。おそらく一卵性双生児。
ただ、髪は短く、学校の規則で耳の上までというのに、少し耳に被さっていて、まぁ、学校は違うから規則も違ってくるだけかもしれないし、髪が伸びただけの可能性もあるが、しかしたぶん二人は双子ヤンキーだろう。
あーやは暴力とか、こいつはいかにもくつなめとかが好きそうだし。
いや、それは悪口になってしまっていては悪いのだけれど。
金髪じゃないから、もしかしたらヤンキーじゃないかもしれないし。
それに、腕は隠すこともなく、右袖の裾は破れてしまっているけれど、きっちりと学ランは上まで止めてあるし、ピアスもないし。
そういえば、一年ここまで過ごしてきたけれど、気温により変化しないのだろうか。
冬になれば手はかじかむし、夏になれば汗まみれになる。
私は特に気づかなかったけれど、そうすれば、変化しないのかもしれない。
「どうしたのですか。じっと見て。あ、僕はりゅうすけですよ。」
推測、考え中にしゃべりかけられるといやなタイプだけれど、しかたがない。
先ほどの恐怖でじっと見てしまうのが癖付いてしまっていては、相手はそう聞きたくなるものだろう。
りゅうすけは笑うことも、お辞儀をすることもなく、ぶっきらぼうにただ言い放っていて、私の意見を言うならば、敬語は知っているのに、使い方がなっていない。
なんとももったいない人だ。これが成長すれば優秀なおだて機になりそうなのに。
「双子?」
思ったことを聞いてみる。
十中八九それでも、残りの一、二があっては確かめたくなるものだ。
そして、その答えにはなぜかりゅうすけでなく、あーやがうなずく。
「そうだ、そしておまえに聞くが、強い人を知らないか。いや、おまえのようなへなちょこは知らないか。」
付け足すように、質問を付け加える。
おそらく、聞きたくてしかたのないことを聞くためには、相手の質問に答えてからと考えたのだろう。
そして、なぜか最後の否定。
答えたくなくなってしまうような、それとも、そういう風に悪口を入れて、へなちょこじゃなければ知っているということを逆に考えさせて答えさせるという方法なのかもしれないが。
しかし、それならよく頭が回る。
やはり、ウイルスも個人差。完全に理性を失っているものもいれば、きちんと考えられるものもいる。
そして、質問に対して。
ふと思い浮かぶのが、はるよ。
実際に闘った訳じゃない。といえば、あーやもなのだけれど。
しかし、あれは強いと本能が痛いくらいに告げていた。つまりあれは強い。
威圧も、系統は違うもののいい勝負なのではないだろうか。
しかし、ふと同時に、考えて、普通に考えて思いついたのと同時に、脳裏に浮かぶ映像。
それは、想像。はるよとあーやが足やら手やらを振り回す想像。
めきめきと木は折れ、そこら中に竜巻やら何やらができて。
そして、その脇には、今、生存者だけでカウントするなら、一番大切といえる友達。
ゆうかが死んだ今、おそらく今の私には友達はちさとただ一人。
そう、巻き込むわけにはいかない。
それに。はるよもあんなにおかしな感情を持つようになっていても絶対に壊したくなかった、大好きなのに壊れてしまうからと足を踏み入れなかった塾がある。
ここですればそれはない、しかしはるよがあそこを離れるわけがない。
すれば。これは遠くない未来。もし私が教えれば起こりえる予想。
そして、二人は周りに目もくれず全てを破壊する。
「いや、知らない。」
知らないふりをした。早めることだけはさけた。
もしかしたら山頂へ向かって、巡り会ってしまうのかもしれない。
この中域を超えて、ただ麓と行き来するのに飽きたあーやははるよと顔を合わせるのかもしれない。
しかし、もうしばらくだけ。
一ヶ月あれば片付けてみせるから。そう、あと一ヶ月。
そうしたら、きっと、けんかせずに出会える。
あーやはつまらなさそうに新しくパンの山から一つクリームパンを取り上げると、むしゃむしゃと、ストレスを発散する女子高生なみの早さで消費する。
そして相変わらずの袋のポイ捨て。
本当によくないと思う。まさにゴミ山の原因ではないか。
パンではなく、ゴミ。
あれはいつかすべてゴミになってしまうのだ・・・。
と、思うと、やはりすぐそこにゴミの山がある・・・。
「そのうちゴミ食べ虫がくるから大丈夫だよー。」
きなりが、私の目線に気づいて、あーやが呆れるくらいに呆れているのを見て、教えてくれる。
とんでもないことだったけど。
つまり、それは、ここにもう一人いるということで、「三人」に反している。
いや、反していないはずだけど。
それは、別の所に暮らしていて、ここにこのゴミの山を取りに行くだけ。
それこそ面倒くさいことだ。
いや、面倒くさくない程度。
そうすれば、川の流域のもう一つのグループの方。二人のほうだろう。
私にはちさとしか友達がいなかったというのは、とてもつらい。
そう、誰か知らずに探検心を燃やさないと、この迷路のゴールには巡りつけないだろう。
まぁ、そうでなくても、迷宮だと言い張って途中で死に絶えることは許されないのだけれど。
とりあえず、ゴミ虫が来る。
あの木の元へ行くのは、それを拝見してからにしようか。
それにしてもなんとも不思議なネーミングだ。
ゴミ虫とは、まるでけなしているようだ。
せめてコメツキムシのほうがいいのではないだろうか。
ゴミにつく虫と、米につく虫。
いや、少し違う。きなりはゴミ食べ虫といっていた。
つまり、ゴミ食べ虫と、コメ食べ虫・・・。
後者は明らかに私たちだ。
まぁ、もう昔の話になってしまっているが・・・。
「ねぇ、ゴミ食べ虫の本名って何?」
そう、有益な情報を。
相手をゴミ食べ虫なんて呼んだら、警戒されるか、けなしてると嫌われるに違いない。
初めて会って、なかよくできるといいな、なんて思ったり。
きなりはともかく、あーやとは仲良くできそうもないから。あと、りゅうすけか。
もう、親友と呼べる人はこの世にはいないのかもしれない・・・。
ちょっと悟ってみたり。
「えー。きなりしらないー。」
一言が、無神経で少し引いてしまう。
きなりは普通になにも考えることなく無意識の発言だろうが。
しらない、とはすなわち、ゴミ食べ虫以外で呼んだことがないのだろう。
それは、たぶん、きなりはゴミ食べ虫より上の立場である、ゴミ食べ虫はMである、ゴミ食べ虫は「ごみたべむし」を理解できない、ゴミ食べ虫は、名前がない、きなりはゴミ食べ虫を呼んだことがない、のどれかでしかないだろう。
それ以外はもう、ゴミ食べ虫がただの虫か、自然界の分解者かということだろうか。
それか、神様か。ゆうかのように、怒ることのない厳かで神々しい存在か。
それはとても心の広い、まるで私のようだ。
そう、私は心が広いのであって、けっして非力ではないのだ。
きなりはパンを一つ拾うと、私にやんわりと勧める。
自分で食べないあたり、おそらくきなりも私と同じような、「食べれない」系の変化。
私はそれを拒否する。
もらって食べれば死んでしまうかもしれないし、なぜか食べることを想像しただけで吐き気がしてしまうのだ。
きなりは残念そうにぽいっと、まるでゴミをほかるようにパンの山へと戻す。
もどす、というか積み上げれずにころころと、外の方に落ちていってしまったのだが。
もうしばらくいて、ゴミ食べ虫が来るのをまとう。
それは、前にもみた好奇心のような、しかしそれ以外に、きなりとの仲良さが以前よりも増して、まるで前は友達だったかのようで、うれしかったからかもしれない。




