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第2話「片方の窓」

 一歩、一歩と、舗装されていたはずの道をたどる。


 通行する人はいるみたいなのか、ここが前、道であったことは、はっきりとわかる。


 というか、逆に言えば一年しかたってないのだ。そんな簡単に消えるはずがない。

少し、土の色が隠れて、かわりに緑があるだけだ。


 それと、何か近道みたいなところがあって、そこはただかき分けただけみたいな感じになっている。


 でも近道も、何回か通っていると、草もはげるのだろう。

茶色がすこし見え隠れしている。



 まずは、どこに向かうか。


 私を含まない10人、中には死にそうな人もいるらしい。


 そして、ゆうかの事だから、正気の人、ウイルスに感染しない何かしらの対策をとっていて、たとえば、りさこ先生とか、本当は感染していなくて、こもっているだけなのかもしれない人を隠しているかもしれない。


 しかし、不思議なのは、私以外の人が、単体行動をしていないこと。


 そして、りさこ先生とは誰か一緒にいると言うこと。


 ウイルスの原因である人と一緒にいたいという生徒なんて、ほとんどいないのではないだろうか。


 この塾は本当にやる気のある人しかこないから、「受験もうやだ。なくなれ。」なんて人はいない、と、思うから、受験を受けなければいけない事実をほろぼしたりさこ先生をあがめる人なんていない、と思う。


 それか、もう狂ってしまって、正気が消失していて、誰が誰かわからずに、ただ、そこにいるだけなのか。


 ・・・本当に、りさこ先生もウイルスに侵されて、犯されて、最悪いなくなってしまったのかもしれない。


 勘を駆使しようとすれば案外はずれるものなのだが、しかし、私の友達、第二の友達は、教室にいると思う。

ゆうかが高熱を出して休んだときに、ゆうかのかわりに駄弁った人でしかないのだけれども。


 そう、ただ駄弁っただけ。たまたま隣に座って、隣で回答の丸付けをするときに、たまたま、「あ、なかよくなれるかも」と思って、しゃべっただけ。


 まぁ、それを友達と呼ぶかどうかなんて自由だと思うから呼ばせてもらうけど。


友達は、まぁ、しゃべったのは、今までで先生と親とこの二人だけ。

小さい頃に「植物とか動物ともしゃべれるのでは?」と思って話しかけて会話していると思い込んでいたのも含めるのであれば、もっと多数。


 私にはゆうかしかいなくて、たぶんゆうかにも私しかいないような、ぼっちの集まりみたいな私たちだったのけれど、それはそれで、親友、とよべるものが確定して楽だったのかもしれない。


 まぁ、ゆうかの方にもっと他の友達がいても驚かないのだけれども。


 まぁ、そのゆうかじゃない友達、ちさとというのだけれども、そのちさとは、本当にこの塾が好きだった。


 少し駄弁ったときに、ちさとの学校はどうやらさんざん荒れているらしいということが伺え、たぶん、こういう風に勉強する、ということが、とても貴重で、そして充実していたのだろう。


 そう、これは七割方推理であり、勘は残り三割であって、駆使などはまったくしていない。



 まぁ、様子見だけ、と。

山頂の塾にきたわけだが。

心地よい風も合わせて、3人、というのがどうも引っかかる。


 ちさとといつも一緒にいたやつはわかる。

たしか・・・えー・・・名前が出てこないのだけれども。


 でも、それは私とゆうかみたいな感じで、たぶん二人だけだった、という印象が強い。


 まぁ、それも悩むより見れば万事解決なのだけれども。



 塾前、窓越しに一方的に話しかけている人物。

これはよくちさとといっしょにいた例のあいつだ。

でも、黒髪、少し、ほんの少しだけ薄かったはずが、もうなぜか毛先が真っ白くなってしまっている。


 根元でないのがなんとも不思議で仕方がないのだけれど、そして、髪の毛が長い。

もう足につくんじゃないかというくらいののび具合。やはり、一年も見なければこうも変わってしまっているのだろうか。


 そして、変わっている、というか、これは生きるための形質変化なのだろうか、裸足、のまわりの草木がすべてなくなってしまっていて、まぁ、そこだけ念入りに草刈りをして、草抜きをして、立ち場所をつくった、という風に見れなくもないのだけれど、たぶん、あれは栄養吸収の皮膚吸収型。

裸足、というのがやはりそれなのだろうと思う。


 おそらく足だけ。服などが、股や膝の衣服が消えてないあたり、多くても膝から下のみの皮膚吸収型。


 髪も触れてしまえば、吸収されると思うのだが、どうやら少し違うらしい。

白いのは、そのせいなのだろうか。見当もつかないが。


 でもたぶんこいつが中に入らないのは、塾の床の底が抜けると、どこの誰かとはいわないが、こいつの親友であろう人が怒るからなのだろう。



 残りの二人、ここにこいつがいたからには、窓のうちの話し相手はおそらくちさと。


 窓の中が見えないのなんてできれば察してほしいのだが、あえてヒントを出すとすれば、ゆうか風に出し惜しみをするならば、長さ、といったらいいのだろうか。


 まぁ、絶対そうだろうとは確信しているから、勘でなくて推理が当たったことに喜んでおくとしよう。



 ドアは窓のちょうど90度回った所にある。


 こいつがいるところを通らなければならないというのが、少しいやではあるのだけれども。

まぁ、仕方のないことだろう。

北側の、反対側の窓の方は木々に埋もれて通ることすらかなわないのだから。



 しばらく止めていた足を再び動かす。


 なぜか塾の床は地面より少し高くなっていて、まぁ、塾内に入れば、私でも窓に余裕で届くのだけれども。


 けっして外から窓ごしに中が全く見えないなんて事はなく、先ほどのヒントは嘘だけれども。


 そして、少し通り際に会話を盗み聞いてみる。


 一方的に、ただ、ちさとの親友が会話、というよりは、言葉のキャッチボールというよりは、まるで言葉のダーツみたいだ。

ちさとが的で、親友のほうが投げる人。

そう、返すことなんてないみたいな。


 他愛もない話。


 一年もそんなことできるなんてすごいなぁ、と、巨大ブーメランを飛ばしてみる。


 でも、ちがう。会話でなくて一方通行だから、巨大ブーメランは、戻ってこなかっただろう。


 ずっと、語りかける。

でも、のどがかれることなんてないかのように。



 ドアの前にたどり着く。


 木製のドア、窓はついてないのだが、プレートがはめてある。


 私たちはまだ知らない英語だったのだが、今となってはかすれて読むことすらできない。


 筆で、何回も書いては消えて書いては消えてをしていたのを覚えている。

なぜかそれはりさこ先生の趣味だったらしいが。


 階段を上るとドアがあるのだが、よく冬は凍り付いていて、滑ったものだ。

けがをしたこともあった。


 でも、手すりもあるし、しかし、不便なのは幅が二人分のスペースしかないこと。

入る人と、出る人の道に分けよといわれていたから、実質一人ずつしか入れない。


 左側通行。ドアは外開きだったから、すごく入りにくかった。


 しかし、学習環境は最高だったけれども。

とても静かで、窓を開ければ風が吹き込む。


 そして、何よりも楽しかった。

授業に関する話ならなんでもしてよかったし、席だって自由に動けたし、広々としていて、ここでパーティが開かれてもいいくらいのスペースだった。


 まぁ、受験対策でなく、なぜか知識伸ばしになっていたことは最悪だったのだが。

夏、だったから、とりあえず残りの授業を全て終わらせてしまおうというのもあったかもしれないが。


 塾、というよりも授業。学校とは違う、もっと自由な、開放された空間での、授業。


 宿題もないけれど、意欲がなければ、と、いうか、ここが気に入らなければ、わざわざこんな山中まで来ることはない。



 ドアをあける。


 変わらないにおい。木製の、とてもいいにおい。


 あぁ、塾だなって思う。それがもうないのは悲しくて仕方がないのだけれども。


 きっと、先生も、この塾は好きだったのだと思う。

なぜ、こんなことをしたのかは知らないけれど。


 長机が、いろいろなところにあって、丸いすが、至る所に置いてある。

休憩用の長いすや、水飲み場もそのままだ。


 ただ、埃や塵がかぶって、先生の育てていた謎のつるが根を伸ばして、至る所にはびこっているだけ。


 もう少し、あのままでいたかったなぁ。



 窓の方を見てみる。


 ドアから見て左側にある窓で二人は話している。 


 右側の窓は、手入れも届かなくなって、窓を突き破るがごとく、木の枝が力強く押している。


 語りかけている相手はやはり合っていた。

そして、ちさとはやはり話していない。


 それは、いつものちさとみたいだった。

授業に集中する、いつもと変わらぬちさと。

親友みたいに変わったことなど何もないような。塾の姿そのままであった。


 違う。少し違う。髪が緑色になっている。

緑、というか、葉っぱみたいな、脈が通っていて、本当の植物人間になってしまったのではないかというくらい。

プチッともぎ取りたくなるくらいまとまっていて、おそらくこれを毛という人はいないのではないか。

日陰を好んだちさとが窓際にいるのは、たぶんこのためだろう。



 そして、3人目。


 ゆうかは嘘をつかないのか。本当に遊び、ゲームみたいな感覚なのだろう。


「^@I1*# ̄♭4>(#<QU’8*(~ ̄I3&#>(2;♭……」


 黒板に、意味不明な羅列を書いては数分たつと消し、しばらくしてから再び始めるという奇妙な行動をしているりさこ先生がいた。


 わからない文字、理解できない文字、私の知っている文字に置き換えることなんてとうてい無理な文字。

時間、一定の間隔がまるで、授業のそれみたいな。


 正気はやはり失っているのか。ウイルスにかかっていないりさこ先生に助けてもらう夢を見ていたのだが、やはりそれは無理だったのだろう。


 決まりいっていたことだ。たとえ正気でも助けることなんてない。


 ばらまく様子を目の当たりにした私からいえば、あれは確実に意図的であった。


 でも、やはり、授業に、この教室に未練があるのか。

無意識のうちに授業をしているのだろう。



 しかし、なんとも不思議だ。意味不明な言語をはなし、もしかしたら、りさこ先生は、ドイツ語とかスペイン語とか、私たちが理解できない言語を教えているつもりなのかもしれない。

言語を、このアルファベットにも何にも見えない、まるでくさび形文字みたいなものを、私たちに教えようとしているのかもしれない。


 そして、もしかしたら、ちさとは本気でこれを理解しようとしているのかもしれない。

授業になるととたんに集中し出す子だったから、もしかしたら、これも授業ととらえているのかもしれない。


 そう、それなら話しかけても仕方のないことだ。

集中すると、音が急に聞こえなくなるタイプだから。


 ただ、業間のとき、それでも話は聞いていないみたいに必死に手を動かしている。

ノート、もうぼろぼろなのに、なくなってしまったのに、新しい物がないのか、上から、上からと何回も重ねて書いて、真っ黒になってしまっている。


 芯にはたくさんストックがあったのか。てきぱきと変えてはまた再び手を動かす。



 少し、気になって黒板をふさいでみる。


 りさこ先生は、板書はそんなに多くないタイプなのに、いつもなぜか授業後にも板書をしているのが、とても気になっていたのだ。


 本当に板書しているのか、他に何か別の物を書いているのか。

もしかしたら、絵を描いているのかもしれない。


 「・・・。」


 体でふさいだのと同時に、見上げるちさとと目が合う。

それは、少し困ったような、いつも通りのちさとだったけれど、今は困っているようでなくて、本当に困っているみたいだった。


 まぁ、だいたい私のせいなのだけど。



「・・・あの、のいてくれませんか。」


「何かいてるの。」


「黒板の字です。早くしないと、次の授業が始まってしまいます。」


「時間的にもうすぐでお昼休みだよ。」


「・・・。そうですが、きりをつけないと、お昼休みに入れませんし。」


 遠慮がちにぼそぼそとつぶやく。

この静かな教室では、よく聞き取れるのだけれども。


 しかし、何か、揺らがない意思。遠慮なのに頑固。

他人に揺らぐことはないし、一歩も譲る気はないらしい。


 いつもどおり、で済ませてしまうのなら、まぁ、いつもどおりなのではないだろうか。



 りさこ先生は、お昼休みと自然に体が覚えているみたいで、いつも通り資料や、インクや用紙の切れたコピー機の前でごそごそとしている。


 いつもの、言語がおかしいところ以外は普段と何ら変わりない。

そちらも気になるのだが。

なぜこういう風に「いつもどおり」を繰り返そうとしているのか。

しかも、おそらく、土曜日限定。



 ちさとは長い間見つめるだけだった。

あきらめて私をよけて黒板の前に行くことをせずに、ずっと特定の席に座り続けていた。


 私は仕方がなく覆うのをやめると、ちさとはほっとしたように、再びノートと黒板の字が誤りでないかどうかを見比べる。


 しかたがない。お話を試みてみたのだけれども。


 しかし、なぜ授業の後に板書しているのかがわかった。

あれは、話したことを全て書こうとするタイプだ。


 省略することを知らないような、何が必要で不必要かを判断できないような。

でも、さすがにです、ますなどは消えていたのだが。


 そう、そのせっかく書いた文字の上から容赦なく黒板の不明な文字を重ねているのだから、もったいないと叫びたいのだが。



 そういえば、チョークがなくなっても、先生は授業をするのだろうか。

今はたぶんたくさんチョークはある。


 ここの先生はりさこ先生ただ一人でやっているから。3年生の生徒は40人くらい、他の学年の子も合わせるともっとたくさん。

どうやって広めたかは知らないけれど、とにかくすごかった。村の評価は高かったけど、一人でやっている事はどうしても不安定だったみたいだが。


 そう、買いに行く時間を短縮したくて、たぶん、たくさんある。

先生はここに住み込みだったような気がする。地下に、先生の個室があった気がする。


 まぁ、そんなに詳しく覚えていないけれども。


 なくなってしまったら、キーキーと黒板のひっかく音だけが聞こえるようになるのだろうか。


 少し想像して、頭をいためる。



 りさこ先生に、話しかけてみる。


 ただ、身の危険を感じずに、身の危険なんてそもそもかけらも頭になくて、そういえばこいつが黒幕だっけかなんて、ただただ、先生でしかなかった。


「なにか、手伝うことはありますか?」


「ゝ)♯$ ̄:’÷)♭※」


「・・・。」


 よくわからない言語。何を言っているかわからない。頭の中で文字に変換することなどできない。

適当に、あてはめようとしても、早すぎて何を当てはめたらいいのかわからない。


 ただ、子音よりも母音がおおい。なめらかな、ただし英語よりは空間があったと区別できる。

酔っ払いの、ただ呂律が回っていないだけとするのであれば、これはもしかしたら中国語、とか韓国語とかでも、何でもいいのかもしれないけれども。


 しかし、意思疎通ができないのは大変不便だ。

これは、一大事。一番元に戻る道筋を知っているのは先生なのに。

まぁ、ここまで来たらどうしようもないとおもうけれど。



 再び、ちさとの所へ戻ってくる。


 ちさとは板書を終えたのか、窓越しの親友さんとおしゃべりしている。

ちゃんとおしゃべりだ。


 普段はお昼休みにしゃべる人もおおく、たぶん、その一人だったのだろう。


 課題が出ないし、毎週土曜日しかないし、まぁ、日曜日も一応来ていいけれど自習だし。


 学校の宿題をしている人がぼちぼち。私はたぶんその一人。


 ゆうかも親友といえど、塾内だといっしょに宿題をして、少し語り合うだけの仲。

行きにさんざん駄弁るから、そういう風に、お昼休みに話すことはない。



 普通ノートは机に引き出しがないため鞄にしまうのだが、ちさとのノートはなぜか、間隔が鈍ってしまっているのか、パサッと、鞄の横に投げ捨てられてあった。


 意味不明な文字。書き込みがしてある、のは、理解できているということなのかもしれない。


 普段とは違う、ノートは誰よりも丁重に扱うちさとだったのに、まぁ、ウイルスというのは、そういうものなのだろう。鈍らせたり、とがらせたり。


 そういえば、私には何も変化がないのが不思議だ。

意思通りに動け、少し不器用になったり、力が落ちたりしたかな、というくらい。


 あ、しかし、外部からの栄養は禁止になってしまったのだが。食べようとすると、舌が押し出すように自然につきだし、胃が火を吐くように叫び、神経を麻痺させるがごとく吐き気がのぼってくるのだ。


 そう、食べる、が禁止されるのはとてもつらい。趣味の一つであったのに。


 ちさとは食べられないなんてそんなことはないだろうけれど、土がついていないあたり、ろくに外に出ていないみたいだ。



「やぁ、どうだい?」


「・・・。」


 話しかけてみる、すると、二人の話はやみ、こちらに目を向ける。


 ノーテンキ、武器にするならとても楽になる。

KY、というのは、周りが合わせてくれるから。


 話途中だったのをやめるのに、すごく嫌気がさすのか、ちさとは相変わらずの困り顔だけれども、親友の方はそんな程度でなく、鬼の形相でこちらをにらみつけてくる。


 これは威嚇、というより悪いことへの裁き、敵、みたいなそんな感じだろうか。

特に悪いことなどしていないのに。話を遮ることが悪いことだと思わないのに。

そうはいかないみたい。


「そういえば、名前何?」


 窓の子に目を合わせてきいてみる。


 ここでひるめば聞ける物も聞けない。


 どちにしろ、これが明日になるか、今日になるか、はたまた違う日かというだけなのだから。


 相変わらずの血相、揺らぐことのない目つきで、蛇ににらまれたみたいな感覚だろうか。


 敵意を向けることはやめてくれないみたい。


「・・・ちさとですよ。」


 ちさとが困り顔でいう。目線の先を教えてほしかったのだけれども、とりあえず意思疎通できたことに安心のため息をつく。

いや、ついたわけじゃないけど、少し、緊張がほどける程度なのだけれども。


 そういえば、なぜ困り顔をしているのだろう。私の予想だと、困っていたら癖になってしまったのだろうけれど、さんざん勘を駆使したあげくだと、外れているのかもしれない。


 まぁ、予想。一般の勘を使わない、過去の歴史からの判断。


「親友さんは?」


「私の親友ですか?私に親友はいませんよ。友達ならあなたも友達、に、はいるのかな。」


 ちょっと親友さんに悪口をいっているみたいに思えるのだがそれは。


 それはただ自分の意思を話していて、他人に気遣うことを知らないみたいで。


 いや、違うか。


 会話は会話、まるで相手と自分の二人しか視野にないみたいな。

バレーボールのパスになると、ボールをくれた相手にしか目を向けられず、その相手に返してしまう、そんな感じ。

それのほうかもしれない。


「この人は?」


「この人?」


 窓を指してみせる。先には、炯眼。そして、それを理解したかのようにあぁ、と少し困り眉を和らげると、にへらぁと、なぜかうれしそうに笑ってみせる。


 相変わらず、その笑みを見ても、にらみつけることをやめない親友だけど。


「はるよちゃんですよ。そんなのよくしってますね。」


 私以外誰も知らない、という暴言を、第三者へのひどい暴言をいったように聞こえてしまった私は馬鹿に分類されるのだと思う。

どういうつもりでいったのかわからないし、混乱していて言葉が違ってもそれは仕方のないことだろうが。


「何してたの?」


「・・・お話?」


上機嫌になって、なぜかはるよちゃんを出しただけでにこにこして、笑うことをやめられなくなってしまったように。

口角の筋肉が硬直して、おりられなくなってしまったみたいに。


 このようにはるよちゃんも笑ってくれるといいのだけれども。

そんなことはないみたいで。


 身長は高くて顔だけが出ていて、いまにも噛みつかれそうな。


「その前は授業です。今日の授業は前にもならったことがあってつまらなかったけれど、ノートはとらないと、もしかしたら前回と違うことを教えるためにいってるのかもしれませんし。」


 記憶力、まぁ、さすがに今さっきのことは覚えているらしい。

前回の授業と同じ、ということは前回の授業も覚えている。


 そして何よりも大きな情報、文字を理解しているということ。

もしかしたらちさとは、先生と会話ができるのかもしれない。

そうすれば意思疎通役にとても役立つこと間違いない。


「先生とはお話しした?」


「しましたよ、でも、確かなんていっているのか何回聞き直してもわからなくて、もうあきらめてしまいましたけど。」


 会話、は無理だったみたいだ。


 ただの記憶違いってこともあり得るといえばあり得るなのだろうけれども、さすがにそこまで衰えているとはさすがに思えない。


 会話は理解できずに、授業は理解できる。


 おかしいとすれば授業の方だと私は踏む、が、解決法もなにも知らない。


 なぜ理解できるのかも、どうしたら先生と会話できるのかも。

こんなに一生懸命この文字を習っているちさとでさえ、会話は不可能だったのだというし。


 おそらく私にはなにもできることはない。



「ねぇ、もういいよね。もう、じゃましないよねぇ?」


 ふと窓からきつい攻撃的な矢みたいな声が飛んでくる。


 にらみつける、鬼の形相が雷様本人かとも疑うような。


 おしゃべりを邪魔されるのが、そんなにいやだったのか。

それとも、やはりこれも狂気のせいなのだろうか。


 たぶんここは引き下がれという風な、脳がキケンを察知して、必死で神経を動かそうとしている。

危ない、死んでしまうよという風に。


 しかし私は引き下がらずに、そう、さっきと同じ、逃げるな、というふうにできたらどれだけいいだろうか。

するりと、長い足をもって、窓からけりを一発食らわせようと体重移動する姿をみれば、逃げるほかに選択肢などない。



「またあとで。」


 できるだけ目をそらせて、ちさととも、とくにはるよとも。

だれにいうわけでもなくつぶやく。約束はとりあえずいっておいて、あとで理屈をこねればいい。


 ここにもう少しいたのであれば、私はもう死んでいるのかもしれない。


 エナジートレインは強力だ。あの草で一目瞭然、特に皮膚吸収型となると、触られるだけで吸い取られてしまう。


 後々のことを考えるのであれば、この命はおそらくそこらの命よりよほど重い物だろう。

その命を、こんなところで、たかが話をして相手を怒らせてしまった程度で落とすわけにはいかない。


 そそくさと、しかし、全力で塾から飛び出る。


 後ろから追ってきてるかもしれないと、あるはずのない脅威に迫られたような気がする。


 そして、帰りもやはり、そこを通らなければならないのだけれども。


 気を重くして、できるだけばれないように這いずりながら行きたいのだけれども。何かが違う。


 それは行きの時に見た光景と、ほとんど変わらない。


 はるよは、まるで私を忘れたかのように、さっきのことはなかったかのように、窓の外から内へと、いきいきと声を発している。


 それはさっきまであんな表情だったのを忘れさせるくらいのすがすがしい笑顔。


 やはり、人は笑えたらしい。



 ぱちりと、目が合った。


 目があうはずがないと思っていた。行きと同じなら、目があうことはないと思っていた。


それは外れて、私の足音に反応するがごとく、しゃべってたはずのはるよが私の方に視線を向けた。


 恐怖、先ほどの笑顔はどこかへ消えて、少し真顔気味に戻ってるような気がして。

私を否定して、蔑んで、許すべからざる悪のように、排除しようという色がちらついて。


 ちさととも目があって、ちさとがのぞき込むように窓の外に顔を出して、ぺこりと会釈をする。


 しかし、私にそんな余裕はない。


 会釈でも返事でも何でもすれば、見ているはるよに生き死にさせられるだろう。

自分を殺した人の栄養になってしまうのだろう。


 でも、そんなことはなかった。


 そんなことあるのかと現実を否定したくなることだった。


 そう、それは恐怖をまた違った方向の恐怖に向けるものだった。


 無視しとけばなんとかなるだろうとおもって、ダッシュしようと思っていた。



「あぁはづきちゃん。さっきはごめんねぇ。でもねぇ、急に割り込んできた方が悪いと思うんだぁ。

まぁ、あんな顔した私も悪いんだけどねぇ。さっきのことはきれいさっぱり忘れてねぇ。」


 のっぺりとした、穏やかなしゃべり方。

田舎のおばあちゃんの現代版。

恐怖、なんて言葉、圧迫やら脅迫やら、絶対に似合わない。


 狂気、急な変貌に、これは狂気といわざるを得ない。

誰もが日々成長するどころの話ではない。

少ししゃべって気が晴れた程度の話ではない。


 まぁ、気分を直したのであれば、そんないいことはないのだけれども。



「あぁ。うん。ごめん。」


 返事をした。


 謝ろうと思って。自分のさっきのしたことを水に流せば殺される理由がないと思って。


 そのままだと怒られるかなって、また鬼になるかなって思ってしたつもりだった。


 私はまた地雷を踏んでしまったのだろうか。


 痛いくらいのとがった目つき、焼き付けるような眼光。


 まずい、身の危険を本能が先ほどよりも必死に訴えてくる。そう、先ほどとの違いは、ここは塾内ではない。


 盾になる壁もなければ、足をふさぐ高さもない。

足に触ればみるみるうちにエネルギーが吸い取られていってしまうだろう。

そして、長い足をみれば、それはいとも簡単に私の頭、命令部分に当てることだって可能なのだろう。



 必死に、何もいわなかったことにした。


 身を守るにはそれだと思った。


 返事をし、鬼になったのであれば、あたかも返事をしなかったかのように振る舞えばいいと思った。

返事をしないことに納得するのであれば、そうすればいいと思った。


 まぁ、相変わらずの勘。こんなに便利な物はない。

ピンチの時に一番頼れるものは、自分の頭に思い浮かぶ勘でしかない。


 しかし、ただ何をしても地雷を踏んでしまうのかもしれない。


 私の勘は駆使すると外れるから。何回も頼ってると、人生のゲームバランスを整える神様に怒られてしまうから。


 今は、生き残るためならなんでもしてやる気持ちではいるけれど。


 こんなとこで滅びるのであれば、小さい体で必死にはねて、窓の中のちさとを人質にする気ではあるけれど。



「また無視されちゃったよぉ。やっぱり一緒にいてくれるのはちさとだけだよねぇ。」


猫なで声のようにころりとかわる。


 それはさっきのような変貌。

ころりころりと、情緒不安定。


 しかし、さすがの私でも、今は助かったということだけはわかる。


 たぶんセーフ。問題はない。

ここにいれば問題はまたあらわれるのかもしれないけれど、もう、わたしはここから立ち去るだろう。


 ここにいるわけにはいかない。


 ここにいるのはだめだ、正気の人はいない。


 もしかしたら、先生の住んでいた地下にいけば、何かしらの資料はみつかるのかもしれないけれど、だめだ、おそらく引き返してまた目が合った瞬間、殺されかける。


 もしくは日を改めて、薄い記憶になったところでもう一度くるか。


 とにかく、ここにいてはいけない。

早急に立ち去らねばならない。



 山道、塾を背に下へ下へと半ば滑り落ちる気持ちで下山する。


 目指すはあの木。ゆうかと少し話してみようと思う。


 これではいけない。みんながみんなこんなにキケンではいけない。


 まぁ、だれもがはるよみたいなのだとは思わないけれど。

だれもがちさとみたいなのだとも思わないけれど。


 情報の大切さ、正解を引く勘がなければこんな世界生きていけない。

それは運でしかないから、やはり裏切らないのはGMへの交渉取得。


 話せば出るものを素直に受け入れれば、しかし、あまり話しすぎるのもよくない。

ゆうかの推奨に否定することをすると、ゆうかもさすがに出し惜しみをする。

出し惜しみをされると、どこかで大切な、本当に大切なものを渋って逃すことだってあるだろう。


 そう、適度に。いまみたいに何か情報を仕入れた後に少し会話する程度。

それが一番相手に失望させない。


 失望、まぁ、失望させなければ、この事の解決策を閉ざしてしまうことはないだろう。


 なにせ、あいては神様に通じているのだ。神様の知識をほんの少し受け継いだのだ。


 それに従わないはずがない。吐く情報に嘘が紛れ込んでいることもない。


 神様、現世の人に理解できるわけがないのだけれども、少なくとも、脳の容量が無限になっただけの人間だ。

遊び、こういう遊びに嘘を紛らわせる事はしないという思考に、そう違いは出てこないだろう。



 重いふけりながら、草が分けられただけの道を歩く。


 蛇とか、虫とかでてきて、これが女子の中の女子なら、「キャー!」と悲鳴を上げるのだろう。

私の場合だと、少し中二病が交えていたころの影響で、爬虫類、昆虫類はそんなに怖くはないのだが。

中には、気持ち悪い虫も、図鑑でさえ見たことがない虫も、たくさんいる。

死骸は土に還ったのだろう。私も、死んだ後は自然と土に、微生物に分解されたいとおもう。


 まぁ、そんなことはどうでもいいんだけれども。


 そして急に、何かが横切る。横切るといっても、そんなに早くはない。

陰しか見えなかったー。ということはなく、はっきりとこの目に焼き付けることができる。


 強いていうなら猿。でっかい猿。でも、長い髪、真っ黒で束ねてもいる。服も着ている。

皮膚に毛も生えてなければ、靴まで履いている、不思議な猿。


 と、それを必死に追いかけているのだろうか。

もう一人の人がいる。猿みたいなのの仲間ではないみたい。とてもぼてぼてと遅い。


 猿、それは亀なのでは、といえばあれだけれども、人間にしては走りが不器用すぎる。



「まってよー!」


 息を切らせながら、道は覚えているのか、まぶたが重くてどうやら閉じてしまったみたい。


 そして、勘、このままではいけないという勘。


 まぁ、本能、勘にカウントしなくても、これはどんな馬鹿でも気づくもの。


 まぁ、相手は目を閉じ、気づいていないのだけれども。


 必死で道の脇によけようと。ぼけっとしていた私の頭には第六感の伝達はだいぶ遅れたみたいで。


 間に合わずに、ドンッと鈍い色が見える。


 耳が一瞬ふさがれ、全身が痛い。

そして、ドサドサッと落ちる何か。

相手は何かを抱えていたみたい。


 そして、相手よりも早く正気をたもった私は。

さっきのこともあってか素早く距離をとる。

警戒するがごとく毛を逆立ててみる。

相手から見て威嚇になっているかどうかなんて知らないのだけれども。

威嚇になってたらいいなぁ程度なのだけれども。


 そして、相手も立ち上がる。

いてて、とつぶやく、痛みを感じる、至って普通の女の子のようだ。


 染めたのか、元からなのか。

クリーム色の髪を揺らしながら、不正に短く折っているスカートを整えながら。

真正面にこちらをみる。


 こういう出会いは、初めてかもしれない。


 慌ててパンをくわえてドンッてことも誰かが夢見ていたのだろうけれど、そんなにいい物ではなかった。


 痛いし、頭グワングワンするし、なにより相手がとても危険人物かもしれない。


 そんな想像を打ち負かす、弱そうな細い腕、細い足。

異常、とまでは行かないけれど、とても。もしかしたらこの人は隠れ肥満、というやつなのかもしれない。

隠れ肥満のよく意味を理解していないのだが。


 そして、肌が白い。ファンデーションを塗った後みたいな白さ。


 そんなことはないのだろう。よりによってこの塾周りでそんなことは絶対にない。


 生きてくために、化粧品という概念は消されていると予想する。

だとすれば、おそらく髪の毛も地毛。なるほど。


 それか、化粧は生きる事よりも大事だというのか。



 ゆっくりと二人は目線を合わせる。


 初めて会ったけれども、目をそらすことは、死を意味するかもしれないという可能性を捨てることなどとうにできない。


 そう、そのまま。なにも交わすことなく。


 無言は長く二人の時を占領するのであった。

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