第六十一話 聖者の奇跡
ドォォォォン!!
突然の大爆発。
俺たちは一斉に音のした方向を見た。
遠くからでも、巨大な黒い竜の姿がはっきりと見える。
「……暗黒龍」
ロイドが絶望したような声で呟いた。
暗黒龍。
普通のドラゴンとは比べものにならないほど強く、遭遇したら祈ることしかできないと言われる存在だ。
さっきの爆発は、おそらくブレス。
前線にいた兵士たちは、ほとんど倒されてしまったのだろう。
「このままでは、ここにいる僕たちも危険だ。それに、暗黒龍がこのまま進めば王都まで被害が及ぶ」
ロイドの言葉を聞きながら、俺は暗黒龍を見つめた。
……これは、まずい。本当に、まずいぞ。
俺が今まで治癒魔法を使ってきたのは、一人ずつだ。
それを、戦場にいる負傷者全員に?
できるのか?
いや、できるかどうかなんて、やってみないとわからない。
でも、もし失敗したら?
それに、こんな魔法を使ったら、俺の能力が完全に知られてしまうかもしれない。
せっかく研究室で平穏に過ごせるようになってきたのに、また面倒なことに巻き込まれるのは勘弁してほしい。
何より……。
これをやると、裸を見ることができなくなるかもしれない。
スカーレットさんの裸も。
リール副団長の裸も。
今後、そんな機会が訪れる可能性がゼロになるかもしれない。
……どうする?
俺はもう一度、暗黒龍を見た。
倒れている兵士たち。
その向こうには、まだ戦っている兵士たちがいる。
このままでは、みんなやられてしまう。
「……くそっ」
仕方ない。
裸を見る機会は、またいつかあるかもしれない。
いや、あってほしい。
でも、今ここで何もしなかったら、後悔するだろう。
俺は大きく息を吐いた。
そして、両手を広げる。
イメージする。
負傷している兵士たち。
一人残らず。
全員に治癒魔法を届ける。
「治れー!!!」
その瞬間、光の奔流が辺りを埋め尽くした。
ケンジの頭には、あの言葉が浮かんでいた。
『たくさんをいっぱい治せるとかマジ神!!(^.^)』
魔法を唱えてから、少しして。
暗黒龍の侵攻が止まった。
よく見ると、煩わしそうな表情を浮かべている。
尻尾を振り回し、周囲の兵士たちを威嚇しているようだった。
倒れていた兵士たちが、次々と立ち上がる。
暗黒龍の注意が、再び兵士たちに向いた。
そして、その口元に、ここからでもわかるほどの魔力が集中していく。
またブレスが来る!
あれをまともに受けたら、今度はどれだけの兵士が犠牲になるんだ?
せっかく治したのに、また大勢が倒されてしまう。
いや、もしこちらにブレスが向けられたら?
……俺も、ロイドも、スカーレットさんも。
三人まとめて、間違いなく死ぬ。
逃げる暇なんてない。
そう思った瞬間――
暗黒龍の首が、飛んだ。
ロイド、スカーレット、俺の三人は顔を見合わせた。
「……倒したんだ」
誰ともなく、そんな言葉が漏れた。
あの暗黒龍を倒した。
まだ信じられないが、どうやら本当に倒したらしい。
よし!
俺はスカーレットに抱きつこうと、勢いよく走り出した。
「スカーレットさーん!」
その瞬間、横から何かが飛んできた。
「ケンジ君!!」
「うわっ!?」
ロイドだった。
ロイドは俺に思いっきり抱きついてきた。
「すごい! すごいよ、ケンジ君!! 今の魔法は何だい!? いったい何人を同時に治療したんだ!?」
「ちょ、室長! 離して!」
俺のスカーレットさんが!
俺の感動の抱擁が!
こうして俺は、ロイドにがっちり捕獲されたのだった。




