第五十一話 ミルコ神父
「……なぜ読めるのですか?」
ミルコ神父から、改めて聞かれた。
「……分かりません」
「分からない?」
「はい。読めるから……としか」
「…………」
ミルコ神父が困ったような顔をする。
そりゃそうだ。
俺だって分からない。
異世界に来てから、文字は全部日本語に見えていた。
たぶん、あの女神だかのせいだ。
……たぶん。
「では……日記には、何が書かれているのですか?」
ミルコ神父が聞いてくる。
俺は日記を見る。
(……これ、原文のまま読めってことだよな)
(恥ずかしいな……)
少し迷ったが、意を決する。
「では、原文のまま読みますよ」
俺は日記に書かれている文章を、そのまま読み上げた。
「ワタシ治癒魔法使えるんだから^_^」
「…………」
ミルコ神父が固まった。
俺も固まる。
いや、俺が固まってどうする。
でも、仕方ない。
この「^_^」まで原文なんだから。
俺は仕方なく、顔で再現していた。
「……なぜ、そのような変な表情をされているのです?」
「これは……」
俺は少し恥ずかしくなりながら説明する。
「顔文字といって、その時の感情を文字で表しているものです」
「感情を……文字で?」
「はい。主に……十代の女子が使います」
「…………」
ミルコ神父が日記を見る。
俺も日記を見る。
「……まあ」
俺は少し間を置いて、
「二十六歳でこれは、少し残念です」
(山田さん、すみません)
(でも、なんか腹立つんだよな)
完全に八つ当たりだった。
俺はさらに日記を読み進める。
そこには、聖女が別の世界から来たこと。
この世界の食事が口に合わなかったこと。
日本のご飯を恋しがっていたこと。
俺は日記を閉じる。
「ここに書かれてるのは、普通の二十六歳女性が別の世界に来てしまって、頑張って生きる日記になっています」
ミルコ神父は黙って聞いている。
「女神様のことも、本当にいるのかって疑念を持ってるようですし……」
俺は少し考える。
「なんというか……」
「はい」
「少し残念な感じすらします」
「…………」
ミルコ神父の表情が固まった。
「女神崇拝派が……なんというか……」
ミルコ神父は言葉を濁した。
そして、少し考えてから口を開く。
「女神崇拝派というのは、女神と聖女様をすべての始まりと考え、経典などに残された言葉を頑なに守ることを良しとする一派です」
「なるほど」
「ですから、聖女様の日記が翻訳されたとなれば……おそらく、とても喜ぶでしょう」
「でしょうね」
「ですが……」
ミルコ神父が日記を見る。
「その内容では、聖女様の品格が心配されそうで……」
「……確かに」
俺も日記を見る。
「聖なる存在が顔文字とかギャル語を使うのは、あまりよろしくない気がしますね」
「はい……」
ミルコ神父が深刻そうに頷く。
俺たちはしばらく、日記を見つめた。
『ワタシ治癒魔法使えるんだから^_^』
「…………」
「…………」
(本人は大真面目なんだろうけどなぁ)
俺は少しだけ、山田順子に同情した。
するとミルコ神父が、ふと真剣な顔になる。
「これは……国王陛下に相談する内容になりますね」
「……え?」
スカーレットの顔が固まる。
俺も固まる。
(国王陛下?)
(なんで!?)
(俺、ただ日記を読んだだけだぞ!?)
スカーレットを見る。
スカーレットも明らかに怯えている。
(……まずい)
(国王陛下に呼び出されるとか、絶対まずい)
(俺、何かやらかした?)
二人そろって、壮大にビビっていた。
そんな俺たちを見て、ミルコ神父が少し不思議そうな顔をする。
「どうされました?」
「い、いえ……」
「……」
するとミルコ神父は、何でもないことのように続けた。
「まあ、私から話しておきます」
「……ミルコ神父から?」
スカーレットが尋ねる。
「ミルコ神父は……国王陛下と、かなり親しいのですか?」
「まあ……兄ですから」
「…………」
「…………」
俺とスカーレットは固まった。
「現国王の弟です」
「…………」
「十三番目の王弟ですが」
「…………」
(王弟!?)
(神父じゃん!!)
(いや、神父だけど!!)
俺は目の前の人物を改めて見た。
ミルコ神父。
普通に教会の係の神父だと思っていた。
まさかの王弟。
しかも十三番目。
「……」
スカーレットを見る。
スカーレットも完全に固まっている。
俺たちは今日、ものすごい人に、とんでもない日記を読んで聞かせてしまったらしい。
『ワタシ治癒魔法使えるんだから^_^』
俺はもう一度、日記を見る。
(……これ、大丈夫なのか?)




