第五十話 聖女の日記
「もしかして……読めてます?」
スカーレットにそう聞かれた。
「え?」
俺は日記を見る。
普通に読める。
(……なんでそんなこと聞くんだ?)
もう一度、日記を見る。
(……あ)
(もしかして、みんな読めないのか?)
そこで、ようやく気づいた。
(これ、日本語で書いてあるのか)
俺には全部、日本語に見えている。
異世界に来てから、文字なんて気にしたこともなかった。
(俺には全部、日本語に見えてるわ)
そして――。
(……また女神だかのせいで、変なことになったぞ)
(あいつ、いつもそうだよな)
(いきなり頭の中に訳分からん文章を浮かばせたり)
(こっちが「何これ?」って思っても説明は一切ないし)
(重要なことは全然教えてくれないくせに、どうでもいいことだけ妙に伝えてくるし)
(そもそも俺、異世界に来てから何がどうなってるのか、ほとんど分かってないんだけど)
(せめて「こういう能力があります」とか「この世界ではこういう仕組みです」とか、もうちょっと説明してくれてもいいだろ)
(なのに、突然変な文章だけ頭に浮かぶんだぞ?)
(しかも今回のこれ、百年前の聖女の日記じゃん!)
(分かるか、そんなの!!)
俺は心の中で女神だかに文句を言いまくった。
「ケンジさん?」
「はい。読めますけど」
「……」
スカーレットが黙り込む。
その時だった。
「何を騒いでいるんですか?」
係の神父がやってきた。
「!」
(やばい)
俺は反射的に背筋を伸ばした。
(怒られる)
いや、待て。
俺は何もしてない。
日記を読んでいただけだ。
でも――。
(騒いでたよな、俺たち)
(教会の中で)
(しかも聖女様の大事な資料の前で)
(……これ、絶対怒られるやつじゃん)
神父がこちらを見る。
俺は思わず一歩下がりそうになる。
(どうしよう)
(「静かにしてください」とか言われるのかな)
(いや、それだけならいい)
(聖女様の日記を勝手に読んだとか、そういう話になったらどうする?)
(俺、読めちゃっただけなんだけど)
そんなことを考えていると、スカーレットが神父に言った。
「この方が……聖女様の日記が読めるんです」
「……え?」
神父の表情が変わった。
「そんな馬鹿な」
「本当です」
「……こちらへ来てください」
「え?」
神父はそう言うと、俺たちを日記の展示場所から離れた場所へ案内する。
教会の奥。
人の少ない場所まで連れてこられた。
(……)
(やっぱり怒られる)
場所まで変えられた。
これはもう確定だ。
(何を言われるんだ……)
俺は大人しく神父についていった。
すると神父がこちらを向いた。
「申し遅れました。私はミルコと申します」
「あ、ケンジです」
「ケンジさん。聖女様の日記が読めるということですが……」
「はい。普通に読めます」
ミルコ神父は、じっと俺を見る。
「スカーレットさん。詳しく聞かせてください」
「はい」
スカーレットが説明を始める。
「ケンジさんは、聖女様のお名前を知りませんでした」
「はい」
「ですが、日記を見てすぐに『山田順子』と書かれている名前を読みました」
「……」
「それだけではありません。日記に書かれている内容についても、理解しているようです」
「……そんな」
ミルコ神父の顔が強張る。
「聖女様の名前すら知らなかった方が……あの日記を読める?」
「はい」
「……信じられません」
ミルコ神父は、少し考え込んだ。
「……では、一つ確認させてください」
「はい?」
「日記ということなら、聖女様が疫病の治療を行った日は分かりますか?」
「え?」
「聖女様が疫病を治療したこと自体は、教会の文献にも残っています」
ミルコ神父は続ける。
「ただ、その具体的な日付については公表されていません。私たち教会の一部の者しか知らない情報です」
「なるほど」
俺は日記を見る。
「あぁ、これですね」
ページを少し戻す。
「五月二十一日」
「……!」
ミルコ神父の目が見開かれた。
「五月……二十一日」
「はい。病院に疫病の患者を集めて、一斉に治癒魔法をかけたみたいです」
「…………」
ミルコ神父は黙り込む。
「何年かまでは、聖女様自身も分かっていないみたいですが」
「…………」
しばらく沈黙が続いた。
そして、ミルコ神父が静かに口を開く。
「一致しています」
「え?」
「教会に残されている記録と……日付が一致しています」
ミルコ神父は俺を見つめる。
「……なぜ読めるのですか?」




