第五話 みた!!いや診た!
第五話 朝の教会
「ケンジさん。朝ですよ」
「……はい」
誰かに肩を揺すられている。
目を開ける。
窓から朝日が差し込んでいた。
「……朝?」
「はい。もう朝ですよ」
「……そうですか」
返事はできる。
意識もある。
ただ、ものすごく眠い。
「起きられますか?」
「……はい」
「では、起きてください」
「……はい」
俺はそう答えたまま、しばらく動かなかった。
「ケンジさん?」
「……はい」
「起きてください」
「……はい」
返事だけはする。
でも、身体が動かない。
昨日は川沿いを歩き続けた。
そのうえ、夜遅くまで患者を治療した。
眠いのは当然だった。
「朝食の準備ができていますよ」
「……起きます」
今度はすぐに身体を起こした。
朝食。
その言葉だけで、身体が動いた。
「おはようございます……」
「おはようございます、ケンジさん」
俺を起こしに来てくれた人に挨拶をする。
頭はまだ半分寝ている。
それでも、挨拶くらいはちゃんとする。
俺は紳士だから。
教会の食堂へ行くと、昨日と同じようにパンとスープが用意されていた。
「どうぞ」
「ありがとうございます……」
俺は椅子に座り、パンを手に取る。
……うまい。
温かいスープも身体に染みる。
ゆっくり食べているうちに、少しずつ頭が動き始めた。
それでも眠い。
ものすごく眠い。
「昨日は大変でしたね」
声をかけてきたのは、マルコ神父だった。
「……はい」
「よく休めましたか?」
「……たぶん」
自分でもよく分からない。
寝た気はする。
でも、まだ眠い。
「それで、昨日の患者のことなのですが……」
「……はい」
俺はパンをかじる。
「皆さん、かなり楽になったと喜んでおられます」
「そうですか」
「ありがとうございます」
「いえ……」
俺はスープを飲む。
昨日はたまたま治っただけだ。
そう思っていた。
でも、実際に病気の人を治すことができた。
それだけは少し嬉しい。
すると、マルコ神父が申し訳なさそうに口を開いた。
「それで……」
「はい?」
「もしよろしければ、今日も病気の方を見ていただけないでしょうか?」
「…………」
俺はパンを持ったまま止まった。
まだ眠い。
正直、もう少し寝たい。
でも。
昨日、パンとスープをもらった。
泊めてもらった。
それに、病気で苦しんでいる人がいる。
「……分かりました」
俺は答えた。
「ここまでお世話になっていますし……」
少し考える。
「もう、全員見ますよ」
「本当ですか?」
マルコ神父の顔が明るくなる。
「ありがとうございます!」
「いえ……」
俺は苦笑した。
「緊急の方だけ、というのもなんですし」
そう言ってから、あくびが出た。
「……ふぁ」
「まだお疲れのようですね」
「ちょっと眠いだけです」
ちょっとどころではない。
ものすごく眠い。
「無理はなさらないでください」
「はい」
俺は最後のパンを食べた。
そして立ち上がる。
「では、行きましょうか」
俺たちは教会を出た。
最初の患者のところへ向かう。
俺はまだ眠かった。
頭も、完全には回っていない。
「こちらです」
マルコ神父が一軒の家の前で立ち止まった。
「……はい」
俺は眠い目をこすりながら中へ入る。
「最初の患者はこちらの方です」
「……はい」
ベッドに横になっている女性がいた。
「こちらの方です」
「……」
俺は女性を見る。
「……はい」
まだ眠い。
「ケンジさん?」
「はい」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です……」
たぶん。
「では、お願いします」
「はい」
マルコ神父はそう言うと、
「私は次の患者の準備をしてきますので」
と言って、部屋を出ていった。
「……」
女性と二人きりになる。
さて。
昨日と同じだ。
まず症状を聞いて、それから診察。
俺は眠い頭で昨日のことを思い出した。
症状を聞いて。
身体を確認して。
それから――。
「では、服を脱いでください」
言った。
女性は、
「はい」
と素直に返事をした。
そして、服に手をかける。
「……」
「……」
そこで、ようやく俺の頭が動いた。
……ん?
俺、今。
何て言った?
女性を見る。
服を脱ごうとしている。
「…………」
あれ?
俺、服を脱いでくださいって言った?
言った。
確かに言った。
「…………」
(××××××××××××)
頭の中で、言葉にならない何かが暴れ回る。
(俺が言った)
(服を脱いでくださいって)
(俺が)
(言った)
(なんで!?)
さっきまで、あれほど眠かったのに。
眠気なんて、一瞬で吹き飛んだ。
目の前では、女性が普通に服を脱いでいる。
「…………」
落ち着け。
冷静に。
俺は治療をするんだ。
そうだ。
これは治療だ。
俺は女性を見た。
……いや。
診ている。
そうだ。
見てるんじゃない。
診てるんだ。
治療のためだ。
(……でも、見たい)
「…………」
違う。
見たいんじゃない。
診るんだから。
診察なんだから。
必要なことなんだから。
俺は必死に平静を装った。
さて。
何をするんだっけ?
昨日はどうした?
症状を聞いた。
それから身体を確認した。
そして――。
「…………」
あれ?
俺、触る?
「…………」
(×××××××××)
待て。
落ち着け。
これは治療だ。
治療なんだから。
触る必要があるなら触る。
俺は一度、深呼吸した。
「……ふぅ」
よし。
触るぞ。
俺は意を決して、女性の身体に手を当てた。
「失礼します」
「はい」
女性は何の疑問も持っていない。
俺だけがおかしい。
いや。
おかしくない。
治療だ。
俺は真剣な顔を作った。
「えっと……」
何を聞くんだっけ?
昨日と同じでいい。
「咳は出ますか?」
「はい、少し……」
「そうですか」
「喉は痛いですか?」
「少し痛みます」
「なるほど……」
自分でも何を喋っているのか分からない。
「食欲はありますか?」
「あまりありません」
「そうですか……」
ちゃんと会話は成立している。
でも、頭の中では、
(×××××××××)
(俺、何を聞いてるんだ!?)
(いや、昨日と同じだ!)
(治療!)
(これは治療!)
と大混乱していた。
それでも手は止めない。
俺は昨日と同じように診察を続ける。
そして――。
「えっと……」
次の質問をしようとした。
「喉は――」
そのときだった。
「……あれ?」
女性が身体を起こした。
「どうしました?」
「なんだか……身体が軽いです」
「…………」
俺は女性を見る。
そして、自分の手を見る。
「あれ?」
俺、まだ念じてなくない?
昨日は、
「治れ」
と念じた。
でも今回は。
「…………」
何も念じていない。
なのに、治っている。
「さっきまで、あんなに身体が重かったのに……」
女性は不思議そうに自分の身体を動かしている。
「……治ったみたいですね」
俺はそう答えた。
自分でもよく分からない。
すると女性が頭を下げた。
「ありがとうございます」
「え?」
「本当に楽になりました」
「いや……」
俺は戸惑う。
「まだ、何も……」
そこまで言って、やめた。
治っている。
なら、それでいい。
「……よかったです」
俺は笑顔で答えた。
女性はもう一度お礼を言う。
そして――。
すぐに服を着始めた。
「…………」
早い。
あっという間だった。
俺は何も言えないまま、その様子を見ていた。
そして、数分後。
「ありがとうございました」
「いえ……こちらこそ」
女性は完全に服を着ている。
俺は家を出る。
「…………」
外に出た。
マルコ神父が待っている。
「お疲れさまでした」
「はい」
「患者の様子はいかがでしたか?」
「治りましたよ」
「そうですか!」
マルコ神父が嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
俺も笑顔で答える。
すると。
「では、次の方をお願いします」
「…………」
次?
「こちらです」
マルコ神父についていく。
次の患者のいる家へ入る。
「この方です」
「…………」
ベッドに横になっている女性を見る。
「…………」
また女性だった。
(……かわいい)
一瞬で目が覚めた。
(かわいい……)
さっきまでの眠気はどこへ行ったのか。
俺は自然と背筋を伸ばした。
(落ち着け、俺)
(これは患者だ)
(治療するんだ)
必死に平静を装う。
「では、お願いしますね」
マルコ神父が女性に声をかける。
「はい」
「私は次の患者の準備をしてきますので」
「分かりました」
マルコ神父が部屋を出ていく。
「…………」
俺と女性だけになった。
心臓が少しだけ速くなる。
俺は一度、深呼吸した。
そして、できるだけ真面目な顔を作る。
「では……」
落ち着いた声で言った。
「服を脱いでください」
女性は、
「はい」
と答えた。
そして、服を脱ぎ始める。
「…………」
(おおおおお……)
心の中で叫ぶ。
かわいい。
俺は必死に顔を作った。
これは診察だ。
俺は紳士だ。
そう自分に言い聞かせる。
女性の準備が終わる。
「失礼します」
俺は女性の身体に手を当てる。
「…………」
よし。
ここからだ。
症状を聞いている間は、診察を続けられる。
つまり――。
(見ていられる)
俺は心の中で小さくガッツポーズをした。
「えっと……」
まずは昨日と同じ。
「咳は――」
その瞬間。
「……あれ?」
女性が声を漏らした。
「なんだか、身体が軽いです」
「…………」
俺は固まった。
(はや!!!)
(もう!?)
まだほとんど聞いていない。
「さっきまで、身体が重かったのに……」
「……そうですか」
俺は平静を装って答える。
「ありがとうございます」
女性は嬉しそうに頭を下げる。
そして――。
服を着始めた。
「…………」
早い。
あまりにも早い。
数分後。
俺は女性の家を出ることになった。
「ありがとうございました」
「いえ……」
俺も頭を下げる。
外に出る。
マルコ神父が待っている。
「では、次の方へ」
「……はい」
俺は歩き出した。
そして心の中で。
(ぐぬぬぬぬ……)
治癒魔法。
便利すぎる。
便利すぎるのだが――。
俺が思っていたのと、なんか違う。




