第四話 初めての治療
村の明かりを見つけてから、俺は少しだけ歩く速度を上げた。
ようやく、人のいる場所にたどり着ける。
そう思った。
しかし。
村に近づくにつれて、妙な感じがしてきた。
何かがおかしい。
何がおかしいのかは分からない。
村の中には明かりがある。
家もある。
人の気配もする。
なのに、なんとなく嫌な雰囲気がある。
「……なんだ?」
俺は立ち止まって、村を見つめた。
別に、何か見えるわけじゃない。
魔物がいるわけでもなさそうだ。
盗賊が潜んでいるようにも見えない。
「……気のせいか?」
そう思って歩き出した。
だが、身体はもう限界に近かった。
足が重い。
腹も減っている。
そして、眠い。
「……とりあえず、飯だな」
結局、食欲が勝った。
俺は村の中へ入っていった。
すると、少し先に建物が見えた。
教会らしい。
その建物の扉が開き、一人の男性が出てきた。
中年くらいだろうか。
白っぽい服を着ている。
俺を見ると、驚いたような顔をした。
「大丈夫ですか?」
「……え?」
「顔色がかなり悪いですよ」
そう言われて、俺は自分の顔を触った。
そんなにひどい顔をしているのか。
「すみません……ちょっと疲れてまして」
「旅の方ですか?」
「はい」
嘘ではない。
まあ、正確には旅をしていたわけではないのだが。
「どちらから?」
「遠くからです」
これも嘘ではない。
ものすごく遠い。
「そうですか……。しかし、その様子ではかなりお疲れのようですね」
男性は心配そうに俺を見る。
「よろしければ、教会で少し休まれてはいかがですか?」
「……いいんですか?」
「もちろんです」
助かった。
俺は男性に案内され、教会の中へ入った。
「私はマルコ。この村の教会で神父をしています」
「俺はケンジです」
「ケンジさんですね」
マルコ神父は優しく笑った。
教会の中は静かだった。
俺は椅子に座らせてもらう。
しばらくすると、パンとスープが出てきた。
「よろしければ、どうぞ」
「ありがとうございます!」
俺はすぐにパンを手に取った。
……うまい。
温かいスープも身体に染みる。
空腹だったせいか、あっという間に食べてしまった。
「ふぅ……」
ようやく一息つけた。
そして、ふと思う。
……そういえば。
「特製ハンバーグ弁当……」
思わず心の中で呟いた。
あの日、奮発して買ったのに。
結局、食べられなかった。
目の前のパンとスープを食べながら思うことではない。
俺はちょっと反省した。
「……すみません」
「どうしました?」
「いえ、何でもありません」
マルコ神父が不思議そうに俺を見る。
俺は誤魔化すようにスープを飲んだ。
しばらく休んでいると、ふと気になった。
村に入る前から感じていた、あの妙な雰囲気。
俺はマルコ神父に尋ねてみることにした。
「あの……」
「はい?」
「この村って……何かあるんですか?」
「何か、とは?」
「いや……」
俺は少し言葉を選ぶ。
「村に入る前から、なんとなく変な感じがして」
マルコ神父の表情が少し曇った。
「……お気づきになりましたか」
「やっぱり何かあるんですか?」
「実は……」
マルコ神父は少し間を置いてから話し始めた。
「今、この村では病気が流行っているのです」
「病気……?」
「はい」
マルコ神父は頷いた。
「何人もの村人が高い熱を出し、咳や喉の痛みを訴えています」
「そうなんですか……」
「薬を使っているのですが、なかなか良くならない方もいまして」
俺は少し考えた。
病気。
そういえば――。
俺には治癒魔法がある。
まだ腹痛を治したことしかない。
本当に病気まで治せるのかは分からない。
でも、頭の中にあの文字が浮かぶ。
『治癒魔法 怪我、病気が治せます^_^』
「……」
やっぱり、病気も治せるのだろうか。
俺は少し迷ってから口を開いた。
「……ちょっと、見てみてもいいでしょうか?」
「患者を、ですか?」
「はい」
マルコ神父が驚いた顔をする。
「お医者様でしたか?」
「え?」
「いえ、その……」
「いや、医者ではありません」
俺は慌てて答えた。
「ただ、少し気になったので……」
「そうでしたか」
マルコ神父は少し考えたあと、頷いた。
「では、こちらへ」
教会の奥へ案内される。
そこにはベッドがいくつか並んでいた。
その一つに、おじさんが横になっていた。
「この方です」
「分かりました」
俺はおじさんの近くまで行った。
さて。
どうすればいい?
そこで、ふと思い出した。
腹痛のとき。
俺は腹に手を当てて、「治れ」と念じた。
そうしたら、痛みが治った。
なら、今回も同じでいいのだろうか。
でも、その前に。
前世で病院に行ったときのことを思い出す。
医者は、いきなり治療するわけじゃなかった。
いろいろ聞いていた。
俺も見よう見まねでやってみることにした。
「えっと……」
俺はおじさんを見る。
「咳は出ますか?」
「はい。昨日からずっと……」
「喉は痛いですか?」
「かなり痛みます」
「そうですか」
俺は頷いた。
「食欲はありますか?」
「ほとんどありません」
「……なるほど」
さらに聞いてみる。
「身体の節々は痛みますか?」
「はい。腰や膝が特に……」
「分かりました」
前世で聞いたことのある症状だった。
咳。
喉の痛み。
食欲がない。
関節が痛い。
これって……。
「……」
インフルエンザみたいだな。
もちろん、この世界にインフルエンザがあるのかは分からない。
そもそも、俺はこの世界の病気を何も知らない。
「この辺りは痛いですか?」
俺はおじさんの身体を確認しながら尋ねる。
「はい」
「どのように痛いですか?」
「ズキズキするような感じです」
「なるほど……」
一通り聞き終える。
俺は考えた。
そして、腹痛のときと同じように、おじさんの身体に手を当ててみる。
「……」
これでいいのか?
よく分からない。
でも、やるしかない。
「治れ」
そう念じた。
すると――。
おじさんの表情が変わった。
「……あれ?」
「どうしました?」
「身体が……軽い」
「喉はどうですか?」
「……痛くない」
「咳は?」
「……出ません」
俺は目を丸くした。
「……治った?」
おじさんは身体を起こした。
「治ったようです」
マルコ神父を見ると、目を見開いていた。
「……」
そして、俺を見る。
「……やはり、お医者様でしたか」
「いや、だから医者では……」
俺は慌てて否定する。
「しかし、今の治療は……」
「俺も、ちょっと驚いてます」
これは本当だった。
自分でも、病気が治るとは思っていなかった。
するとマルコ神父が言った。
「もしよろしければ、他の患者も診ていただけないでしょうか?」
「他にも?」
「はい。まだ何人も病気で寝込んでいるのです」
「……」
俺は少し考えた。
正直、かなり疲れている。
でも、さっきパンとスープをもらった。
それに、病気で苦しんでいる人がいる。
「……緊急の方がいれば、今日、見ますよ」
「本当ですか!」
マルコ神父が嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!」
「いえ……」
俺も笑って答える。
そして、心の中で思った。
(……何人いるんだ?)
嫌な予感がする。
「では、次の方をお願いします」
「はい」
俺は笑顔で返事をした。
ムッとした顔をするわけにもいかない。
大人しくマルコ神父についていく。
次の患者も、おじさんだった。
先ほどと同じように症状を聞いていく。
咳。
喉の痛み。
食欲不振。
関節の痛み。
「この辺りは痛みますか?」
「はい」
「どのように痛みます?」
「ズキズキするような感じです」
「なるほど……」
俺は患部に手を当てる。
「治れ」
しばらくすると、おじさんの表情から苦しそうな様子が消えた。
「……楽になりました」
「よかったです」
俺は笑顔で答えた。
するとマルコ神父が言った。
「では、次の方をお願いします」
「はい」
また笑顔で返事をする。
……もちろん、心の中では笑っていない。
(もう二人くらいでいいだろ……)
(俺、ほんとに疲れてるんだけど……)
それでも、嫌な顔はできない。
俺は次の患者のところへ向かった。
そこにいたのも、やっぱりおじさんだった。
「……」
少しだけ安心した。
そして、また症状を聞く。
同じような症状だった。
俺は前世の記憶を頼りに、一つずつ質問していく。
最後に患部へ手を当てる。
「治れ」
そして、また治った。
「……楽になりました」
「よかったです」
俺は笑顔で答えた。
するとマルコ神父が言った。
「とりあえず、緊急そうな方は以上です」
「……そうですか」
ようやく終わった。
俺は心の中でホッとした。
(あと何人いるのか、最初に言ってほしかった……)
何人いるのか分からないまま、ずっと「次の方」と言われるのは地味に怖い。
俺は小さく息を吐いた。
「そ、そうですか」
そして、少し遠慮がちに尋ねる。
「あの……」
「はい?」
「眠るところを、お貸しいただけますか?」
ようやく言えた。
(頼む……もう今日は寝かせてくれ……)
俺は心の中で、切実にそう願った。




