第三話 最初の村まで
俺は川沿いを歩き続けていた。
最初は、すぐに村か町が見つかると思っていた。
川がある。
水がある。
だったら、その近くに人が住んでいる。
俺はそう考えていた。
……甘かった。
歩いても歩いても、何もない。
川。
草。
木。
それだけだ。
「……まだかな?」
足が痛い。
腹も減った。
そして、喉も渇く。
仕方なく川の水を飲む。
「……うまい」
水分を補給すると、少し元気になる。
……と思ったら。
「いてて……」
腹が痛くなった。
「またかよ!」
俺は腹を押さえる。
「この水、飲むと腹が痛くなるんだよな……」
だが、喉は渇いている。
「……でも飲まないと死ぬし」
もう一度、水を飲む。
「……」
しばらくすると。
「……いてて」
やっぱり痛い。
「治れー」
腹に手を当てて念じる。
「あ、治った」
便利だ。
ものすごく便利なのだが。
「……痛いのは痛いんだよな」
治せるから問題ない。
そう思おうとしたが、普通にストレスだった。
「喉が渇く」
川の水を飲む。
「腹が痛くなる」
治す。
「また喉が渇く」
川の水を飲む。
「また腹が痛くなる」
治す。
「……なんなんだよ、この水!」
俺は川に向かって文句を言った。
もちろん川は何も答えない。
俺は再び歩き始めた。
「そもそも、異世界転移ってもっとこう……」
いつの間にか、俺は愚痴をこぼしながら歩いていた。
「神様とか出てくるんじゃないの?」
「『あなたは選ばれました』とか」
「『特別な力を授けましょう』とか」
「そういうの、ないの?」
もちろん返事はない。
「初期装備とかもさ……」
俺は自分の服を見る。
ローブのような服を着ている。
顔も、日本人というより外国人っぽい。
「まあ、服はそれっぽいけど……」
川面に映った自分の顔を見る。
「……イケメン、かな?」
少し考える。
「いや、普通もっとイケメンにするだろ!」
誰に文句を言っているのか分からない。
「金もない」
「食べ物もない」
「地図もない」
「武器もない」
「村もない」
「水を飲んだら腹が痛い」
「……不親切すぎない?」
さらに歩く。
どれくらい歩いたのか、もう分からない。
時計はない。
スマホもない。
太陽を見ても、正確な時間なんて分からない。
「……俺、どれくらい歩いてる?」
分からない。
「何時間?」
分からない。
「……いや、そもそも何時間歩けば村に着くんだよ」
当然、答えはない。
「……これ、地味にすげぇストレスだな」
俺はため息をついた。
そして、ふと立ち止まった。
「……そういえば」
死ぬ前のことも納得いかない。
「いや、これは言い訳じゃないんだけど」
誰も聞いていない。
「死んで、気づいたらこんなところにいたらさ」
「そりゃ言いたくもなるよな」
自分でも何を言っているのか分からない。
「別に、言い訳じゃないけど」
俺は再び歩きながら続けた。
「死ぬんなら……パンツ見たいじゃん」
「……いや、見たいだろ」
「普通、最後くらい見たいだろ」
誰もいない。
それでも俺は続けた。
「しかも、あの日は奮発したんだぞ」
「コンビニの特製ハンバーグ弁当」
「いつものよりちょっと高いやつ」
「……食べてない」
「買っただけ」
「なんでだよ……」
俺はしばらく黙って歩いた。
「せめて食ってから死なせてくれよ……」
そんなことを言いながら、さらに歩く。
気づけば、空が少しずつ暗くなってきていた。
「……マジか」
いつの間にか、こんな時間になっている。
「まだ村ないの?」
俺は川沿いを見渡した。
相変わらず、何もない。
「……異世界転移ってさ」
俺は空を見上げる。
「普通、最初の村くらいすぐ着くんじゃないの?」
「聖女的なアレの話とか、だいたい最初の村すぐじゃん!」
もちろん、返事はない。
「……疲れた」
そのときだった。
遠くに、小さな明かりが見えた。
「……ん?」
俺は目を凝らす。
明かりがいくつか見える。
「……もしかして」
俺は少しだけ歩く速度を上げた。
「村……?」
ようやく、人のいる場所を見つけたのだった。




