第四十七話 聖女様
「……このことは、五人だけの秘密にしましょう」
ロイド室長が、真剣な顔で言った。
「五人?」
俺が聞き返す。
「私と、リンダ、リンク、ミル、シルです」
五人が頷いた。
「この魔力薬のことは、まだ誰にも話さないでください」
「どうしてですか?」
「安易に発表できる内容ではないからです」
ロイド室長は、青い液体の入った試験管を見る。
「通常、上級魔力薬は薄い水色です」
「水色?」
「はい。かなりの重傷にも効果があります」
ロイド室長が、俺の吐き出した魔力薬を見る。
「ですが、失った腕や脚を生やすことはできません」
「なるほど」
「しかし、ケンジ君の魔力薬は違う」
ロイド室長の表情が変わる。
試験管の中の液体は、青というより藍色に近い。
「こんな濃い色の魔力薬は、私も見たことがありません」
「へぇ……」
「伝説に残っている魔法薬に、非常によく似ています」
「伝説?」
俺が聞き返す。
ロイド室長は、少しだけ間を置いた。
「聖女様です」
「聖女?」
その言葉を聞いて、俺は思った。
(……やっぱり、聖女っていたんだな)
以前、聖水の話を聞いたときに考えたことがある。
聖水があるなら、聖女もいるんじゃないか。
どうやら本当にいたらしい。
聖女は、約百年前に亡くなっている。
しかし、生前から自分がいなくなった後のことまで考えていたという。
普通の水を聖水に変える魔道具。
魔力薬の作り方。
魔力薬の色や濃さによる識別方法。
後世の人々が困らないように、様々なものを残したらしい。
ロイド室長たちは、聖女が残した功績について真剣に話している。
俺も黙って聞いていた。
「聖女様は、本当に偉大な方だったんですね」
「ええ」
ロイド室長が頷く。
「今の魔法薬研究の基礎にも、聖女様が残した知識が数多くあります」
「なるほど……」
俺も頷く。
そしてロイド室長が、少し間を置いた。
「さらに――」
「?」
「聖女様が、必ず食事の際に使っていたものがあります」
「食事?」
「はい」
ロイド室長は真剣な顔で言った。
「聖なる調味料です」
「…………」
俺は思わずロイド室長を見る。
聖なる調味料。
なんだ、その名前。
「正式な名前は――」
ロイド室長が続ける。
「マヨネーズです」
「…………」
俺は固まった。
「……ぷっ」
吹き出した。
「ケンジ君?」
リンダさんが不思議そうに俺を見る。
「す、すみません……」
俺は口元を押さえる。
マヨネーズ。
知っている。
あまりにも知っている。
(なんで異世界転生したら、みんなマヨネーズ作るんだよ)
俺は必死に笑いをこらえる。
そして、もう一つ。
(聖なる調味料って、誰が言い出したんだよ)
マヨネーズだぞ。
ただのマヨネーズだ。
「聖女様が、そう名付けられたそうです」
「…………」
俺はもう一度、マヨネーズという言葉を頭の中で反芻する。
そして確信した。
(……絶対そいつ日本人だ)
生卵を使って。
魔力で卵を清めて。
マヨネーズを作る。
間違いない。
俺は、なんとか表情を戻した。
ロイド室長は、そんな俺の様子を気にすることなく話を続ける。
「そして、この魔力薬ですが――」
話が戻った。
「聖女様の魔法薬と同じものなのか、それとも別のものなのか。まだ分かりません」
ロイド室長は、藍色の液体を見つめる。
「ギレンさんの腕が生えたという話も、ケンジ君から聞いただけです」
「はい」
「一例だけでは、断定できません」
ロイド室長は、五人を見る。
「だから、この魔力薬の存在と、四肢の復元の可能性については――」
「五人だけの秘密、ですね」
俺が言う。
「そうです」
ロイド室長が頷く。
「私と、リンダ、リンク、ミル、シル。この五人だけで、まずは確認します」
五人が静かに頷いた。
俺も頷く。
「分かりました」
研究室の空気は、再び真剣なものになった。
俺も真面目な顔をしていた。
ただ、頭の中では――
(マヨネーズ……)
まだ笑いをこらえていた。




