第四十話 初めての治癒魔法
「ん? 何か、やってしまったか?」
俺がそう言うと、誰も答えなかった。
ロイド室長も、ウィルチさんも、スカーレットさんも、ブラッド第一師団長も、全員が俺を見ている。
……なんだ?
俺は普通に治しただけなんだけど。
「……ケンジさん」
最初に口を開いたのは、スカーレットさんだった。
「今……詠唱しましたか?」
「詠唱?」
「はい。治癒魔法の詠唱です」
「してないですけど」
「……」
スカーレットさんが固まった。
「治癒魔法って、詠唱が必要なんですか?」
「普通は必要です」
そう答えたのはロイド室長だった。
「……そうなんですか?」
俺はウィルチさんを見る。
ウィルチさんは、なぜか嬉しそうな顔をしていた。
「そうなんです。ケンジさんは詠唱せずに治癒魔法を使えるんですよ」
「え、詠唱しないで……?」
スカーレットさんが驚いている。
「はい」
ウィルチさんが誇らしげに頷いた。
……なんでウィルチさんが誇らしげなんだ?
「では、普通の治癒魔法がどのようなものか、見せてもらえますか?」
ロイド室長がスカーレットさんに声をかける。
「はい!」
スカーレットさんはすぐに頷いた。
そして、負傷した兵士の前に立つ。
「では、始めます」
スカーレットさんが目を閉じた。
俺もその様子を見る。
何をするんだ?
すると――。
「我らが大地に宿りし生命の力よ、傷つきし者の肉体にその恵みを分け与え、失われし血を巡らせ、裂けた皮膚を繋ぎ、砕けた肉を癒やし、痛みを取り除き、あるべき姿へと戻す力を我が手に集めたまえ――『ヒール』」
…………。
長い。
長すぎる。
そしてスカーレットさんの手から光が溢れ、兵士の傷がゆっくりと塞がっていく。
「……すごい」
思わず声が出た。
「これが普通の治癒魔法です」
「これ、毎回言ってるんですか?」
「はい」
「……長いですね」
「慣れればそうでもありませんよ」
そう言われてもなぁ……。
俺には無理そうだ。
でも。
「俺も、やってみていいですか?」
「もちろんです」
俺はさっき聞いた詠唱を思い出す。
よし。
俺だって治癒魔法使いだ。
普通の治癒魔法くらい使えるようになっておこう。
「我らが大地に宿りし生命の力よ――」
そこまでは言えた。
「……傷つきし者の……えーっと……」
「肉体にその恵みを分け与え」
「あ、それです!」
もう一度、最初からやり直す。
「我らが大地に宿りし生命の力よ、傷つきし者の肉体にその恵みを分け与え……」
「失われし血を巡らせ」
「失われし血を巡らせ……」
順調だ。
……いや、順調なのか?
その後も何度も繰り返した。
途中で詰まり、最初からやり直す。
また詰まる。
もう一度やる。
そして――。
「……あるべき姿へと戻す力を我が手に集めたまえ――『ヒール』!」
「……言えた!」
思わず拳を握った。
「おお……!」
スカーレットさんが拍手してくれる。
ロイド室長も感心したように頷いている。
「よく覚えましたね」
「はい! 俺、頑張りました!」
これは嬉しい。
何度も練習した甲斐があった。
よし。
これで俺も普通の治癒魔法使いだ。
……と思ったのだが。
「…………」
何も起きない。
「…………」
待つ。
何も起きない。
兵士の傷は、そのままだ。
「……あれ?」
俺は自分の手を見る。
「ケンジさん?」
「……」
もう一度やってみる。
「我らが大地に宿りし生命の力よ、傷つきし者の肉体にその恵みを分け与え――」
「…………」
何も起きない。
「……なんで?」
ロイド室長が少し考える。
「ケンジさん」
「はい?」
「ちゃんと、祈りを捧げましたか?」
「祈り?」
「はい」
ロイド室長は頷いた。
「治癒魔法は、詠唱だけではありません。詠唱と同時に、傷ついた者が癒えるよう祈るのです」
「ああ……」
なるほど。
そういうことか。
「いや……祈ってないですね」
「なぜです?」
「詠唱を覚えるので精一杯だったので」
「……なるほど」
ロイド室長は納得したように頷いた。
「では、次は詠唱を唱えながら、祈ってみてください」
「同時に?」
「はい」
スカーレットさんも頷く。
「詠唱しながら、傷が癒えるように心の中で祈るんです」
「…………」
俺はしばらく黙った。
「それは無理だ。やることが多すぎる」
「え?」
スカーレットさんが驚く。
「いや、だって……」
俺は指を折りながら説明する。
「まず詠唱を覚えて、それを間違えないように言って、そのうえで祈るんですよね?」
「はい」
「無理ですよ」
「…………」
スカーレットさんが困った顔をする。
ロイド室長は、なぜか嬉しそうだった。
「なるほど……」
「何がなるほどなんですか?」
「非常に興味深いですね」
「いや、俺は全然興味深くないですよ」
俺はため息をついた。
それに――。
詠唱で治癒魔法を使う場合、服の上からでも治せるらしい。
それは困る。
俺の治癒魔法は、今まで患部を直接見て、触れて治してきた。
服を脱いでもらって、身体を確認して、実際に触れる。
それも含めて治療なのだ。
……いや。
もちろん、治療のためだ。
でも、詠唱を使えば服の上からでも治せてしまう。
それでは困る。
俺には、俺のやり方がある。
「……やっぱり、今まで通りでいいです」
「そうですか?」
「はい」
俺は自信を持って頷いた。
「見て、触って、治す。それが一番です」
「なるほど」
ロイド室長は納得したように頷いた。
……よし。
これで俺の研究スタイルは守られた。
詠唱なんて覚えなくていい。
祈りもしなくていい。
そして何より――。
服の上から治すなんて、そんなもったいないことをしなくて済む。
俺は心の中で固く決意した。
無詠唱を極めよう。
こんにちは。
ついに目標だった四十話まできました。
この辺りで終わる予定でしたが、ぜんぜん終わる気がしないですね。
王都に行くあたりで第一部完も考えましたが、まだまだ、描いてみたかったので続けてしまってます。
読んでくれてる方、もう少しお付き合いいただければ励みになります。
よろしくお願いします




