第三十六話 転職決定
……恥ずかしい。
王都まで来て。
魔法研究室まで来て。
しかも治癒魔法の研究者を前にして。
「アテラス? 美味しいですよね」
……何を言ってるんだ、俺は。
思い出すだけで顔が熱くなる。
そして俺は、心の中で例のメッセージに文句を言っていた。
――おい。
お前のせいだからな。
あのクソギャル語のせいで、俺は王都で赤っ恥をかいたんだぞ。
「治った瞬間からしばらく盛れ期入って無双できるとかマジ神~☆」
なんだよ、この文章。
そもそも、お前は何なんだ。
……せめて名前くらい名乗っとけよ。
俺はため息をついた。
せめて普通に話してくれればいいのに。
……まあ、普通に話されても困るけど。
そんなことを考えていると、
「ケンジ君」
ロイド室長に声をかけられた。
「はい?」
「君、もしかしてアテラスのことを知らないのかい?」
「…………」
また顔が熱くなった。
「……はい」
「そうなのか?」
「その……俺、とても遠いところから来たので……」
「なるほど」
ロイド室長は納得したように頷いた。
……助かった。
なんとか誤魔化せた。
でも――
恥ずかしい。
ものすごく恥ずかしい。
俺は顔を赤くしたまま、俯いた。
「なるほど……」
ロイド室長は少し考え込んだ。
「しかし、女神を知らない人間が治癒魔法を使う……」
「…………」
「それは、現在の治癒魔法の定説とは反しているな」
「…………」
俺はまた恥ずかしくなった。
……まずい。
このままだと、信仰心のない変な奴だと思われる。
「いや、あの!」
俺は慌てて口を開いた。
「別に、信仰を馬鹿にしているわけではないので、そこは間違えないでほしいです」
「…………」
ロイド室長は黙って俺を見ている。
……。
何も言わない。
まずい。
俺はさらに言葉を続けた。
「祈りをするときって、とても集中しますよね?」
「…………」
「その集中力が、魔法の精度や威力に関係しているんじゃないかと、俺は考えているんです」
「…………」
まだ黙っている。
俺はさらに慌てた。
「だから、信仰が強ければ、祈りに対する集中も比例して高くなると思うんです。結果として、治癒魔法の効果も高くなるんじゃないかと」
「…………」
「それに、俺が患者さんの身体をよく見るのも、同じ理由なんです」
「…………」
「頭の中だけで身体をイメージすると、実際の身体とは違うことがありますから」
自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。
「実際の身体をよく観察して、できるだけ正確なイメージを作る。そうすれば、魔力を使うときのイメージも強くなると思っていて……」
「…………」
「それに、治癒魔法だけじゃなくて、他の魔法でも集中力は関係していると思います」
「…………」
「魔法って、結局は自分のイメージを魔力に乗せるものですから。集中できるかどうかで、精度も威力も変わるんじゃないかと……」
俺は一気にまくし立てた。
「だから、その……信仰が強い人ほど治癒魔法が強いというのも、信仰そのものに力があるというより、祈りによって集中力が高まっているからなんじゃないかと……」
「…………」
……。
ロイド室長は、まだ何も言わない。
やばい。
言い過ぎたか?
俺は冷や汗をかきながら、ロイド室長の反応を待った。
「…………」
「…………」
また沈黙が続いた。
……。
やっぱり、駄目だったのか?
俺は何か言おうと口を開きかけた。
その瞬間――
「納得したー!!」
ロイド室長が突然、大声を上げた。
「えっ?」
俺は思わず固まった。
「なるほど! そういうことか!」
ロイド室長は立ち上がると、ウィルチのほうを向いた。
「ウィルチ!」
「は、はい?」
「今のケンジ君の仮説について、君はどう思う?」
「え?」
「どこか間違っていそうなところはあるか?」
「え、えっと……」
「今までの治癒魔法の方法論とは、根本から違うぞ!」
ロイド室長は興奮したように話し始めた。
「信仰そのものに治癒の力があると考えるのではなく、祈りによって生まれる集中力が魔法に影響していると考えるなら、今まで説明できなかったことも説明できる!」
「ロイド室長、ちょっと落ち着いてください」
「これまでの研究では、信仰心の強さと治癒魔法の効果を比較していた。しかし、その間にある『集中』を測定した研究は――」
「室長」
「なんだ?」
「話が速すぎます」
「そうか?」
ロイド室長は首を傾げた。
「いや、これはすぐに研究しないといけないだろう!」
「…………」
俺は呆然とロイド室長を見ていた。
……あ。
この人、変態だ。
「ケンジ君」
ロイド室長が俺を見る。
「どうだろう。王都にしばらく残って、私たちと一緒に研究をしてみないか?」
「…………」
研究。
確かに興味はある。
でも――
俺はふと、ギルドのことを思い出した。
シルヴィアさん。
ウィルチさん。
ブレンダさん。
……そして、シード。
ギルドにも美人は多い。
俺は少し考え込んだ。
「……すぐには決められません」
「そうか」
ロイド室長は頷いた。
「なら、研究室を見てから決めるといい」
「見てもいいんですか?」
「ああ。実際にどんな研究をしているのか見たほうがいいだろう」
「お願いします」
俺はロイド室長について、研究室の中を見て回ることになった。
「こちらが治癒魔法を研究している生徒たちだ」
研究室には、二十数人ほどの生徒がいた。
「…………」
俺は固まった。
……女の人、多くない?
改めて数えてみる。
一人。
二人。
三人。
……十八人。
二十数人いる中で、十八人が女性だった。
しかも――
「……かわいい」
思わず呟いてしまった。
「何か言ったかい?」
「いえ」
俺は慌てて首を振った。
そして、研究室を見渡す。
……なるほど。
治癒魔法の研究は、世のため人のため。
とても大切な研究だ。
俺は決意した。
「ロイド室長」
「なんだい?」
「俺、ここで研究します」
「おお!」
ロイド室長が嬉しそうに声を上げる。
「本当か!」
「はい!」
俺は力強く頷いた。
「治癒魔法は、人を救うためのものですから」
「うん」
「怪我をした人を治せるということは、それだけで大きな意味があります」
「その通りだ」
「それに、治癒魔法の仕組みをもっと深く理解できれば、今まで治せなかった怪我や病気だって、治せるようになるかもしれません」
「…………」
ロイド室長が真剣に聞いている。
「そう考えると、治癒魔法を研究することは、たくさんの人を助けることにつながりますよね」
「もちろんだ」
「だったら、俺もできることをやりたいです」
「ケンジ君……」
ロイド室長の目が少し潤んだ気がした。
「世のため、人のために、俺も研究を頑張りたいと思います!」
「素晴らしい!」
ロイド室長が感動したように頷く。
「君なら、この研究室を大きく変えてくれそうだ!」
「ありがとうございます!」
……よし。
これで堂々とここにいられる。
俺は研究室を見渡した。
二十数人の生徒。
そのうち十八人が女性。
しかも、かわいい。
……。
世のため、人のためだ。




