第二十六話 事前準備
「ケンジ!」
カストロさんの声が、ギルドマスターの部屋から響いた。
「はい!」
俺は慌てて立ち上がり、カストロさんの部屋へ向かった。
部屋に入ると、ソードもいた。
「失礼します」
「来たか。そこに座ってくれ」
「はい」
俺が椅子に座ると、カストロさんが口を開いた。
「ソードから報告を受けた。やはり、魔の森の様子がおかしい」
「やっぱりですか?」
「ああ。魔物の数が明らかに増えている。それだけじゃない。本来なら森の奥にいるはずの魔物まで、入口近くまで出てきているそうだ」
「それって……」
俺は少し考える。
「スタンピートの前兆、ですか?」
「可能性はある」
カストロさんが頷いた。
「まだ断定はできない。だが、警戒する必要はある」
「スタンピートって、魔物が一斉に森から出てくるやつですよね?」
「そうだ。もし本当に起きれば、森の近くにある町にも被害が出る可能性がある」
思っていたより、大きな話になっている。
ただの魔物の増加ではない。
もし本当にスタンピートが起きれば、大量の魔物が森から出てくることになる。
それだけ戦う人間も増えるし、当然、怪我人も増えるだろう。
「そこで、魔の森の入口にキャンプを設置する」
カストロさんが続けた。
「キャンプ、ですか?」
「ああ。森から戻ってきた者に怪我人が出た場合、すぐに治療できるようにする」
「なるほど」
「ケンジ、お前とシルヴィアに治療を担当してもらう」
「……はい」
シルヴィアさんと、二人で治療担当かぁ。
……。
俺は心の中で、ちょっとだけニヤついた。
いや。
もちろん仕事だ。
仕事だから仕方ない。
「それと、森の中の調査にはC級以上のパーティを三組出す」
カストロさんは、さらに続けた。
「赤い連撃も参加する」
「ソードたちも?」
「ああ。そして、ギレンと俺も行く」
「ギレンさんとカストロさんもですか?」
二人とも元S級だ。
その二人まで調査に入る。
それだけ、今回の魔の森の異変を重く見ているということだろう。
「森の中で何が起きているのか、できるだけ詳しく調べる」
ソードが口を開いた。
「俺たちは森の中を調べる。ケンジは入口で待機してくれ」
「わかりました」
俺は頷いた。
戦うことなら、俺よりソードたちのほうがずっと頼りになる。
俺にできるのは、怪我をした人を治すことだ。
それなら、それをやればいい。
「明日の昼には、入口のキャンプの設営を終える予定だ」
「じゃあ、朝から向かうんですね」
「ああ。昼には治療を始められるようにしておきたい」
「わかりました」
カストロさんが頷く。
「今回の件は、領主様からの依頼だと思ってくれ」
「領主様からの……」
「そうだ。通常の冒険者依頼とは少し違う。魔の森で何か起きている可能性がある以上、ギルドとしてもできる限りの対応をする」
「なるほど」
俺は改めて、今回の事態の大きさを感じた。
明日から、魔の森の入口で待機する。
森の中には、C級以上のパーティが三組。
赤い連撃。
ギレンさん。
そしてカストロさん。
俺はその人たちが戻ってくるまで、シルヴィアさんと一緒に怪我人を治療する。
「それじゃあ、今日は準備を頼む」
「はい」
俺とシルヴィアさんは、カストロさんの部屋を出た。
そのまま、キャンプに持っていく物の準備を始める。
包帯。
食料。
水。
薬草。
その他にも、必要になりそうなものを次々と集めていく。
思っていた以上に作業量が多い。
荷物を運び、数を確認し、足りないものがないか確認する。
けっこう大変な作業だ。
それなのに――。
俺はニコニコしていた。
だって、シルヴィアさんと二人で作業しているのだ。
「ケンジさん、楽しそうですね」
「え?」
作業の手を止めて、シルヴィアさんが俺を見る。
「こんなに大変なことになっているのに。もしかしたら、本当にスタンピートになるかもしれないんですよ?」
「あー……」
しまった。
シルヴィアさんと一緒だから楽しい。
そんなことを言えるわけがない。
俺は少し考えてから、適当なことを言った。
「まあ……どうせ同じ作業をするなら、ニコニコやったほうがいいかなって」
「ニコニコ?」
「はい」
俺は荷物を抱えながら笑った。
「げっそりしながらやっても、ニコニコしながらやっても、やることは同じですから」
「……」
「だったら、ニコニコやったほうがいいでしょう」
「ふふっ」
シルヴィアさんが小さく笑った。
「それもそうですね」
「でしょう?」
「じゃあ、私もニコニコしておきます」
そう言って、シルヴィアさんも笑う。
……。
あ。
なんか、いい感じかも。
俺もつられて、さらに笑った。
さっきまで大変だと思っていた作業も、少しだけ楽になった気がした。
まあ、俺の場合は最初から楽しかったんだけど。
それから俺たちは、必要な物を一つずつ確認しながら準備を進めた。
気がつけば、外はすっかり暗くなっていた。
「俺たちは準備した荷物を確認して、その日の作業を終えた。」
明日は朝から魔の森へ向かう。
今日はもう休んだほうがいいだろう。
そう思いながら、俺は自分の部屋へ戻った。
でも、俺にはまだやることがあった。
魔の森で何が起きるのかは分からない。
怪我人がどれくらい出るのかも分からない。
だったら、俺にできることをしておこう。
俺は部屋に戻ると、魔法薬を作る準備を始めた。
明日に備えて、できるだけ多く作っておきたい。
結局その夜、俺は夜中まで魔法薬を作ることになった。




