第二十話 呪いと医療理論
「まず、依頼主についてだが……キラー伯爵家だ」
カストロさんからそう聞かされ、俺は思わず聞き返した。
「伯爵……ですか?」
貴族だとは聞いていた。
だが、まさか伯爵家とは思っていなかった。
「正確には、伯爵家のご令嬢だ。名前はソフィア・キラー。十九歳」
「十九歳……」
まだ若い。
そんな女の子が、三ヶ月も体調を崩している。
「三ヶ月ほど前から体調不良を訴えていたらしい。最初は軽いものだと思われていたようだが、徐々に悪化していったそうだ」
「それで、王宮の魔術師に?」
「ああ。そこで調べてもらった結果――呪いだと判明した」
「呪い……」
思わず声が小さくなる。
異世界に来てから、魔法や魔物には少しずつ慣れてきた。
しかし、呪いという言葉には、どうしても嫌な響きを感じる。
「王宮の魔術師でも解けなかったんですか?」
「ああ。宮廷にも呪いを解ける者はいなかったらしい」
「……」
王宮の魔術師でも無理。
それなら、俺にどうにかできるのだろうか。
「だから、藁にもすがる思いで冒険者ギルドにも依頼を出した、というわけだ」
カストロさんが説明を終える。
俺は少し考えてから口を開いた。
「俺の治癒魔法でどうにかなるかわかりませんが、ご一緒します」
「助かる」
カストロさんが頷く。
こうして俺たちは、キラー伯爵家へ向かうことになった。
屋敷へ向かう道中、俺の隣を歩いていたウィルチが口を開く。
「ただ、呪いについては一つ補足しておいたほうがいいですよ」
「補足?」
「はい」
ウィルチは少し考えるようにしてから話し始めた。
「通常、呪いを解く場合は、呪いをかけた術者を見つけるのが一般的です」
「術者を?」
「そうです。術者本人を見つけて、呪いを解かせる。もしくは――」
ウィルチが少し言葉を濁す。
「……その術者を倒す」
「倒すって……」
「呪いの種類にもよりますけど、術者がいなくなることで解除されるものもありますから」
なるほど。
呪いというのは、俺が想像していた以上に物騒なものらしい。
「でも、今回みたいに術者に心当たりがない場合は、かなり難しくなります」
「そうなんですか?」
「はい。誰がかけた呪いなのか分からないわけですから」
ウィルチは頷いた。
「それに、かけられた側に何かをして解呪する方法もありますけど……」
「ありますけど?」
「呪いをかけた術者と、解呪する者との間に、相当なレベル差が必要になります」
「相当な……」
俺は思わず黙り込む。
つまり今回の依頼は――
かなり難しい。
しかも王宮の魔術師でも解けなかった。
「……俺の治癒魔法で、どうにかなるんでしょうか」
思わず口にしていた。
「それは……実際に見てみないと分からないと思います」
ウィルチも困ったように答える。
「ですよね」
そりゃそうだ。
俺だって、自分の治癒魔法がどこまで通用するのか、正確には分かっていない。
ただ、目の前で苦しんでいる人がいるなら、できることはやってみたい。
「まあ、やってみるしかないですね」
俺がそう言うと、ウィルチがこちらを見る。
「そういえば、ケンジさん」
「はい?」
「ケンジさんは、どうやって治癒魔法を使っているんですか?」
「……」
俺は固まった。
どうやって。
どうやってって言われても――
念じるだけだ。
「治れ」
そう思うだけで治る。
……とは、言いづらい。
俺は少し考えてから、もっともらしい説明を始めた。
「まず、治療する相手の身体の状態をできるだけ正確に把握する必要があります」
「身体の状態を?」
「はい。怪我や病気というのは、表面だけ見ても分からないことがありますから」
これは嘘ではない。
「できれば全身を確認したほうがいいですね。どこに異常があるのか。それ以外の場所に問題がないのか。そういったことを確認してから治療します」
「なるほど……」
ウィルチが真剣な顔で頷く。
よし。
それっぽい。
「それから、治療するときは患部に直接触れることが重要です」
「触れる?」
「はい。治癒の力を直接流し込むようなイメージです」
これも、それっぽい。
実際には、そんなことを意識したことはない。
ただ念じているだけだ。
でも、これなら説明としては納得してもらえるだろう。
「つまり、服の上からでは駄目なんですか?」
「……場合によります」
俺は少し間を置いて答えた。
「軽い怪我なら問題ないと思います。ただ、今回のような原因不明の呪いとなると……」
「なるほど」
ウィルチは納得したように頷く。
「できるだけ身体の状態を正確に把握する必要がある、と」
「そうです」
俺は力強く頷いた。
「なので、可能であれば全身を確認して、必要な場所には直接触れて治癒の力を流す。そうしたほうが確実だと思います」
「分かりました」
ウィルチは納得したようだった。
……よし。
うまく説明できた。
俺は内心で胸を撫で下ろす。
これで「念じるだけで治ります」なんていう、とんでもない説明をせずに済んだ。
ただ――
少ししてから、俺はあることに気づいた。
今回治療するのは、十九歳の女の子だ。
そして俺は今、
「全身を確認する」
「患部には直接触れる」
という説明をした。
「……」
待て。
これってつまり――
場合によっては、ソフィアさんに服を脱いでもらう必要があるんじゃないか?
「……」
いや。
治療のためだ。
必要なことなら仕方がない。
身体の状態を正確に把握するため。
患部に直接、治癒の力を流すため。
これは医療行為だ。
決して別の目的ではない。
俺は紳士だ。
……いや。
今はそんなことを考えている場合じゃない。
相手は三ヶ月も呪いに苦しんでいる。
俺にできることがあるなら、やる。
それだけだ。
「ケンジさん?」
「はい?」
「どうしました?」
「いえ。治療について、ちょっと考えていただけです」
危ない。
顔に出ていなかっただろうか。
俺は気持ちを切り替えて、前を見る。
やがて、街並みの向こうに大きな屋敷が見えてきた。
あれが――
キラー伯爵家。
俺たちは、ソフィア・キラー。
十九歳の少女を苦しめているという、呪いの治療へ向かっていた。




