第十三話 ミレーの治療
アラミの町へ向かう馬車の中。
俺は何度も、モローさんの娘さんのことを考えていた。
二十歳。
ずっと身体が弱く、病気がちで、今もほとんど寝たきりらしい。
そんな女性を、俺が治す。
――治癒魔法で。
……ちゃんと治せるだろうか。
いや。
俺の治癒魔法なら、大丈夫だろう。
それよりも、どんな人なんだろう。
モローさんの娘さんなんだから、きっと――。
「……いや」
俺は首を振った。
何を考えてるんだ、俺は。
患者だ。
これから会うのは、患者。
治療をするだけだ。
俺は紳士なんだから。
……まあ、二十歳の女性を診察することになるわけだけど。
しばらくして。
また、考えてしまう。
二十歳か。
どんな顔なんだろう。
病気でずっと寝込んでいるなら、身体もかなり弱っているんだろうか。
ちゃんと診てあげないとな。
必要なら、身体の状態を詳しく確認して――。
「……いやいやいや」
また首を振る。
何を考えているんだ、俺は。
診察だ。
治療だ。
患者を治す。
それだけだ。
俺は紳士だ。
……紳士なんだ。
さらにしばらくして。
俺は、また思った。
二十歳の娘さん。
病気。
寝たきり。
治癒魔法。
――俺が直接診る。
「……うん」
今度は自分でも妙に納得した。
やっぱり、直接診たほうがいい。
そのほうが確実だ。
そうしているうちに。
「見えてきましたよ」
モローさんの声がした。
俺は馬車の外を見る。
遠くに、大きな町が見えていた。
「……あれが、アラミの町ですか」
「ええ」
村を出てから数日。
ついに、町に着いた。
俺は少しだけ緊張しながら、町の中へ入っていく。
村とは比べものにならないくらい、人が多い。
道も広い。
建物も大きい。
これが町か。
そんなことを考えていた、そのときだった。
頭の中に、文字が浮かんだ。
『触らなくても治るんだからね。(^_-)』
「…………」
俺は固まった。
「…………なんで?」
嫌な予感がした。
ものすごく嫌な予感がする。
俺は頭の中に浮かんだ文字を見つめた。
「…………」
まさか。
いや、そんなはずはない。
たまたまだ。
そうだ。
俺の治癒魔法が、そんな都合よく――。
俺は小さく息を吐いた。
「……まあ、行ってみるか」
考えていても仕方がない。
俺はモローさんについて、町の中を歩いていった。
しばらくして。
モローさんの家に着いた。
「ミレー。帰ったぞ」
モローさんが声をかける。
「お父さん?」
奥から、女性の声が聞こえた。
そして、少しして。
一人の女性が姿を見せた。
「…………」
俺は思わず、言葉を失った。
可愛い。
まず、それが最初に出てきた。
村で治療した娘たちとは、少し違う。
派手な可愛さではない。
整った顔立ちに、柔らかな雰囲気。
身につけている服も上品で、育ちの良さが自然に感じられる。
それなのに、二十歳という年齢のせいか、どこか幼さも残っている。
大人っぽいのに、少しだけあどけない。
そんな不思議な可愛さだった。
「……あ」
いかん。
患者だ。
俺は表情を引き締めた。
紳士。
俺は紳士だ。
「こちらが、ミレーです」
モローさんが紹介する。
「初めまして」
ミレーさんが小さく頭を下げた。
「初めまして」
俺も頭を下げる。
「俺は……ケンジと言います」
「ケンジさん……」
ミレーさんが俺の名前を繰り返す。
それだけなのに、なんとなく照れてしまう。
「お父さんから、治療をしてくださる方だと聞いています」
「はい」
俺は頷いた。
「病気だと伺いました」
「はい。昔から身体が弱くて……」
ミレーさんは少し申し訳なさそうに笑った。
「すぐに体調を崩してしまって。最近は、ほとんど寝て過ごしていました」
「そうですか……」
俺はミレーさんの様子を見ながら、症状についていくつか質問をした。
「熱が出ることは?」
「あります」
「身体が痛くなったりとか?」
「少しあります」
「食事は?」
「以前よりは食べられなくなりました」
「なるほど……」
俺は真剣に話を聞く。
そして、思った。
――やっぱり、ちゃんと診たほうがいい。
話だけでは分からないこともある。
これから身体を診て――。
「……あれ?」
ミレーさんが、突然小さく声を漏らした。
「どうしました?」
「いえ……」
ミレーさんは自分の胸元に手を当てた。
「なんだか……」
少し不思議そうな顔をする。
「身体が、軽くなった気がします」
「…………」
俺は黙った。
「さっきまで、少し身体が重かったんですけど……」
ミレーさんが立ち上がる。
「……あれ?」
モローさんも驚いている。
「ミレー?」
「身体が……」
ミレーさんは何度か腕を動かした。
そして、ゆっくり歩いてみる。
「……軽い」
「ミレー!」
モローさんが駆け寄る。
「大丈夫なのか?」
「はい……」
ミレーさんは笑った。
「なんだか、今までが嘘みたいです」
俺は、その光景を呆然と見ていた。
「…………」
まったく触っていない。
服も脱がせていない。
身体を診てもいない。
ただ、話をしただけ。
「…………」
頭の中に、さっきの文字が浮かぶ。
『触らなくても治るんだからね。(^_-)』
「…………」
俺は天井を見上げた。
……またか。
また、このパターンか。
俺が何かしようとする前に、勝手に治る。
治癒魔法としては素晴らしい。
患者にとっては、これ以上ないことだ。
でも。
(触らない)
(脱がない)
(見ない)
(……治療完了)
「…………」
俺は静かに目を閉じた。
俺の治癒魔法は、また一段階、進化してしまったらしい。
そして、心の中で叫んだ。
(ふざけんな!!)
(やはり、なんか分からんが色々返せ!!)
……何を返してほしいのかは、自分でもよく分からなかった。




