第十話 旅立ちの日
「神父さん」
「はい?」
「俺、そろそろ村を出ようと思います」
「そうですか」
「一番近い町って、どこですか?」
「ここからなら、アラミという町ですね。歩いて五日ほどかかります」
「五日……」
思ったより遠い。
「ただ、ちょうど明日、商人が村に来る予定があります。町まで乗せてもらえないか、聞いてみましょう」
「本当ですか? 助かります」
「それと、町に着いたら教会を訪ねてください」
「教会ですか?」
「ええ。知り合いの神父がいます。同郷の者ですから、何か困ったことがあれば何でも相談してください」
「分かりました。ありがとうございます」
翌朝。
俺は荷物をまとめ、教会の前に立っていた。
「神父さん。本当にありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ、ケンジさんには大変お世話になりました」
「……また、来てもいいですか?」
「もちろんです。いつでもいらしてください」
「ありがとうございます」
俺は神父さんに頭を下げた。
そして、教会の外へ出る。
「……え?」
そこには、村人たちが集まっていた。
どうやら、俺を見送るために村の人たちが総出で集まってくれたらしい。
「ケンジさん!」
「お気をつけて!」
「ありがとうございました!」
次々に声をかけられる。
その中に――。
「あ」
あの子もいた。
以前、俺が治療した若い女性だ。
目が合う。
向こうも笑って手を振ってくれる。
俺も手を振り返した。
(……俺、あの子の裸を見たんだよな)
そう思った瞬間。
「……へへ」
思わずニヤけてしまう。
「ケンジさん?」
「いや、なんでもないです」
俺は慌てて表情を戻した。
そして、村の外で待っていた荷馬車へ向かった。
「あなたがケンジさんですか?」
御者の男が声をかけてきた。
「はい」
「モローさんから話は聞いてます。町まででしたら、どうぞ」
「ありがとうございます!」
商人のモローさん。
御者はギレンさん。
そして、荷台には従者が一人乗っていた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
俺は荷馬車に乗り込んだ。
やがて、荷馬車がゆっくりと動き始める。
俺は振り返り、村を見る。
神父さんや村の人たちが、まだ手を振っている。
俺も手を振り返した。
やがて村が小さくなっていく。
実験のために作りすぎてしまった魔法薬は、すべて村に置いてきた。
水で薄めると効果が落ちることが分かったので、畑に撒いてもらうことにしたのだ。
――その後。
この名もなき村は、数十年にわたって豊作を続けることになる。
やがて村は農業の聖地として知られるようになり、遠くから農業を学びに来る者まで現れるようになった。
もっとも――。
当時のケンジは、そんなことになるとは知る由もなかった。
「……さて」
俺は前を向く。
「町って、どんなところなんだろうな」
こうして俺は、町へ向かって出発した。




