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第41話 自らの掟で

「第六皇子……カシアン、殿下」


 重臣の一人が、かすれた声で言った。


「六年前に、病死されたはずの……」


「生きていた」


 カシアンは言った。よく通る、皇族の声で。六年間、押し殺していた声を、初めてそのまま出していた。


「六年前、私は、玉座のぎょくざのぎの前に毒を盛られた。……勝ち目のない皇子を消す。よくある手だ。私は、抵抗しなかった。抵抗すれば、私の『影』の弟が盾にされる。だから、飲んだ」


 彼は、大広間を見渡した。


「だが、私は死ななかった。……誰かが、私を生かした。棺の底板を大きく書いた、誰かが」


 *


 カシアンの目が、私を見た。


 私は、その視線を受け止めた。


 誰も知らない。あの三行を書いたのが、私だと。カシアンと私だけが、知っている。この、六年越しの繋がりを。


「私は、儀に出なかった」


 カシアンは、続けた。


「だから、私の手は、きょうだいの血で汚れていない。私は、儀に敗れてもいない。……死んだことになっていただけだ」


 彼は、崩れ落ちた皇帝を見下ろした。


「父上」


 皇帝オズヴァルトは、カシアンの実の父だ。三十年前、鑑定を書き換え、姉から宝子たからごの座を奪って、玉座に就いた男。その、六番目の宝子として生まれたのが、カシアンだった。


「あなたは、鑑定を書き換えて、玉座を奪った。そして、儀のたびに、自分の子らを殺し合わせ、玉座を守ってきた。……その掟で、私も殺されるはずだった」


 *


「儀の血は、正直でなければならぬ」


 カシアンは、皇帝の言葉を繰り返した。


「あなたが掲げてきた、掟です。……その掟に、あなた自身がいちばん背いた。鑑定を書き換え、姉君を消し、玉座を奪った。儀の血を、金と嘘で穢したのは、あなたです」


 彼は、大広間の重臣たちを見渡した。


「この国の掟に従うなら。儀の血を穢した者は、どうなりますか」


 重臣の一人が、震える声で答えた。


「……斬首。儀を穢した罪」


 半年前、ドラークスが、その罪で死んだ。第三皇女を、儀の前に消そうとした、その罪で。


 だが、皇帝は、それよりはるかに大きく、儀を穢していた。三十年前、玉座そのものを、偽りの鑑定で奪ったのだから。


 *


「父上」


 カシアンは言った。


「あなたは、自らの掟によって裁かれます。……儀の血を穢した罪。あなたが、ドラークスを裁いたのと、同じ罪で」


 皇帝は、玉座の前で震えていた。


「私は皇帝だ……皇帝を裁く者など……」


「玉座は、もう、あなたのものではありません」


 カシアンは言った。


「あなたの玉座は、偽りの鑑定の上に立っていた。その鑑定が偽りだと、証明された、いま。……あなたは、ただの簒奪者です。三十年前に、姉君から玉座を奪った」


 彼は、重臣たちを見た。


「私は、儀に敗れていない、正統な血。そして、儀の血を穢していない、唯一の皇族です。……この玉座を継ぐ資格は、私にあります」


 *


 重臣たちが動いた。


 結社の工作員だけでは、なかった。証拠を検めた重臣たちが、次々と、カシアンの側に立った。


 三十年、皇帝に従ってきた者たちも。皇帝の簒奪の証拠を、目の当たりにして。そして、皇帝の縛りが簿外ぼがいの女に跳ね返された、その光景を見て。


 もはや、皇帝を支える者は、いなかった。


 衛兵が、皇帝の腕を取った。


 三十年前、皇帝が、姉を修道院へ送ったように。半年前、皇帝が、ドラークスを台へ送ったように。今度は、皇帝が引き立てられていく。


 自らの掟で。


 *


 皇帝の処刑は、その七日後だった。


 処刑広場。毎月一日に貼り替えられる、日程表。その三段目に、皇帝の名があった。


 オズヴァルト。儀を穢した罪。斬首。


 群衆が集まった。かつての皇帝の処刑を見るために。屋台の豆。笑い声。誰もが楽しそうだった。


 この国は、変わっていない。まだ。命は軽いまま。処刑は興行のまま。


 だが。


 私は、人垣の後ろに立っていた。


 そして、笑わなかった。


 *


 ただ一人、笑わない女として、私は、その処刑を見ていた。


 皇帝が、台に乗せられた。三十年、この国を支配してきた男。いま、名もなき囚人として、斧を待っている。


 私は、思った。


 この景色を変える。


 処刑が興行でなくなる国に。命が軽くない国に。名前を取り上げられない国に。誰もが笑わずに済む国に。


 斧が上がった。


 群衆が静まった。


 斧が落ちた。


 群衆が沸いた。


 私は目を逸らさなかった。そして、笑わなかった。


 この国を変えるまで、私は終わらない。

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