第39話 上演(二)
「――止めよ!」
皇帝が、玉座から立ち上がった。
「その劇を止めよ! 不敬である!」
衛兵が動いた。舞台へ向かおうとした。
だが、その瞬間、大広間のあちこちで、貴族たちが立ち上がった。
結社が、貴族の家に植えた「宝子」たち。何年もかけて送り込まれた工作員。彼らが、いっせいに動いた。大広間の扉を、内側から押さえた。衛兵の動きを遮った。
舞台の劇は、止まらなかった。
*
舞台の上で、証拠が開かれた。
握り潰された、鑑定の束。
劇団員が、それを掲げた。本物だ。師が集めた、握り潰された鑑定の写し。そして、皇帝の姉、イレーナの鑑定。三十年前の、器の記録。姉のほうが上だった、その記録。
私が、師の隠し書庫から持ち出したもの。
それが、いま、帝国じゅうの重臣の前で開かれた。
「陛下の鑑定は、書き換えられました」
舞台の上の役者が言った。だが、それは、もはや劇ではなかった。
「本当の宝子は、姉君、イレーナ様。……陛下は次点でした。鑑定を書き換えて、宝子の座を奪い、玉座に就かれた」
*
重臣たちがどよめいた。
「証拠がある!」
誰かが叫んだ。
「あの鑑定の束を検めよ!」
結社の工作員たちが、束の写しを重臣たちに配り始めた。一枚、また一枚。証拠が、大広間じゅうに広がっていく。
皇帝が、それを握り潰すことは、できなかった。
もう、遅い。一枚なら握り潰せた。だが、帝国じゅうの重臣の手に渡った証拠を、全部握り潰すことは、できない。
記録が、現実に勝つ、この国で。
その記録を大量に開いてしまえば。皇帝でも、なかったことにはできない。
――最後に、紙を握っている者が、真実を決める。
戦略の第二条。かつて、ドラークスを追い落としたときに使ったのと、同じ理屈だ。
いま、紙を握っているのは、皇帝ではない。この大広間の全員だ。ひとりが握る一枚なら、奪える。だが、千の手に渡った紙は、もう誰にも握り潰せない。
*
「偽りだ!」
皇帝が叫んだ。
「その鑑定は、偽造だ! 誰かが、私を陥れようと……!」
「偽造では、ございません」
声がした。
大広間の隅から。
老人が進み出た。ルーカス。かつて鑑定官だった男。
「儂は、五十年、鑑定官を務めました」
老人の声は、震えていたが、はっきりと通った。
「三十年前、儂は、若き鑑定官として、帝室の鑑定に立ち会いました。……イレーナ様の器が、オズヴァルト様より上だったことを、この目で見ました」
*
大広間が静まった。
ルーカスは、続けた。
「鑑定は書き換えられました。儂は、それを知りながら、黙っていました。……五十年、儂は、教義に従い、本当は宝子だった子を添え子と記し続けました。その罪の証拠が、これです」
彼は、束を掲げた。
「呪いの実りは、ひとつ、という教義は、嘘です。実りは、ふたつのことも、三つのこともある。……国は、それを握り潰してきた。陛下の鑑定も、その握り潰しのひとつです」
重臣たちが、束を検めていた。鑑定官の署名。計器の生の数字。何十枚もの証拠。
誰の目にも、それが本物だと、分かった。
*
皇帝は、玉座の前に立ち尽くしていた。
三十年、この国を支配してきた男。儀の血の正直を、掟として掲げてきた男。その男が、いちばん儀の血を穢していた。
「儀の血は、正直でなければならぬ」
私は、大広間の隅から、静かに言った。
覆面の下から。潰した声で。
皇帝の目が、私を探した。誰が言ったのか。
「命の軽いこの国で。……たったひとつ、穢してはならないもの。それが、儀の血の正直さです。陛下は、それを金と書き換えで買いました」
私は、一歩進み出た。
「あなたの玉座は、偽りの鑑定の上に立っています」
*
皇帝の目が、私を捉えた。
「……そなたは、室長代理」
「はい」
「そなたが、これを仕組んだのか。皇族を殺し、この劇を書き……」
「私は、誰も殺していません」
私は言った。
「皇族の方々は、互いに殺し合いました。玉座の儀の常です。……私は、ただ道を作っただけ。この劇も、真実を並べただけ。嘘は、一行もありません」
私は、皇帝を見た。
「――その、玉座の物語の結末を、ご存じですか」
大広間じゅうが静まり返った。
「書いたのは、私です」




