第38話 上演(一)
冬至。
いちばん、夜の長い日。
皇宮の大広間に、帝国じゅうの重臣が、集まった。
玉座の儀の、開幕式典。玉座には、皇帝オズヴァルトが、座っている。老いた体を、豪奢な礼服に、包んで。その周りに、重臣たちが、居並ぶ。
残った皇族——第八皇女と、第七皇子も、末席に、いた。だが、二人とも、玉座を継ぐには、弱すぎる。誰もが、それを、知っていた。
この儀は、事実上、空の玉座を、めぐる、形だけの、儀式だった。
*
私は、大広間の、隅にいた。
室長代理として、皇帝に、召し出されていた。皇帝は、私を、見張っている。皇族の相次ぐ死を、疑って。だから、この式典にも、私を、そばに、置いた。
好都合だった。
私は、この場に、いなければ、ならない。上演の、進行を、見届けるために。
覆面の下で、私は、大広間を、見渡した。
高い場所の、皇帝。居並ぶ、重臣。そして、大広間の中央に、しつらえられた、舞台。
*
式典が、始まった。
皇帝が、玉座から、立ち上がり、儀の開始を、宣言した。声は、老いていたが、威厳は、あった。三十年、この国を、支配してきた者の、声だ。
「先帝の、御代より、玉座は、血によって、受け継がれてきた」
皇帝は、言った。
「儀の血は、正直で、なければならぬ。……これが、我が帝国の、揺るがぬ、掟である」
私は、その言葉を、聞いた。
儀の血は、正直でなければならぬ。
あなたが、いちばん、それを、穢した。
*
宣言のあと、余興の劇が、始まった。
宮廷の劇団が、舞台に、上がった。先帝の武勲を、再現する劇。三十年、変わらない、しきたり。
劇団の中に、結社の工作員が、いた。貴族の家に「宝子」として植えられた者。ミレナが、当日、楽屋に、運んだ台本。劇団は、それを、受け取り、差し替えた。
皇帝は、気づいていない。
重臣たちも、気づいていない。
誰も、これが、普通の武勲劇ではないことを、知らない。
*
劇は、先帝の、若き日から、始まった。
先帝が、玉座の儀を、勝ち抜く、その物語。きょうだいと、殺し合い、最後に、立った者として、玉座に、就く。
重臣たちは、退屈そうに、見ていた。毎年、同じ劇だ。誰も、真剣には、見ていない。
だが、劇が、進むにつれて。
舞台の上の物語が、少しずつ、ずれ始めた。
*
先帝の、武勲劇のはずが。
いつのまにか、別の、玉座の儀の物語に、なっていた。
三十年前の、玉座の儀。先帝の、子どもたちの、儀。
舞台の上に、二人の、皇子と皇女が、現れた。器を、測られる場面。鑑定官が、計器を、覗き込む。
そして、鑑定官が、告げる。
「――この二人、器、ほぼ同じ」
*
重臣たちの、何人かが、顔を、上げた。
三十年前の、玉座の儀。それは、いまの皇帝オズヴァルトの、儀だ。
舞台の上の鑑定官が、続けた。
「姉のほうが、わずかに、上。……姉が、宝子である」
大広間が、ざわめいた。
舞台の上で、姉が、宝子と、認定される。弟——オズヴァルトを、演じる役者——は、次点とされる。
だが、次の場面で。
鑑定官が、夜、ひとりで、鑑定簿を、書き換える。姉の数字を、下げ、弟の数字を、上げる。
「――呪いの実りは、ひとつ」
役者が、皇帝と、同じ言葉を、口にした。
「弟を、宝子と、記す。姉を、次点に。……そう、命じられた通りに」
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大広間が、静まり返った。
重臣たちの目が、舞台と、玉座を、交互に、見た。
舞台の上で、鑑定を書き換えられた弟が、玉座に就く。姉は、修道院へ、送られる。三年後、病死。遺体、確認されず。
そして、舞台の上の弟——新しい皇帝は、玉座から、宣言する。
「儀の血は、正直で、なければならぬ」
役者が、その言葉を、言った瞬間。
大広間の、全員の視線が、玉座の、本物の皇帝に、集まった。
皇帝オズヴァルトの顔から、血の気が、引いていた。




