↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/43

第37話 式典前夜

 イグナが処刑された。


 私は、その台の下に駆け込むことは、しなかった。半年前、私が生き延びたように、彼女を生かすことはできなかった。彼女は防諜の手にあり、皇帝直属の牢から直接、台へ送られた。手の出しようが、なかった。


 私は、人垣の後ろで、それを見ていた。


 群衆が湧いていた。屋台の豆。笑い声。誰もが楽しそうだった。


 その中で、私だけが笑わなかった。


 *


 台の上のイグナは、最後まで目を閉じなかった。


 彼女の唇が動いていた。何かを唱えていた。声は聞こえなかった。だが、私には分かった。


 二十七人の名前だ。


 彼女が逃がした人間の名前を、一人ずつ唱えていた。番号ではなく。名前で。


 斧が落ちた。


 群衆が沸いた。


 私は目を逸らさなかった。


 *


 イグナは死んだ。


 だが、彼女は名簿を燃やした。逃がした二十七人を守った。そして、尋問で何も言わなかった。結社は露見しなかった。計画は生きている。


 彼女は、命がけで未来を守った。


 私は、その未来を無駄にはしない。


 *


 式典の前夜。


 私は、結社の隠れ家で、ルーカス翁とヨナと向き合った。


 イグナがいない。運び役を失った。当日、劇団の楽屋へ台本を運ぶ者がいなくなった。


「わたしが運びます」


 声がした。


 振り返ると、ミレナが立っていた。


 *


「ミレナ」


 私は驚いた。


 妹は、この二月ですっかり回復していた。頬に赤みが戻り、目に光が戻っていた。名前を取り戻した子は、驚くほど早く人に戻った。


「あなたは、まだ体が」


「もう大丈夫です」


 ミレナは言った。


「ねえさま。わたし、聞きました。イグナさんのこと。……逃がした人を守って、死んだって」


 彼女の目に、涙が光った。


「わたしも番号でした。七六二。……ねえさまが、名前を返してくれた。イグナさんが命がけで守ろうとしたのは、わたしみたいな人が、もう生まれない国なんですよね」


 *


「だから、わたし、やります」


 ミレナは言った。


「当日、劇団の楽屋に台本を運びます。……わたし、炉にいました。炉の書類の扱い方を知っています。イグナさんに教わりました。怪しまれずに運べます」


「危険です」


 私は言った。


「露見すれば、あなたも、イグナのように」


「知っています」


 ミレナは微笑んだ。イグナと同じ微笑みだった。


「でも、わたし、番号じゃないので」


 私は、その言葉に言葉を失った。


 わたし、番号じゃないので。


 名前を持つ者は、強い。イグナが、そうだったように。ミレナも名前を取り戻して、強くなった。


 *


 私は、ミレナを抱きしめた。


「……ありがとう」


「ねえさま」


 妹が、私の腕の中で言った。


「兄さまは、わたしたちを守ろうとして、死んだんですよね。心をわれながら。……最後まで」


 私は頷いた。


「わたしたちがいなくならない世界に、しましょう」


 妹は言った。


「番号で呼ばれない世界に。名前を取り上げられない世界に。……イグナさんが守ろうとした、その世界に」


 *


 その夜、私はカシアンに会った。


 石段ではなかった。結社の隠れ家で。


 彼は鉄の面を外していた。もう、私の前では素顔だ。


「明日、上演する」


 私は言った。


「式典の劇を、皇帝の断罪劇にすり替える。証拠を、帝国じゅうの重臣の前で開く。……皇帝が握り潰せない場所で」


「危険だ」


 カシアンが言った。


「露見すれば、お前も俺も、終わる」


「はい」


 私は言った。


「でも、これが最後の機会です。冬至の儀。帝国じゅうが集まる。皇帝の、いちばん油断する日。……この日を逃せば、次はありません」


 *


「ザーラ」


 カシアンが、私の名を呼んだ。


「明日、俺はどうすればいい」


「あなたは、待っていてください」


 私は言った。


「上演が進んで、皇帝が断罪されたとき。その瞬間に、あなたが現れる。……死んだはずの第六皇子が。生きて。儀に敗れていない、正統な血として」


 私は彼を見た。


「皇帝が倒れ、玉座が空になる。その空いた玉座に、あなたが立つ。……そして、宣言する。この国を変える、と」


 カシアンは、長いこと私を見ていた。


 それから、言った。


「お前は、その時どこにいる」


 私は少し黙った。


「三歩、後ろに」


 私は言った。


「道具は、主人の三歩後ろに立ちます。……私は、あなたの影として、その場にいます」


 カシアンは首を振った。


「違う」


 彼は、私の手を取った。手袋越しに、簿外ぼがいの刻印に触れた。


「お前は、影じゃない。……隣だ。俺の隣に立て」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。