第34話 勝つ道
勝つ道を書け。
カシアンの、その言葉を、私は机の上で何度も反芻した。
逃げ道ではない。勝つ道。この国を変える道。
私は全体の絵を描き始めた。
玉座を空にする。皇帝を断罪する。カシアンを玉座に座らせる。この国の教義と制度を書き換える。
その全部を一枚の絵にするには、まだ足りないものがあった。
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皇帝を断罪する場所だ。
皇帝は、記録を握る側だ。私が握り潰された鑑定の束を突きつけても、皇帝は、それを握り潰せる。新しい書き換えで。証拠を、なかったことにできる。
だから、証拠を、皇帝が握り潰せない場所で開かねばならない。
帝国じゅうが見ている場所で。
冬至の玉座の儀。
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玉座の儀は、儀そのものだけではない。
儀に先立って、開幕の式典がある。皇宮の大広間に、帝国じゅうの重臣が集まる。皇帝が、儀の開始を宣言する。そして、余興として、宮廷の劇団が、先帝の武勲を再現する劇を奉納する。
三十年、変わらないしきたりだ。
私は、その式典を使う。
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式典で奉納される劇。
その台本を書き換える。
先帝の武勲の劇が進むにつれて、少しずつ、別の物語にすり替わっていく。三十年前の、玉座の儀の物語に。皇帝オズヴァルトが、鑑定を書き換え、姉から宝子の座を奪い、玉座に就いた、その物語に。
証拠は、舞台装置として開示する。握り潰された鑑定の束。皇帝の姉の記録。師の遺した注釈。
帝国じゅうの重臣が見ている前で。
皇帝が握り潰せない場所で。
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だが、それには、劇団を動かさねばならない。
宮廷の劇団は、皇帝の監視下にある。台本を勝手に書き換えれば、上演前に露見する。
私は結社に頼った。
結社は、貴族の家に「宝子」として植えた工作員を持っている。教義の嘘で、本当は宝子だったのに添え子とされた子を、養子縁組の抜け道で、貴族の家に送り込んでいた。何年もかけて。
その工作員の中に、宮廷の劇団と繋がりを持つ者がいた。
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私は結社の隠れ家で、ルーカス翁と、ヨナと、イグナに計画を話した。
「式典の劇を書き換えます。劇団に、結社の工作員を送り込む。上演の当日、劇を、皇帝の断罪劇にすり替える」
「危険だ」
ヨナが言った。
「劇団を動かせば、足がつく。皇帝の監視は厳しい」
「だから、当日まで誰にも悟らせません」
私は言った。
「台本は、私が書く。工作員に渡すのは、当日。それまで、劇団は普通の先帝武勲劇を稽古する。当日、差し替える」
イグナが口を開いた。
「差し替えの運び役は、わたしがやります」
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「イグナ」
私は彼女を見た。
書記の女。元簿外。名前を得て、炉に戻り、人を逃がしてきた女。
「危険です」
「危険なのは、みんな同じです」
イグナは静かに言った。
「わたしは、炉で書記をしています。宮廷にも、書類を運びます。……当日、劇団の楽屋に台本を運ぶのは、わたしがいちばん怪しまれない」
彼女は微笑んだ。
「わたし、逃がすのは得意ですから。……紙一枚運ぶくらい、なんでもない」
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私はその言葉に頷いた。
だが、胸の奥に小さな不安が残った。
この計画には、露見の危険がある。皇帝は私を見張っている。皇族がこれ以上死ねば、私の首が飛ぶ。そして、劇の差し替えは露見すれば、結社全体を危険にさらす。
私は、失敗の設計を入れた。
もし、差し替えが露見したら。もし、誰かが捕らえられたら。少なくとも、他の者は逃げられるように。証拠の束は、複数の場所に写しを分けた。ひとつが押さえられても、別のひとつが残るように。
だが。
人の心の動きだけは、設計できない。
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式典まで、あと二十日。
私は台本を書いた。
先帝の武勲劇が、少しずつ、三十年前の玉座の儀の物語にすり替わっていく台本。役者が、皇帝と同じ言葉で、同じことを語り始める台本。
証拠を、舞台装置として開示する、その順番。重臣たちが、一場面ごとに青ざめていく、その計算。
私は、それを書きながら思っていた。
これは、私が書く最後の戦略だ。
十年あまり、私は他国を潰す戦略を書いてきた。人を、紙の上で殺してきた。
この戦略は、違う。
この戦略は、この国を生かすためのものだ。
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台本を書き上げた夜。
私は、廃屋の机で羽根ペンを置いた。
窓の外が白み始めていた。
冬至が近い。いちばん夜の長い日。その日に、この国のいちばん長い夜が明ける。
私は、書き上げた台本を封じた。
これを、イグナが運ぶ。当日、劇団の楽屋へ。
すべてが、うまくいけば。
二十日後、この国は変わる。
私は目を閉じた。
うまくいってくれ。
私が、これまで一度も神に祈ったことのない、その祈りを、初めて心の中で唱えた。




