表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/43

第30話 半分は、おまえのだった

 私はその夜、眠れなかった。


 本当は宝子だった。


 その事実は、私のこれまでの人生のすべてを裏返した。


 注ぎで搾られた、二十年。名前を奪われた、二十年。道具として生きた、二十年。そのすべてが、一枚の紙の書き間違いのようなものの上に乗っていた。


 いや、書き間違いですらない。父は知っていて書いた。教義に従って。


 *


 私は掌を見た。


 手袋を外して。簿外の刻印の上に、月の光が落ちている。


 二年前、兄が死んだ夜。この掌の奥で堰が切れた。移り、と呼ばれるもの。兄の力と器が私に移った。


 だが——本当に移ったのだろうか。


 私は初めて疑った。


 もし、私がもともと宝子だったのなら。私の器が兄とほとんど同じだったのなら。


 二年前に、私の中で目覚めたものは、兄から「移った」ものではなく――もともと私のものだったのではないか。


 *


 ――半分は、おまえのだった。


 兄の最後の言葉。


 ずっと、意味が分からなかった。力の話か、それとも別のことか。


 いま分かった。


 半分は、おまえのだった。


 文字通りの意味だった。


 増やされた魔力は、双子の両方に宿った。半分は兄に。半分は私に。だが、教義はそれを許さない。だから、私の半分は封じられ、添え子とされた。


 私の半分の力は二十年、私の器の底に眠っていた。搾られても搾られても、なくならなかった。搾られていたのは上澄みだけ。底には、宝子の半分が封じられたままあった。


 *


 では、兄が死んだ夜に目覚めたものは何か。


 私は考えた。


 兄が死んで、私の中の封じられた半分が目覚めた。それは確かだ。


 だが、それだけではない。


 あの夜、私の器は、私の半分だけでは説明できないほど深くなった。海のようだ、と感じた。私の半分と兄の半分が、ひとつになったような。


 ――兄も、私に力を遺したのだ。


 *


 ルーカス翁の言葉を思い出した。


 奪った力は、心を喰う。だが、贈られた力は、喰わない。


 注ぎで、私が兄に「奪われて」いた力は、兄の心を喰った。だから兄は、感情を失っていった。


 だが、兄が死ぬ間際に私に「贈った」力は、違う。


 あれは、奪ったものではない。兄が自分の意思で、私に返したものだ。


 ――半分は、おまえのだった。


 だから返す。


 兄はそう言って、私から二十年、奪い続けた力を死ぬ間際に私に返した。それが、移り、と呼ばれた現象の正体だった。


 *


 私は泣いた。


 兄のために。


 ヴェイトは知っていた。私が本当は宝子だったことを。父から聞いていたのかもしれない。あるいは、自分の器と私の器が同じだと感じていたのかもしれない。


 だから、兄は私に冷たくなれなかった。


 他の宝子は、添え子のきょうだいを道具として扱う。心を喰われて、平気でそうする。だが、ヴェイトはしなかった。私を壁側に歩かせず、字を教え、食べ物を分けた。


 私が、本当は自分と同じ宝子だと知っていたから。


 自分だけが宝子とされ、私が添え子とされた、その理不尽を、兄はずっと背負っていた。


 *


 そして、兄は縛りを、一度も使わなかった。


 宝子は、添え子に縛りをかけられる。行動を封じ、命を握る呪い。兄も私に、縛りをかけることができた。


 だが、しなかった。


 一度も。


 私は兄の縛りを受けなかった。だから、私の力は封じられずに、器の底に眠り続けた。もし兄が私に縛りをかけていたら、私の宝子の半分は、押さえつけられて目覚めなかったかもしれない。


 兄は私を縛らなかった。


 愛していたから。


 *


 ――縛られなかったから、私の力は守られた。


 私は思い当たった。


 縛りには、二つの姿がある。ひとつは、ドラークスのように、かけられた縛りが器の深さで逆転して、守護に反転する場合。私の器が彼より深かったから、彼の鎖は私の鎧になった。


 もうひとつは、そもそも縛られなかった場合だ。


 兄は私に、縛りをかけなかった。愛して、かけなかった。だから、私の宝子の半分は、押さえつけられることなく、器の底で眠り続けられた。かけられた鎖が反転したのではない。かける手が、最初から下ろされていた。……その「縛らなかった」という選択が、長いあいだ、器の底で私の半分を生かし続けた。


 弟は、注ぎで搾り尽くされて死んだ。ミレナも搾られて、番号になった。


 だが、私だけは生き延びた。


 兄が私を縛らなかったから。愛して、力を返そうとし続けていたから。


 *


 私は掌を握った。


 温かかった。


 この温かさが、兄のものなのか、私のものなのか、もう分からない。分ける必要もない。


 半分は、おまえのだった。


 兄は私に、力を返した。心を喰われながら最後まで消えなかった、たったひとつの愛とともに。


 その力を、私は二年間、一度も使わなかった。使えば露見して、妹が死ぬから。


 だが、いま妹は助かった。名前を取り戻した。


 そして、私は玉座に手をかけようとしている。


 この力を、いつか使う日が来るかもしれない。


 だが。


 私は決めていた。


 これを、剣にはしない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ