第30話 半分は、おまえのだった
私はその夜、眠れなかった。
本当は宝子だった。
その事実は、私のこれまでの人生のすべてを裏返した。
注ぎで搾られた、二十年。名前を奪われた、二十年。道具として生きた、二十年。そのすべてが、一枚の紙の書き間違いのようなものの上に乗っていた。
いや、書き間違いですらない。父は知っていて書いた。教義に従って。
*
私は掌を見た。
手袋を外して。簿外の刻印の上に、月の光が落ちている。
二年前、兄が死んだ夜。この掌の奥で堰が切れた。移り、と呼ばれるもの。兄の力と器が私に移った。
だが——本当に移ったのだろうか。
私は初めて疑った。
もし、私がもともと宝子だったのなら。私の器が兄とほとんど同じだったのなら。
二年前に、私の中で目覚めたものは、兄から「移った」ものではなく――もともと私のものだったのではないか。
*
――半分は、おまえのだった。
兄の最後の言葉。
ずっと、意味が分からなかった。力の話か、それとも別のことか。
いま分かった。
半分は、おまえのだった。
文字通りの意味だった。
増やされた魔力は、双子の両方に宿った。半分は兄に。半分は私に。だが、教義はそれを許さない。だから、私の半分は封じられ、添え子とされた。
私の半分の力は二十年、私の器の底に眠っていた。搾られても搾られても、なくならなかった。搾られていたのは上澄みだけ。底には、宝子の半分が封じられたままあった。
*
では、兄が死んだ夜に目覚めたものは何か。
私は考えた。
兄が死んで、私の中の封じられた半分が目覚めた。それは確かだ。
だが、それだけではない。
あの夜、私の器は、私の半分だけでは説明できないほど深くなった。海のようだ、と感じた。私の半分と兄の半分が、ひとつになったような。
――兄も、私に力を遺したのだ。
*
ルーカス翁の言葉を思い出した。
奪った力は、心を喰う。だが、贈られた力は、喰わない。
注ぎで、私が兄に「奪われて」いた力は、兄の心を喰った。だから兄は、感情を失っていった。
だが、兄が死ぬ間際に私に「贈った」力は、違う。
あれは、奪ったものではない。兄が自分の意思で、私に返したものだ。
――半分は、おまえのだった。
だから返す。
兄はそう言って、私から二十年、奪い続けた力を死ぬ間際に私に返した。それが、移り、と呼ばれた現象の正体だった。
*
私は泣いた。
兄のために。
ヴェイトは知っていた。私が本当は宝子だったことを。父から聞いていたのかもしれない。あるいは、自分の器と私の器が同じだと感じていたのかもしれない。
だから、兄は私に冷たくなれなかった。
他の宝子は、添え子のきょうだいを道具として扱う。心を喰われて、平気でそうする。だが、ヴェイトはしなかった。私を壁側に歩かせず、字を教え、食べ物を分けた。
私が、本当は自分と同じ宝子だと知っていたから。
自分だけが宝子とされ、私が添え子とされた、その理不尽を、兄はずっと背負っていた。
*
そして、兄は縛りを、一度も使わなかった。
宝子は、添え子に縛りをかけられる。行動を封じ、命を握る呪い。兄も私に、縛りをかけることができた。
だが、しなかった。
一度も。
私は兄の縛りを受けなかった。だから、私の力は封じられずに、器の底に眠り続けた。もし兄が私に縛りをかけていたら、私の宝子の半分は、押さえつけられて目覚めなかったかもしれない。
兄は私を縛らなかった。
愛していたから。
*
――縛られなかったから、私の力は守られた。
私は思い当たった。
縛りには、二つの姿がある。ひとつは、ドラークスのように、かけられた縛りが器の深さで逆転して、守護に反転する場合。私の器が彼より深かったから、彼の鎖は私の鎧になった。
もうひとつは、そもそも縛られなかった場合だ。
兄は私に、縛りをかけなかった。愛して、かけなかった。だから、私の宝子の半分は、押さえつけられることなく、器の底で眠り続けられた。かけられた鎖が反転したのではない。かける手が、最初から下ろされていた。……その「縛らなかった」という選択が、長いあいだ、器の底で私の半分を生かし続けた。
弟は、注ぎで搾り尽くされて死んだ。ミレナも搾られて、番号になった。
だが、私だけは生き延びた。
兄が私を縛らなかったから。愛して、力を返そうとし続けていたから。
*
私は掌を握った。
温かかった。
この温かさが、兄のものなのか、私のものなのか、もう分からない。分ける必要もない。
半分は、おまえのだった。
兄は私に、力を返した。心を喰われながら最後まで消えなかった、たったひとつの愛とともに。
その力を、私は二年間、一度も使わなかった。使えば露見して、妹が死ぬから。
だが、いま妹は助かった。名前を取り戻した。
そして、私は玉座に手をかけようとしている。
この力を、いつか使う日が来るかもしれない。
だが。
私は決めていた。
これを、剣にはしない。




