第29話 一枚の鑑定
私は束を、廃屋へ持ち帰った。
一枚ずつ、丁寧に読んだ。
師が何十年もかけて集めた、握り潰された鑑定。ルーカス翁のものと合わせれば、この国の隠された真実の全体像が見えてくる。
教義は嘘だ。
呪いの実りは、ひとつではない。ふたつのことも三つのこともある。だが鑑定官は教義に合わせて書く。ひとりを宝子に、残りを添え子に。計器がどう跳ねようと。
国中の添え子の中に、本当は宝子だった者が埋もれている。
*
束の後半に、皇帝の姉のその後が記されていた。
師の細い字で。
『次点とされた姉、名をイレーナ。オズヴァルトの即位後、修道院へ送られる。三年後、病死と記録。……遺体、確認されず』
遺体、確認されず。
この国で、その言葉が何を意味するか、私は知っている。
病死と記録されて遺体が確認されない者は、たいてい生きている。あるいは密かに殺されている。どちらにしろ、記録の上では死んでいる。
皇帝の姉。
本当は宝子だったかもしれない女。オズヴァルトに玉座を奪われた女。
*
私はその名を覚えた。イレーナ。
いつか、この名が必要になる。
束を繰り続けた。
そして、いちばん奥に一枚、他とは違う紙を見つけた。
新しい紙だった。他の鑑定は古い。だが、この一枚だけ比較的新しい。二十年ほど前のもの。
私はその紙を見た。
*
見覚えのある名だった。
鑑定官の署名。
父の名だった。
私の父の筆跡。私はそれを覚えている。子どもの頃、父が帳面に書いていた字。夜、酒を飲みながら同じ頁を繰っていた、あの手の字。
その父が書いた鑑定。二十年前の。
私は、その器の数字を見た。
*
四人の子ども。
ひとり目の数字が飛び抜けて高い。計器が跳ねた記録。
ふたり目の数字が――ひとり目と、ほとんど同じ高さだった。
二度、同じ高さで跳ねた。
鑑定の日、父の同僚が碁の脇で漏らした言葉。「同じ数字が二度。二度とも同じ高さで止まった。二十年やって初めてだった」
これだ。
*
紙のいちばん下に、二つの名前が記されていた。
いや、名前ではない。添え子に名前はない。
番号と続柄が記されていた。
そして、その二人の器の記録の脇に、鑑定官の——父の——注釈があった。
震えた字だった。
『長子ヴェイト、宝子と認む。次子――』
次子。
私だ。
その続きを、私は読んだ。
『次子。器、長子とほぼ同値。……呪いの実りは、ひとつ。故に、添え子と記す』
*
私は、その一行を何度も読んだ。
器、長子とほぼ同値。
私の器は兄と、ほとんど同じだった。二度、計器が同じ高さで跳ねた。
本当は、私も宝子だったのだ。
ヴェイトと私。双子とも宝子。
だが、教義はそれを許さない。呪いの実りは、ひとつ。だから父は書いた。ひとりを宝子に、もうひとりを添え子に。
わずかな差で、ヴェイトが宝子になった。あるいは、差などなかったのかもしれない。父がどちらかを選んだ。長子のほうを。
私は、添え子と記された。
*
記されたから、添え子になった。
順番が逆だったのだ。
私は添え子として生まれたのではない。添え子と書かれたから、添え子になった。この国では、記録が現実に勝つ。事実と記録が食い違えば、直されるのは事実のほう。
私の器は宝子だった。
だが、簿が添え子と書いた。だから私は二十年、添え子として生きた。注ぎで搾られ、名前を奪われ、道具として売られた。
本当は、家を興せるだけの器を持っていたのに。
*
私はその紙を握りしめた。
父が、なぜ二十年、酒を飲みながら同じ言葉を繰り返していたのか。
――呪いの実りは、ひとつだ。
あれは、教義を唱えていたのではなかった。
言い聞かせていたのだ。自分に。娘を、添え子に落とした自分に。
父は知っていた。私が本当は宝子だったことを。知っていて教義に従い、私を添え子と記した。そして、その罪の意識に二十年、酒で蓋をし続けた。
目が合うたびに、目を逸らした。
逸らさずにはいられなかったのだ。
*
私はその紙を束に戻した。
国の嘘と、私自身の奪われた生得。それが同じ棚に眠っていた。
師は、これを知っていた。私を戦略室に迎えたとき、師は私の出自を調べたのだろう。そして、この鑑定を見つけた。双子とも宝子だった、その記録を。
だから、師は私に、あの言葉を遺した。
――お前は、この部屋でいちばん危ういものを持っている。一度見たものを忘れない目だ。知りすぎた道具は、捨てられる。
師は、私がいつか、この鑑定に辿り着くことを知っていた。
そして、鍵を託した。
この国のいちばん深い嘘へと、通じる鍵を。




