第28話 師の鍵
私は、廃屋の机の引き出しから、鍵を取り出した。
黒くて、小さくて、飾りのない鍵。掌の上で、思ったより重い。
十一年、私はこれを、どこの鍵とも知らずに持っていた。師が、死ぬ前に握らせた。「持っておけ。使う日が来なければ、それでいい」と。
使う日が、来たのかもしれない。
*
鍵の形を、私はじっと見た。
私の目は、一度見たものを忘れない。この鍵の、歯の形、軸の太さ、頭の意匠。すべて覚えている。
だが、覚えていても、どこの鍵かは分からなかった。
鍵は、対になる錠がなければ意味がない。この鍵に合う錠を、私はどこかで見たことがあるだろうか。
私は記憶を遡った。
十二年、私が見てきた、あらゆる場所。戦略室の書棚。保管庫の扉。皇宮のあらゆる部屋。私の目は、そのすべての錠の形を覚えている。
この鍵に、合う錠。
*
三日、私は考え続けた。
そして、思い出した。
戦略室の、いちばん奥。師が初代書き手として使っていた、あの部屋。師が処刑されたあと、封印され、誰も入らなくなった部屋。その部屋の奥の壁に、一枚の古い書棚があった。
その書棚の、いちばん下の段に、他とは違う鉄の扉がついていた。
小さな鉄の扉。錠がついていた。
黒くて、飾りのない錠が。
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私は夜、戦略室へ降りた。
室長代理には、あらゆる部屋への立ち入り権がある。師の、封印された部屋にも。
鍵を開けた。埃の匂いがした。十一年、誰も入っていない部屋だ。
奥の書棚の、いちばん下の段。鉄の扉。
私は、そこに鍵を差し込んだ。
回った。
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扉の中に、束があった。
紙の束だ。革の紐で括られている。表紙に、何も書かれていない。
私は、それを取り出した。
埃を払って、紐を解いた。
最初の一枚を見た。
私の手が、止まった。
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鑑定簿の写しだった。
だが、公式の鑑定簿とは違った。公式の簿には、「宝子ひとり、添え子三人」としか書かれない。だが、この写しには、鑑定官が実際に測った計器の生の数字が記されていた。
握り潰された、鑑定の原本の写し。
双子で、どちらも宝子級の器を持つ子。三つ子で、三人ともほとんど同じ器の子。教義に合わないから握り潰された、本当の記録。
ルーカス翁が五十年、取り続けてきたものと同じだ。
いや——ルーカス翁のものより古い。もっと古い。
師も、これを集めていた。
*
私は束を繰った。
何十枚もの、握り潰された鑑定。何十人もの、本当は宝子だった子。名前を奪われ、添え子とされ、搾取された子どもたち。
その一枚一枚に、師の注釈が書き込まれていた。細い字で。
『この子は、第四炉にて消耗』
『この子は、五歳にて注ぎにより衰弱死』
『この子は、生存。所在、不明』
師は、握り潰された子どもたちのその後を追っていた。ひとりひとり。何十年も。
*
束の、いちばん奥に、一枚、他とは違う紙があった。
古い鑑定の写し。三十年以上前のものだ。
その紙を見て、心臓が一拍、大きく打った。
帝室の鑑定だった。
当時の皇后の出産。孕み呪い《はらみのろい》をかけられた、多子。生まれた子らの器の生の数字が記されていた。
そして、その数字のいちばん高いところに、丸がつけられていた。
その子が、宝子と認定された。
だが——数字を見ると。
いちばん高い子のすぐ下に、ほとんど同じ高さの数字が、もうひとつあった。
*
ふたり、いたのだ。
帝室に、宝子級の器を持つ子がふたり。
だが、認定されたのはひとり。もうひとりは、わずかな差で宝子から外された。
そのひとりが、玉座に就いた。
外されたほうは——
私は、その紙の注釈を読んだ。師の字で書かれていた。
『宝子認定・オズヴァルト。次点、わずかに及ばず。姉。……この鑑定、後に書き換えられる』
書き換えられる。
*
私は、その意味を考えた。
オズヴァルト。いまの皇帝。
彼は、宝子と認定された。だが、この最初の鑑定では、彼と彼の姉の器はほとんど同じだった。わずかな差で、オズヴァルトが宝子になった。
そして、師は書いている。「この鑑定、後に書き換えられる」と。
最初の鑑定は、姉のほうが上だったのではないか。
姉のほうが宝子で、オズヴァルトは添え子だったのではないか。
それを、誰かが書き換えた。オズヴァルトを宝子に。姉を次点に。
*
私は束を抱えて、部屋を出た。
心臓が鳴っていた。
もし、そうなら。
もし、皇帝オズヴァルトが本当は宝子ではなかったのなら。
彼の玉座は、偽りの鑑定の上に立っている。
そして、師はそれを知っていた。だから、口封じに処刑された。
――知りすぎた道具は、捨てられる。
師の言葉が蘇った。
師は、皇帝のいちばん深い秘密を知っていた。この国の玉座が、書き換えられた鑑定の上に立っているという秘密を。
その秘密を、師は鍵とともに、私に託した。




