第27話 皇帝の目
皇族が、次々と倒れていく。
その報せは、当然、皇帝オズヴァルトの耳にも届いた。
第五皇子、自滅。第一皇子と第三皇女、相討ち。第八皇女の実家、内部分裂。残るは、幼い皇女と病がちの皇子。
冬至の儀を前に、候補がほとんどいなくなった。
帝国史上、初めてのことだった。
*
皇帝は疑い始めた。
これは、偶然ではない。誰かが、皇族の潰し合いを裏で操っている。
そして、皇族の「事故」を設計できる場所は、ひとつしかない。
戦略室だ。
*
ある日、皇帝が地下室へ、使者を寄越した。
室長代理を召し出す、と。
私は地下室を出て、皇宮の上層へ上がった。十二年、私はこの地下室で生きて、上層へ上がったのは、ドラークスの断罪の日と、この日だけだ。
玉座の間に、皇帝はいた。
老いた体を玉座に預けている。だが、目だけは老いていない。三十年前、自分の儀を勝ち抜いた目。兄を、姉を殺してきた目。
その目が、私の覆面を見た。
*
「そなたが、室長代理か」
「はい」
私は頭を垂れた。
「名は」
「ございません。前歴は炉。器の等級で選別に外れ、書き取りの適性のみで拾われました」
「顔を隠しているな」
「戦略室の作法にございます。書き手は顔を隠します」
皇帝は、しばらく私を見ていた。
この男は、道具の顔を見る。ドラークスとは違う。皇帝は、道具を道具として見下しながらも、その道具が何を考えているかを見ようとする。三十年、玉座に座り続けた者の目だ。
「皇族が、次々と死んでいる」
皇帝は言った。
「儀を前にして。……そなたの部署が、関わっているのではないか」
*
私は、頭を垂れたまま答えた。
「戦略室は、皇族の方々からのご依頼を承っております。……儀を前に、事故を防ぐための警護の見直し。療養の手配。そうしたご依頼を書いております」
嘘はなかった。
依頼書の表向きの名は、確かにそういうものだ。警護の見直し。療養の手配。中身が事故の設計であることは、書かない。
「その、警護の見直しが皇族を死なせているのではないか」
「それは」
私は一拍置いた。
「皇族の方々が、互いに争っておられる結果かと。……戦略室は依頼を承るのみ。誰かを殺せとは、命じられておりません」
これも、嘘ではなかった。
誰も、私に「殺せ」とは命じていない。皇子たちは「事故に見せかけて消せ」と依頼した。私はその通り、事故を設計した。ただ、事故が依頼主自身に向かうように。
*
皇帝は、しばらく黙っていた。
それから言った。
「そなたの言葉は正しい。……戦略室は依頼を承るのみ。皇族が互いに争って死ぬのは、儀の常だ」
私は頭を垂れたまま待った。
「だが」
皇帝の声が低くなった。
「あまりに都合が良すぎる。……皇族が、これほど綺麗に潰し合う。まるで誰かが糸を引いているようだ」
彼の目が、私の覆面を射抜いた。
「その布を取れ」
*
部屋の空気が凍った。
覆面を取れ。
取れば、私の顔が露わになる。皇帝が、私の顔を見る。
だが、皇帝は書き手三号の顔を知らない。誰も知らない。私は十二年、顔を隠して生きてきた。だから、覆面を取っても、皇帝にはただの見知らぬ女の顔が見えるだけだ。
それでも——危険だった。
顔を晒せば、記録に残る。皇帝の記憶に、私の顔が刻まれる。玉座を空にする、その最後の局面で、皇帝に顔を覚えられるのは避けたい。
私は覆面に手をかけた。
*
そのとき。
玉座の間の扉の外で、騒ぎが起きた。
伝令が駆け込んできた。第八皇女の実家が、ついに武力衝突を始めた、と。帝都の一角で、私兵同士が斬り合っている、と。
皇帝の関心が、そちらへ逸れた。
「……下がってよい」
皇帝は言った。私の覆面から目を離して。
「だが、覚えておけ。……儀が終わるまで、そなたを見張る。皇族がこれ以上、不自然に死ねば、次はそなたの首が飛ぶ」
「かしこまりました」
私は頭を垂れて、玉座の間を出た。
背中に、皇帝の視線を感じながら。
*
地下室に戻って、私は椅子に座り込んだ。
危なかった。
あと少しで、覆面を取るところだった。第八皇女の実家の衝突が、あの瞬間に起きたのは偶然ではない。私が、実家の分裂を加速させる戦略を書いていたからだ。その戦略が、あの瞬間に暴発した。
私は、自分の書いた戦略に救われた。
だが、皇帝は疑っている。私を見張っている。皇族がこれ以上、不自然に死ねば、私の首が飛ぶ。
残る二人——第八皇女と第七皇子——を、どう脱落させるか。皇帝に疑われずに。
私は羽根ペンを握った。
そのとき、ふと、あるものを思い出した。
*
師が死ぬ前に、私に握らせた、黒い鍵。
十一年、どこの鍵とも知らずに持っている、あの鍵。
なぜ、いま、それを思い出したのか。
皇帝の目。玉座の間。三十年前、自分の儀を勝ち抜いた目。
師は、初代書き手だった。戦略室が作られたときから、そこにいた男。皇帝の秘密を知りすぎて、口封じに処刑された。
――三十年前。
皇帝が玉座に就いたのが、三十年前。
師が戦略室にいたのも、その頃から。
私は羽根ペンを置いた。
師は何を知っていたのか。皇帝の、どんな秘密を知って殺されたのか。
その答えが、あの鍵の向こうにあるのかもしれない。




