第26話 相討ち
最初に脱落したのは、第五皇子だった。
いや、正確には、第五皇子は儀の候補ではなかった。過去の「事故」で、すでに半ば失脚していた。だが、儀が近づき、返り咲きを狙って動いた。第一皇子に毒を盛ろうとした。
その毒が逆流した。
私が、そう書いたからだ。
第五皇子が第一皇子を狙う経路に、私は細工を仕込んでいた。毒を運ぶ者を、第八皇女の実家に通じさせた。毒は、第一皇子に届く前に、経路の途中ですり替えられた。
第五皇子は、自分の盛った毒で死んだ。
誰も、戦略室を疑わなかった。第八皇女の実家は、第一皇子を守ったつもりでいた。第一皇子は、自分の運が良かったと思った。第五皇子は、自分の毒の失敗で死んだ。
私は、一枚も嘘を書いていない。
*
次は、第三皇女と第一皇子だった。
二人は、同じ夜に互いを狙った。
第一皇子は、第三皇女の薬園に火を放つ手筈だった。毒の出所を絶つために。第三皇女は、第一皇子の巡幸の警護に穴を作り、そこを突く手筈だった。
私が書いた、二つの戦略。どちらも、実行の夜が同じだった。
その夜、第一皇子は第三皇女の薬園へ兵を向けた。第三皇女は第一皇子の巡幸路で待ち構えていた。
どちらの兵も、相手の本拠がもぬけの殻だと知った。
*
互いが、互いの狙いを知っていた。
私が、両者の側近に匿名で相手の計画を流していたからだ。
第一皇子は、第三皇女が待ち構えていると知り、巡幸を取りやめて、薬園への攻撃に全力を注いだ。第三皇女は、第一皇子が薬園を狙うと知り、巡幸路の待ち伏せを解いて、薬園の防衛に兵を戻した。
二人の兵が、薬園でぶつかった。
夜半の薬園。毒草の茂る、迷路のような庭で、第一皇子の兵と第三皇女の兵が、暗闇の中で斬り合った。
誰も、全体を見ていなかった。
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私は、その報告を地下室で聞いた。
薬園の炎上。両陣営の、多数の死者。第一皇子、負傷。第三皇女、重体。
完璧では、なかった。
二人とも、即死ではなかった。私の設計に、想定外があった。第一皇子が、思ったより早く巡幸を切り上げたのだ。だが、失敗の設計を入れておいた。二人が即死しなくても、致命傷を負うように。
三日後、第三皇女が死んだ。薬園で受けた傷が元だった。
その葬儀の日、第一皇子も死んだ。負傷の傷口から毒が回った。薬園の毒草の毒だ。第三皇女が、最後に仕込んでいた。
二人は、互いを相討ちにした。
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私は、誰も殺していない。
第一皇子は、自分の意思で薬園を攻めた。第三皇女は、自分の意思で毒を仕込んだ。私は、ただ二人が同じ夜に、同じ場所でぶつかるように道を作った。
彼らは、自分の意思で歩いた。歩いて、互いを討った。
――信じている者は、止まらない。
師の言葉だ。
二人とも、自分の戦略が正しいと信じていた。信じている者は止まらない。止まらずに、互いの中へ突っ込んで消えた。
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残ったのは、二人。
第八皇女と、第七皇子。
第八皇女は、まだ幼い。母方の実家が、儀を代理で戦おうとしている。だが、その実家は、第一皇子と第三皇女を同時に狙って、兵を使いすぎた。両者が相討ちになったあと、実家の兵は疲弊し、内部で分裂を始めた。
第七皇子は、病がちで後ろ盾もない。ずっと息を潜めていた。
この二人が、儀に残った。
だが、どちらも玉座を継ぐには弱すぎる。第八皇女は幼く、実家は割れている。第七皇子は病で、儀に出れば真っ先に消される。
玉座は、事実上空になりかけていた。
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私は、地下室で七通の依頼書の残りを見た。
第八皇女の実家の依頼。第七皇子は——依頼を出していない。
私は、第八皇女の実家の分裂を加速させる戦略を書いた。実家の中の派閥争いに、道を作った。実家は、儀を戦うどころではなくなり、内輪の潰し合いに沈んでいく。
第七皇子には、何もしなかった。
彼は、誰も狙わず、ただ生き延びようとしている。放っておいても、儀では勝てない。玉座を望んでいない者は、玉座に届かない。
あと少しで、玉座は空になる。
*
その夜、私は石段で、カシアンに告げた。
「第一皇子と第三皇女が、相討ちになりました。第五皇子は自滅。……残るは、第八皇女と第七皇子。どちらも玉座を継ぐには弱すぎます」
カシアンは、鉄の面の下で長いこと黙っていた。
「……お前は、本当にやったのか」
「はい」
「四人を消したのか」
「三人を。……残る二人は、自分で脱落します」
カシアンは、石段の下の処刑広場を見ていた。
「俺の、兄と姉だ」
彼の声は静かだった。
「第一皇子は、俺の腹違いの兄。第三皇女は腹違いの姉。……お前が消した」
私は答えられなかった。
そうだ。私は、この人の兄と姉を消した。この人を玉座に座らせるために。
*
「……恨みますか」
私は聞いた。
カシアンは、しばらく黙っていた。
それから言った。
「恨まない」
「なぜ」
「あの二人は、俺を殺そうとした。六年前も、今も。……儀に出れば、俺はあいつらに殺されていた。あいつらも、俺を殺すことに何の痛みも感じなかっただろう。心を喰われているからだ」
彼は、鉄の面をこちらへ向けた。
「この国では、きょうだいは殺し合うものだ。俺が生きるために、あいつらが死ぬ。あいつらが生きるために、俺が死ぬ。……どちらにしろ、誰かが死んだ」
彼の声が低くなった。
「ただ、俺は思う。……こんな国は終わりにしたい。きょうだいが殺し合わなくて済む国に。お前が消した二人が、最後の相討ちであってほしい」
私は、その言葉を聞いた。
そして、思った。
この人を玉座に座らせる。この人の願いを、この国の法にする。
そのために、私はまだ書かねばならない。




