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第25話 七通の依頼書

 冬至まで、三月を切った。


 玉座の儀が、近づくにつれ、戦略室への注文は、洪水になった。


 皇子皇女たちは、儀の前に、少しでも、敵を減らしたい。堂々と殺し合う前に、こっそりと、相手を消しておきたい。そのための「事故」を、戦略室に、発注してくる。


 室長代理の机に、依頼書が、積み上がっていく。


 ある朝、私は、それを、数えた。


 七通。


 四人の皇族が、互いを狙い、それぞれの後ろ盾が、別の標的を狙い、合わせて、七通の「事故」の依頼が、私の机に、集まっていた。


 *


 私は、その七通を、並べた。


 第一皇子は、第三皇女を狙っている。武で劣る皇女を、儀の前に消したい。


 第三皇女は、第一皇子を狙っている。武で勝る皇子を、毒で、先に消したい。


 第八皇女の後ろ盾——母方の実家——は、第一皇子と第三皇女の、両方を狙っている。二人が消えれば、幼い第八皇女が、儀を、有利に戦える。


 第七皇子は、誰も狙っていなかった。病がちで、儀に出れば、真っ先に消される。ただ、息を潜めて、嵐が過ぎるのを、待っている。


 七通の依頼が、複雑に、絡み合っていた。


 *


 普通の書き手なら、それぞれの依頼を、別々に処理する。


 第一皇子の依頼には、第三皇女を消す戦略を。第三皇女の依頼には、第一皇子を消す戦略を。互いに、独立して。誰がどの依頼を書いているかも、書き手は知らない。だから、絡み合いには、気づかない。


 だが、私は、全体を握っている。


 室長代理として、七通すべてが、私の机に集まる。私の目は、七通を、一枚の絵にしてしまう。


 誰が、誰を狙い、誰が、誰に狙われているか。


 その絵を、私は、組み替える。


 *


 ――戦略とは、人を動かすものではない。人が動きたい方向に、道を作ってやることだ。


 師の、二つ目の教えだ。


 皇子たちは、互いを消したがっている。それは、彼ら自身の意思だ。私は、その意思を、変えない。ただ、彼らが動きたい方向に、道を作る。


 第一皇子が、第三皇女を消す。その戦略を、私は、書く。ただし、実行の夜を、ある特定の日に、設定する。


 第三皇女が、第一皇子を消す。その戦略も、私は、書く。実行の夜を、同じ、特定の日に。


 二人は、同じ夜に、互いを狙う。


 どちらも、自分の戦略が、成功すると信じて。


 *


 噛み合わせる、というのは、こういうことだ。


 七通の依頼を、互いに、食い合うように、設計する。


 誰の依頼も、裏切らない。第一皇子の依頼書には、確かに、第三皇女を消す戦略が書かれている。嘘は、ない。第三皇女の依頼書にも、確かに、第一皇子を消す戦略が。


 ただ、実行の日と、場所と、順番を、私が、調整する。


 結果として、全員が、同じ夜に、互いを狙い、互いに、討たれる。


 誰も、私が仕組んだとは、気づかない。全員が、自分の戦略が成功したと、あるいは、敵の戦略にやられたと、信じる。


 私は、一枚も、嘘を書かない。


 一枚も嘘を書かないまま、七通の依頼が、七人を、殺す紙になる。


 *


 三日、私は、机に向かった。


 七通を、噛み合わせる。動く駒が、多い。順番を、一つ間違えれば、狙いが、逸れる。逸れれば、誰かが、生き残る。生き残った者が、儀で、玉座に就く。


 私が、組みたいのは、四人全員が、自分の手で、滅ぶ絵だ。


 完璧に、組まねばならない。だが、完璧すぎては、いけない。半年前、私は、完璧すぎる戦略を書いて、一つの想定外で、全部、崩した。


 だから、今回は、失敗の設計を、必ず、入れる。


 どの想定外が起きても、少なくとも、四人のうち三人は、確実に、脱落するように。一人くらい、生き残っても、次の手で、始末できるように。


 *


 三日目の夜、絵が、完成した。


 私は、羽根ペンを、置いた。


 七通の依頼書が、机の上に、並んでいる。どれも、完璧な戦略だ。どれも、依頼主の望みを、叶える。そして、どれも、依頼主自身を、滅ぼす。


 私は、その七通を、見た。


 これを、実行すれば、四人の皇族は、消える。玉座は、空になる。空いた玉座に、カシアンを、座らせる。この国を、変える。


 だが、私は、七人を、殺すのだ。


 いや——正確には、殺さない。彼らが、自分で、互いを殺す。私は、道を作るだけ。彼らが、動きたい方向に。


 それでも。


 私は、しばらく、その七通を、見ていた。


 *


 石段で、カシアンに、それを、告げた。


「儀の、事故の依頼が、七通、集まりました」


「七通」


「四人の皇族が、互いを狙っています。私は、それを、噛み合わせました。……全員が、同じ夜に、互いを討つように」


 カシアンは、鉄の面の下で、しばらく、黙っていた。


「お前が、殺すのか」


「いいえ」


 私は、言った。


「私は、誰も、殺しません。……皆さまが、お互いを、殺すだけです」


 私は、掲示板の日程表を、見た。冬至まで、あと、三月足らず。


「彼らは、互いを、殺したがっている。それは、彼らの意思です。私は、その意思に、道を作るだけ。……この国の玉座は、いつも、そうやって、受け継がれてきた。私は、ただ、それを、少しだけ、早めるだけです」


 カシアンは、答えなかった。


 やがて、彼は、低い声で、言った。


「……お前は、それを、背負えるか」


 私は、少し、黙った。


「背負います」


 私は、言った。


「この国を変えるのに、綺麗な手では、届かない。……私は、もう、綺麗な手では、ありません。十年あまり、他国の人間を、紙の上で殺してきた。今度は、自国の皇族を、殺します。……その罪ごと、玉座を、あなたに、渡します」

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