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第18話 炉

 室長代理には、視察の権限がある。


 私は、その権限を使った。西方工作の立て直しに、炉の魔力供出量の実態把握が要る——そういう名目を、書類にした。嘘は、一行もない。西方の立て直しは、実際に私の担当だ。ただ、本当の目的を、書かなかっただけだ。


 書かなかったことは、嘘ではない。


 第四炉へ向かう馬車の中で、私は、覆面の位置を、何度も確かめた。


 *


 第四炉は、帝都の北、鉱山のふもとにあった。


 遠くからは、ただの、大きな石造りの建物に見えた。煙突が何本も立っていて、白い煙を吐いている。魔力を精製する炉の、排気だ。工場のようだった。実際、工場なのだろう。人間を、燃料にする工場。


 門で、私は書類を見せた。室長代理の印。門番は、それ以上、何も確かめなかった。この国では、印がすべてだ。印さえあれば、顔は要らない。


 門をくぐると、匂いが変わった。


 人の、匂いだった。大勢の人間が、狭い場所に押し込められて、洗われないまま暮らしている匂い。それに、薬品の匂いが混じっていた。魔力を抜くときに使う、薬草の匂いだ。


 *


 到着した者の、選別を、私は見た。


 その日、新しく運ばれてきた者が、十数人いた。簿外狩りに捕らえられた、主なしの添え子たち。荷馬車から降ろされて、門の内側の広場に、並ばされていた。


 役人が、一人ずつ、器を測っていく。


 測り終えると、番号を告げる。告げられた者は、右の列か、左の列に振り分けられる。


 右の列は、棟へ。搾れる者だ。


 左の列は――別棟へ。


 器が小さすぎて、搾る価値のない者。あるいは、搾り尽くされて、もう何も残っていない者。


 別棟から、戻った者は、いない。


 *


 選別のあと、右の列の者たちは、私物を、没収された。


 服も、履物も、身につけていたものすべて。そして、名前を。


 番号が、告げられる。手の甲に、焼き印を、押される。じゅう、という音がして、皮膚の焦げる匂いがした。子どもも、いた。泣き声が、上がった。だが、役人は、手を止めなかった。手順通りに、次の者の手を取り、番号を焼いた。


 髪を、落とされる。


 女も、男も、子どもも。刈られた髪が、広場の隅に、山になっていく。


 これで、彼らは、番号になった。


 名前も、髪も、服も、過去も、全部、門の外に置いてきた。門の内側にいるのは、番号のついた、器だけだ。


 *


 私は、それを、広場の隅から、見ていた。


 誰も、残酷なことをしている顔を、していなかった。


 役人たちは、淡々と、手順をこなしていた。焼き印を押す手つきは、慣れていた。泣く子どもをあやしもせず、叱りもせず、ただ、次の番号を、告げた。


 彼らは、悪人ではない。


 朝、家族に見送られて出勤し、夕方、家族のもとへ帰る、普通の役人だ。子どもに焼き印を押した手で、家に帰って、自分の子どもの頭を撫でるのだろう。何の矛盾も、感じずに。


 この国では、これが、仕事だ。


 残酷なのは、彼らではない。彼らに、これを仕事だと思わせている、仕組みのほうだ。


 *


 案内の役人が、私に、炉の内部を説明した。


 誇らしげだった。第四炉の供出量は、この五年で三割上がった、と。効率化の工夫を、いくつも重ねた結果だ、と。搾る間隔を詰め、休ませる時間を削り、それでも「消耗」までの日数を延ばす方法を、見つけた、と。


「在庫の回転が、良くなりました」


 役人は、そう言った。


 在庫。


 人間を、そう呼んだ。悪気は、なかった。彼にとって、収容者は、本当に在庫なのだ。入荷し、消費し、消耗すれば、欄を閉じる。鉄や、穀物と、同じように。


 私は、頷いた。頷きながら、この男の言葉を、一言一句、覚えた。


 いつか、この言葉を、使う日が来る。


 *


 帳簿を、見せてもらった。


 室長代理の権限だ。断る役人は、いない。


 私は、番号七六二の欄を、探した。


 あった。


 器の残量、下限。処遇欄に、赤い印。監視期間、残り四十六日。


 四十六日。名簿を見てから、また、数日が過ぎている。


 私は、その欄を、じっと見た。役人には、何かの視察だと思わせておいて、実際には、妹の生き死にの日付を、確かめていた。


 あと、四十六日。


 それまでに、ミレナを、ここから出す。


 *


 帳簿を繰りながら、私は、もう一つのことを、確かめていた。


 「消耗」と記録された者の、行き先だ。


 名簿の上では、「消耗」した者は、別棟へ送られたことになっている。だが、別棟の受け入れ記録と、突き合わせると、数が合わない。「消耗」の数のほうが、多い。


 差の分の人間は、どこへ消えたのか。


 私は、帳簿の筆跡を、見た。


 「消耗」の記録は、複数の役人の筆跡で書かれている。だが、数の合わない「消耗」——別棟に届かなかった「消耗」——だけを拾うと、そのほとんどが、同じ一つの筆跡だった。


 細くて、右上がりの、癖のある字。


 誰かが、この炉の内側で、特定の者だけを「消耗」と書いて、別棟へは送らず、どこかへ消している。


 *


 その筆跡の主を、私は、探した。


 帳簿の署名欄を、遡った。細い右上がりの字。それは、炉の書記の一人だった。


 書記補佐、という下級の役職。名簿の記帳と、通知書の発行を担当する係。收容者を、直接、搾る立場ではない。だが、記録を、書く立場だ。


 記録を書く者は、記録を書き換えられる。


 この国では、記録が現実に勝つ。帳簿に「消耗」と書けば、その人間は、死んだことになる。生きていても。


 その書記は、それを、使っている。


 *


 私は、視察の最後に、その書記に会わせてほしいと、頼んだ。


 通知書の書式について、確認したいことがある——そういう名目を、作った。嘘ではない。私は本当に、通知書の書式を、知りたかった。妹を「消耗」させる通知書を、いずれ、書くのだから。


 案内された部屋に、その書記は、いた。


 痩せた、若い女だった。


 私が入っていくと、彼女は、顔を上げて、こちらを見た。


 ――こちらの、顔を、見た。


 この国で、道具の顔を、まっすぐ見る者は、少ない。まして、覆面の室長代理の顔を、覗き込もうとする者は。


 彼女は、私の覆面を、じっと見て、それから、静かに言った。


「……あなたも、番号を持っていた人ですね」

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