第18話 炉
室長代理には、視察の権限がある。
私は、その権限を使った。西方工作の立て直しに、炉の魔力供出量の実態把握が要る——そういう名目を、書類にした。嘘は、一行もない。西方の立て直しは、実際に私の担当だ。ただ、本当の目的を、書かなかっただけだ。
書かなかったことは、嘘ではない。
第四炉へ向かう馬車の中で、私は、覆面の位置を、何度も確かめた。
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第四炉は、帝都の北、鉱山のふもとにあった。
遠くからは、ただの、大きな石造りの建物に見えた。煙突が何本も立っていて、白い煙を吐いている。魔力を精製する炉の、排気だ。工場のようだった。実際、工場なのだろう。人間を、燃料にする工場。
門で、私は書類を見せた。室長代理の印。門番は、それ以上、何も確かめなかった。この国では、印がすべてだ。印さえあれば、顔は要らない。
門をくぐると、匂いが変わった。
人の、匂いだった。大勢の人間が、狭い場所に押し込められて、洗われないまま暮らしている匂い。それに、薬品の匂いが混じっていた。魔力を抜くときに使う、薬草の匂いだ。
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到着した者の、選別を、私は見た。
その日、新しく運ばれてきた者が、十数人いた。簿外狩りに捕らえられた、主なしの添え子たち。荷馬車から降ろされて、門の内側の広場に、並ばされていた。
役人が、一人ずつ、器を測っていく。
測り終えると、番号を告げる。告げられた者は、右の列か、左の列に振り分けられる。
右の列は、棟へ。搾れる者だ。
左の列は――別棟へ。
器が小さすぎて、搾る価値のない者。あるいは、搾り尽くされて、もう何も残っていない者。
別棟から、戻った者は、いない。
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選別のあと、右の列の者たちは、私物を、没収された。
服も、履物も、身につけていたものすべて。そして、名前を。
番号が、告げられる。手の甲に、焼き印を、押される。じゅう、という音がして、皮膚の焦げる匂いがした。子どもも、いた。泣き声が、上がった。だが、役人は、手を止めなかった。手順通りに、次の者の手を取り、番号を焼いた。
髪を、落とされる。
女も、男も、子どもも。刈られた髪が、広場の隅に、山になっていく。
これで、彼らは、番号になった。
名前も、髪も、服も、過去も、全部、門の外に置いてきた。門の内側にいるのは、番号のついた、器だけだ。
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私は、それを、広場の隅から、見ていた。
誰も、残酷なことをしている顔を、していなかった。
役人たちは、淡々と、手順をこなしていた。焼き印を押す手つきは、慣れていた。泣く子どもをあやしもせず、叱りもせず、ただ、次の番号を、告げた。
彼らは、悪人ではない。
朝、家族に見送られて出勤し、夕方、家族のもとへ帰る、普通の役人だ。子どもに焼き印を押した手で、家に帰って、自分の子どもの頭を撫でるのだろう。何の矛盾も、感じずに。
この国では、これが、仕事だ。
残酷なのは、彼らではない。彼らに、これを仕事だと思わせている、仕組みのほうだ。
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案内の役人が、私に、炉の内部を説明した。
誇らしげだった。第四炉の供出量は、この五年で三割上がった、と。効率化の工夫を、いくつも重ねた結果だ、と。搾る間隔を詰め、休ませる時間を削り、それでも「消耗」までの日数を延ばす方法を、見つけた、と。
「在庫の回転が、良くなりました」
役人は、そう言った。
在庫。
人間を、そう呼んだ。悪気は、なかった。彼にとって、収容者は、本当に在庫なのだ。入荷し、消費し、消耗すれば、欄を閉じる。鉄や、穀物と、同じように。
私は、頷いた。頷きながら、この男の言葉を、一言一句、覚えた。
いつか、この言葉を、使う日が来る。
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帳簿を、見せてもらった。
室長代理の権限だ。断る役人は、いない。
私は、番号七六二の欄を、探した。
あった。
器の残量、下限。処遇欄に、赤い印。監視期間、残り四十六日。
四十六日。名簿を見てから、また、数日が過ぎている。
私は、その欄を、じっと見た。役人には、何かの視察だと思わせておいて、実際には、妹の生き死にの日付を、確かめていた。
あと、四十六日。
それまでに、ミレナを、ここから出す。
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帳簿を繰りながら、私は、もう一つのことを、確かめていた。
「消耗」と記録された者の、行き先だ。
名簿の上では、「消耗」した者は、別棟へ送られたことになっている。だが、別棟の受け入れ記録と、突き合わせると、数が合わない。「消耗」の数のほうが、多い。
差の分の人間は、どこへ消えたのか。
私は、帳簿の筆跡を、見た。
「消耗」の記録は、複数の役人の筆跡で書かれている。だが、数の合わない「消耗」——別棟に届かなかった「消耗」——だけを拾うと、そのほとんどが、同じ一つの筆跡だった。
細くて、右上がりの、癖のある字。
誰かが、この炉の内側で、特定の者だけを「消耗」と書いて、別棟へは送らず、どこかへ消している。
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その筆跡の主を、私は、探した。
帳簿の署名欄を、遡った。細い右上がりの字。それは、炉の書記の一人だった。
書記補佐、という下級の役職。名簿の記帳と、通知書の発行を担当する係。收容者を、直接、搾る立場ではない。だが、記録を、書く立場だ。
記録を書く者は、記録を書き換えられる。
この国では、記録が現実に勝つ。帳簿に「消耗」と書けば、その人間は、死んだことになる。生きていても。
その書記は、それを、使っている。
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私は、視察の最後に、その書記に会わせてほしいと、頼んだ。
通知書の書式について、確認したいことがある——そういう名目を、作った。嘘ではない。私は本当に、通知書の書式を、知りたかった。妹を「消耗」させる通知書を、いずれ、書くのだから。
案内された部屋に、その書記は、いた。
痩せた、若い女だった。
私が入っていくと、彼女は、顔を上げて、こちらを見た。
――こちらの、顔を、見た。
この国で、道具の顔を、まっすぐ見る者は、少ない。まして、覆面の室長代理の顔を、覗き込もうとする者は。
彼女は、私の覆面を、じっと見て、それから、静かに言った。
「……あなたも、番号を持っていた人ですね」




