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第17話 室長代理

 ドラークスが処刑された三日後、私は、戦略室長代理に任じられた。


 書き手七号が、である。


 異例のことだった。だが、理由は単純だ。戦略室は、機能を止めかけていた。室長が処刑され、後任の目処が立たず、皇子たちからの「事故」の注文だけが、積み上がっていく。誰かが、この部屋を回さねばならない。


 そして、この半年、いちばん多くの案件を、いちばん正確に処理したのが、七号だった。


 誰も、私の顔を知らない。誰も、私の素性を知らない。それでも、書けることだけは、皆が知っていた。


 この国は、名前や素性より、書けるかどうかで、道具を選ぶ。


 私は、その仕組みに、拾われた。


 *


 代理とはいえ、室長の椅子に座ると、見える景色が、変わった。


 全体が、見える。


 これまで、私は断片を割り振られる側だった。いまは、割り振る側だ。九人の書き手が、それぞれ何を書いているか。どの案件が、どの皇族から来ているか。すべてが、私の机の上に集まる。


 私が、ずっと欲しかったものだ。


 全体を握らなければ、四人の皇族を噛み合わせる絵は、描けない。誰が誰を狙い、誰が誰に狙われているか。その全部を、同じ手で握って、初めて、互いに滅ぶ道を引ける。


 いま、私は、それを握った。


 ドラークスを消したのは、彼を恨んでいたからではない。彼の椅子が、欲しかったからだ。


 この椅子からしか、見えない絵がある。


 *


 室長代理として、私は、あらゆる書類に目を通した。


 戦略室には、帝国じゅうの記録が集まる。皇族の動向。貴族の借金。軍の配置。港の積荷。そして——炉の、月次名簿。


 炉の名簿は、戦略室にも回ってくる。工作員を潜り込ませる先を選ぶために、かつて私自身が要求した書類だ。番号と、器の残量と、処遇の欄が並んでいる。


 私は、その束をめくった。


 第四炉。北棟。


 指が、ある番号の上で、止まった。


 番号七六二。


 妹の、番号だった。


 *


 欄を、目で追った。


 器の残量、下限に接近。


 処遇欄に、赤い印が、ついていた。


 私は、その印の意味を、知っている。かつて、この書式を整えたのは、私だからだ。


 赤い印は、「移り」の監視対象を意味する。


 主を失った添え子は、まれに、死んだ宝子の力を吸うことがある。移り、と呼ばれる現象だ。だから、主を失った添え子は、炉に収容され、しばらく監視される。力が移っていないか、確かめるために。


 監視期間を過ぎて、何も移っていないと判断されれば――その添え子は、もう、用済みだ。


 器を、限界まで搾られる。


 搾り尽くされた者は、「別棟」へ送られる。別棟から戻った者は、いない。


 *


 私は、名簿の日付を見た。


 赤い印がついたのは、四十日前。監視期間は、通常、三月。


 つまり、あと五十日で、監視は終わる。


 監視が終われば、妹の器は、限界まで搾られる。器の残量が下限に接近しているいまの状態から、限界まで搾れば——ミレナは、もう、もたない。


 五十日。


 妹の欄に「消耗」と書かれるまで、五十日。


 *


 私は、名簿を閉じた。


 手が、少しだけ、震えていた。ドラークスの縛りを、平然と弾いた手が。


 落ち着け、と、自分に言い聞かせた。


 感情で動けば、間違える。感情で動いた戦略は、必ず、どこかに綻びを残す。私は、感情を、いちばん奥の引き出しに、しまう。それが、書き手のやり方だ。


 だが、引き出しは、閉まりきらなかった。


 妹の顔が、浮かんだ。


 最後に会ったのは、二年前。兄の葬儀の日だ。ミレナは、まだ、名前で私を呼んでいた。「ねえさま」と。あの子も、弟と同じ、禁じられた呼び方をしていた。誰かに聞かれたら、罰せられる呼び方を。


 その妹が、いま、番号で呼ばれている。


 番号七六二。


 *


 救い出す方法を、私は、考え始めた。


 正規の手続きでは、無理だ。炉の収容者を出すには、器が空になったという証明か、あるいは、国の許可が要る。どちらも、時間がかかる。五十日では、間に合わない。


 力ずくも、無理だ。私は、力で勝つ気がない。移りの力を使えば、露見する。露見すれば、妹だけでなく、私も終わる。


 残る道は、ひとつ。


 記録を、書き換えること。


 この国では、記録が現実に勝つ。帳簿に「消耗」と書かれれば、その人間は死んだことになる。生きていても、死んだことになる。


 ――ならば。


 生きている妹を、帳簿の上で「消耗」させれば。


 死んだことになった人間は、もう、炉に用はない。死者を搾る意味は、ない。


 書類の上で殺して、その隙に、実物を、外へ出す。


 *


 だが、それには、炉の内側に、手引きが要る。


 帳簿に「消耗」と書き込み、遺体の代わりに、別の「消耗者」を立て、実物のミレナを、外へ運び出す。一人では、できない。炉の内側に、動いてくれる者が、要る。


 炉は、簿外を狩る連中と、それを収容する役人で、固められている。金で動く者もいるが、金では足りない。炉の役人を一人買収して露見すれば、そこから全部が崩れる。


 もっと、確実な手が要る。


 私は、名簿を、もう一度、開いた。


 第四炉の「消耗」の記録を、過去一年分、目で追った。


 そして、気づいた。


 *


 数が、合わない。


 「消耗」と記録された者の数と、別棟へ送られた者の数。搾り尽くされた者は、別棟へ行くはずだ。だが、「消耗」の数のほうが、別棟の数より、多い。


 差の分の人間は、どこへ、消えたのか。


 「消耗」と書かれて、別棟にも行かず、どこへ。


 私は、その差を、季節ごとに数えた。一年で、二十七人。


 二十七人が、帳簿の上で「消耗」したことになって、実際には、別棟にも、墓にも、いない。


 ――誰かが。


 誰かが、すでに、私と同じことを、している。


 帳簿の上で人を殺して、実物を、外へ逃がしている。

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