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第13話 事故の戦略

「三日で書け」


 ドラークスは、机に置いた書類を、指で軽く叩いた。


「第三皇女は、毒に長けておられる。儀の前に、事故に遭われるのが、皇女ご自身のためでもあろう。……第一皇子殿下は、そうお考えだ」


「かしこまりました」


「言うまでもないが」


 彼は、声を落とした。地下室の乾いた空気の中で、その声は、やけに滑らかだった。


「この件、私の名は出さぬ。書き上がった戦略は、第一皇子殿下に直接お渡しする。貴様が独断で書いたことになる。……何かあれば、それは書き手の暴走だ」


 私は、頭を垂れた。


「承知しております」


 *


 半年前の処刑台で、私は、身をもって学んでいる。


 この男が、道具に「独断」の罪を着せるとき、どういう書類の運び方をするか。


 実行者は道具。罪は、発注者に帰する。だが、その「発注者」を、彼は巧妙に書き換える。第一皇子から彼への依頼は、口頭で行われ、記録に残らない。彼から書き手への指示も、口頭だ。書面に残るのは、書き手が書いた戦略そのものだけ。


 だから、何かあれば、罪は書き手に落ちる。書き手が勝手に第三皇女を狙った、という話になる。ドラークスは、注文を取り次いだだけの、無関係な室長として、涼しい顔をしている。


 十二年、この男は、そうやって私の功績を吸い、私の罪を回避してきた。


 私が書いた戦略が成功すれば、彼の手柄。


 私が書いた戦略が失敗すれば、私の罪。


 その仕組みを、今日、私は逆から使う。


 *


 部屋に戻って、私は紙を広げた。


 三日もいらない。


 第三皇女を「事故」に見せかけて消す戦略など、私には、半日で書ける。だが、私が書くのは、それではない。


 私が書くのは、この戦略が、ドラークスと第一皇子を、同時に滅ぼす仕掛けだ。


 まず、表向きの戦略を、完璧に書く。


 第三皇女の馬車の車軸に細工をし、峠道で「事故」を起こす。実行は外部の仲介人に発注し、金の流れは三つの商会を経由させて、追跡不能にする。仲介人が捕まったとしても、彼が知っているのは、依頼を取り次いだ保証人の紋章だけ。


 ここまでは、誰が書いても、こう書く。完璧な、事故の戦略。


 問題は、保証人の紋章を、誰のものにするか、だ。


 *


 普通なら、架空の紋章を使う。存在しない商会の、存在しない印。仲介人が捕まって紋章を差し出しても、それは誰にも辿れない。


 だが、私は、実在する紋章を使う。


 ドラークス卿の、紋章を。


 彼の紋章を、私は覚えている。十二年、彼の名で献上された私の戦略の、すべての表紙に、あの印があった。剣を握る鷲の、爪の数まで。羽根の枚数まで。私の目は、一度見たものを忘れない。


 私は、羽根ペンで、その紋章を、保証人欄に写した。


 一本の線も、間違えなかった。


 *


 これだけでは、足りない。


 紋章だけなら、ドラークスは言い逃れる。誰かが自分の紋章を騙った、と。この国では、紋章の偽造は珍しくない。それだけでは、罪にならない。


 だから、もう一枚、仕掛けを足す。


 私は、皇帝に上がる定例報告書の、綴じ順を、ひとつだけ入れ替える。


 戦略室の報告書は、案件ごとに封をして、順に綴じられる。誰も、中身を読み返さない。皇帝が目を通すのは、表紙に押された室長の受領印だけだ。中身は、封じたまま、記録として保管庫へ送られる。


 その、封じられた束の中に、私は一枚、混ぜる。


 「第一皇子殿下と、戦略室長ドラークス卿の、私的な会合記録」を。


 *


 これは、偽造ではない。


 実在する記録だ。日付も、場所も、同席者も、本物。第一皇子とドラークスは、この半年で、十七回、密かに会っている。その記録は、戦略室の別の綴りに、きちんと保管されている。誰も見ない綴りに。


 私は、それを、事故の戦略と、同じ束に入れる。


 ただ、それだけだ。


 嘘は、一行も書いていない。


 二つの実在する記録——第三皇女の「事故」の戦略と、第一皇子とドラークスの会合記録——を、同じ束に、同じ日付で綴じる。


 それだけで、二つの記録は、一つの物語を語り始める。


 第一皇子とドラークスが、密かに会い、第三皇女の事故を計画した。


 そう読めるように、私は、紙を並べ替えただけだ。


 *


 ――嘘を書くな。事実だけを並べ替えろ。並べ方が、嘘より強い。


 師の、最初の教えだった。


 この国では、記録が現実に勝つ。


 鑑定簿がそう決めたなら、双子の片割れは、宝子ではなく添え子になる。帳簿に「消耗」と書かれたなら、その人間は死んだことになる。事実と記録が食い違えば、直されるのは、事実のほうだ。


 だから、勝負を決めるのは、剣ではない。


 ――戦略の、第二条。


 最後に、紙を握っている者が、真実を決める。


 私は、その仕組みを、他国に対して十年あまり使ってきた。


 いまは、自分の国に対して使う。


 *


 戦略を書き上げて、私は、それを二つに分けた。


 一つは、ドラークスに渡す「表向きの戦略」。彼はこれを第一皇子に届け、第一皇子はこれを実行する。第三皇女の馬車は、峠道で車軸を折る。


 もう一つは、皇帝への定例報告書に紛れ込ませる「綴じ順の細工」。


 二つが噛み合ったとき、何が起きるか。


 第三皇女の馬車が「事故」に遭う。仲介人が捕まり、保証人の紋章——ドラークスのもの——を差し出す。同じ頃、皇帝の手元の報告書に、第一皇子とドラークスの会合記録が浮かび上がる。


 皇帝は、こう読む。


 我が戦略室長が、我が息子のひとりと結託し、儀を前に、別の我が子を消そうとした。


 ――儀の血を、穢そうとした。


 *


 私は、羽根ペンを置いた。


 窓のない地下室で、時間の感覚は、とうに失っている。だが、体が、夜だと言っていた。


 三日もかからなかった。半日だ。


 残りの二日半は、この戦略の、失敗の設計に使う。


 私が半年前に処刑されたのは、失敗の設計を書かなかったからだ。完璧すぎて、一つの想定外で、全部崩れた。同じ過ちは、繰り返さない。


 もし、仲介人が紋章を差し出す前に死んだら。もし、綴じ順の細工が、保管係に気づかれたら。もし、第一皇子が土壇場で計画を降りたら。


 私は、その全部に、逃げ道を書いた。


 どの想定外が起きても、少なくとも、私の首は繋がるように。


 そして、どの想定外が起きても、ドラークスの首は、繋がらないように。


 *


 翌朝、私は書き上げた戦略を、ドラークスに渡した。


 彼は、斜めに読んで、頷いた。中身を検めてはいない。この男は、道具の書いたものを、いちいち検めない。書けるか、書けないか。それだけが、彼の関心だ。


「よく書けている」


 彼は、満足そうに言った。


「三号ほどではないが……七号、貴様も、なかなか使える道具だ」


「光栄です」


 私は、頭を垂れた。


 三号ほどではないが、と彼は言った。


 私は、その三号だ。


 あなたが十二年、顔を見なかった道具だ。あなたが半年前に、笑いながら台に送った道具だ。


 その道具が、いま、あなたに、最後の戦略を書いた。


「――峠道で、車軸が折れます」


 私は、潰した声で、静かに言った。


「三日のうちに」

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