第十四話 役者Ⅰ 未だ幕は上がらず
晴天の下、青々とした枝葉をすり抜けた陽光がまだらに降りている。土や草に描かれる光の水玉に、一瞬、そこを通り去る影が映る。
土を踏む音が二つ。間断なく鳴り続け、重なっていく。
そして響く金属音。一つ、二つ。不規則に打ち鳴らされる。
濃淡の違う金髪が二つ、ぼやけた陽光を反射しながら激しく揺れている。
二振りの刀を続けて、あるいは同時に振るうリア。
一本の剣で確実に斬り込むベル。
空を切る音。互いの武器を打ち付けあう音。遂にはそれらの区別がつかないようになった。
流れるような太刀筋が絡み合う中、ベルが強く踏み込んだ。
ベルの剣を漆黒の刀が受けると、火花が散った。
リアは弾き返さなかった。ただ、横へと流しただけ。
ベルの重心が傾いたその瞬間に、白銀の刃が走り、そして――
「飯だ」
その低い声が聞こえたと同時に、白銀の刀がベルの喉元に到達する直前でピタリと止まった。
***
「やっぱ真剣での勝負やめない? 間違って死んだらどうすんのよ」
こんがり焼かれた肉を頬張りながらベルが文句を垂れる。
先ほどリアの刀で首をはねられそうになり流れた冷や汗が、まだベルの首を湿らせていた。
「手持ちの木剣はない。その場しのぎの模造剣では耐えられんだろう。それに……それで死んだらお前はそこまでの奴だったということだ」
無表情のまま冷たい返事をする青髪の男、デト。彼は自分で焼いた肉には手を付けず、カップに注いだ黒い飲み物に口をつけた。デトの後ろには、消火された跡のある黒こげの薪が積み上げられている。
「さっきので私に負けたから悔しいんですよ」
リアは口を小さく開け、ベルと同じく少し冷めた肉を嚙みちぎった。
「あんたほんとに生意気になったわね」
唇を肉の脂で光らせながらベルは不満げな顔を浮かべた。
アリスタを出発してから数日、一日に一回はこうしてリアはベルと真剣勝負をしていた。
「サルファまであとどのくらい?」
「今日中には着くな」
「ああ、やっとね」
リアたちが次に目指している街、サルファ。アリスタの南西に位置し、アリスタで得た情報では、どうやら勇者一行がやってくるらしい。
リアはふと、これまで疑問に思っていたが、あまりに当たり前のように扱われていたことを口に出す。
「勇者って、そもそも何なんですか?」
二人の視線がリアに集まる。
デトはすぐに目をリアから外し、黙ったまま。その態度は、ベルに説明しろ、と言っているかのようだ。
勇者という名称だけはリアも知っていた。
――かつて魔王を殺し、人間の世を切り開いた人物――勇者。そんな英雄が今も生きているということなのか?
ベルは肉のついていた棒切れを地面に刺した。
「勇者ってのは聖なる力……つまり〝聖力〟に目覚めた者のことよ」
「せいりょく……」
「そうよ。普通の人間では扱えない絶大な力。負を滅する力ともいわれるわね」
リアも食事を終え、ベルの話を正面から聞く態勢となる。
「いつの世にも一人か二人……今は歴史的に見ても珍しいわね。三人も勇者がいるわ」
――なるほど。英雄と同じ力を持つ人間ってことか。囃し立てられる理由にも納得だ
「その一人がサルファに来るってことですね」
「いいえ」
リアは眉を上げた。
「二人よ。第一勇者のパーティにはもう一人勇者がいるのよ」
「何故、同じパーティに……」
「さぁ?」
ベルは腕を組んで、明後日の方向を向いた。ベルは勇者の実情には興味がない、そうも思わせる仕草であった。
「……特別な力を持つってのは大変なのかしら」
「何もないよりかはマシですよ。……私みたいに」
気が緩んでいた。長年の自虐癖が抜けていなかった。
ベルの目がリアに戻ってくる。
「どういうこと?」
リアはしまったと背筋を伸ばしたが、自分の実力を認めてくれている彼女になら秘密を教えてもよいかもしれないと、そのまま言葉を進めた。
「言ってませんでしたね。私、魔力がないんですよ」
ベルは目を大きく開けて、リアの顔を凝視した。組んでいた腕が解け、口が半開きになっていた。リアは当たり前の反応だと思ったが、何やら様子が変だ。驚愕の表情というよりかは、青ざめた顔つきである。
そして、ベルは勢いよく前に出て膝をついた。
肩を強く握られたかと思えば、次には緊迫したベルの顔が目の前に迫る。
「あんたそれ、他の人に教えちゃダメよ」
ベルの声はあまりにも重かった。
「は、はい……」
「何故か」と、そう聞くこともできないほどベルの目には鬼気が宿っていた。
リアは少しだけデトを見た。相も変わらず無表情の彼はこちらに見向きもせず、ただ黒い飲み物を喉に通していた。
リアの両肩を圧迫していた力が抜けていく。
ベルが立ち上がり元いたところへ戻っていった。
「そろそろ行きましょ」
「そうだな」
静観していたデトも立ち上がり、荷物を取りに行った。
気圧されたリアは準備を進める二人を眺めながら、ベルの言葉を反芻する。
――人に教えちゃダメ……魔力がないことにそこまでの異常性があるのか。……もしかして私が捨てられた理由は、あの家にとって価値がなかったからだけではない?
「おい、リア」
その言葉で、いつの間にか俯いていた顔を上げた。
すでに剣を納めたベルと、荷物を背負ったデトがリアを見下ろしていた。
「行くぞ。準備をしろ」
「あ、はい。すみません」
リアはそばにあった白銀の刀と漆黒の刀を手に取り、急いで準備を進めた。そして、その間に少し前へ行ってしまったデトを追いかけた。
疑問は尽きない。だが今、足を止める理由にはならなかった。
***
数刻後、リアたちはサルファの門を潜り抜けた。身分を示す冒険者証のおかげで、アリスタに入った時ほどの足止めは喰らわなかった。
「ここから南に行け。途中、デカい屋敷が見える大通りがあるはずだ。そこを真っ直ぐ歩けば左側に見えてくる。アリスタほど大きいギルドではないだろうから見落とすなよ」
この街の衛兵の助言を頼りに、まずは冒険者ギルドを目指す。
傾き始めた日を背に歩いていると、やがて衛兵の言っていた大通りが見えてきた。
デトが立ち止まる。
「ここか」
その大通りは、もうすぐ夜が来るというのに賑わっていた。多種多様な〝人間〟が行き交っている。何かの準備をしているようだ。
「皆さん、何をしているんでしょうかね」
リアたちは、大通りの中央を行きながら、周囲でセカセカと動き回る人々の様子を窺った。
「露店……かしらね」
すると、「勇者様に明日会えるかね」というような言葉が聞こえた。
「なるほどな。勇者が来るからお祭りでも開こうってわけか」
デトが左方に目を向けながら呟いた。
人々の働く様を視界に入れながら歩いているとリアの目を引いたのは、樽を抱えた大男でも、長髪の美しいエルフでも、煤汚れたドワーフでもなく、赤い髪を持つ少年だった。
彼は背中を丸めながら、周囲の賑やかさに似つかわしくないほどに萎れた顔をして、こちらに向かってきている。
その少年とすれ違うと、リアは足を止めて悲壮な背中を目で追った。彼女は少年のふらふら歩く姿に、かつての自分を見た気がした。
「おい、リア」
「あ、すみません」
リアはすぐにデトの横へと戻り、再び進み始めた。
***
一体自分は今どんな顔をしているのか。そんなことを考える余裕もないほどに、少年レナードは途方に暮れていた。
――明日からどうしよう
日も落ちそうというのに未だ活気のある街の中、ふらふらと歩きながら不意にため息をこぼす。
彼の髪は、心情もお構いなしに夕焼けよりも真っ赤に輝いている。
先ほど友人に突きつけられたクビの二文字がレナードの人生を狂わせた。
レナードは周囲を見た。人々がせっせと何かを運んだり、骨組みを立てたりしている。この大通りで多くの露店が開かれるらしい。お祭り騒ぎだ。
そんな中、路頭に迷っているレナード。世間から弾かれた気分だった。
目線を落とすと自分の腰に差している剣が彼の目に入った。柄を握りながら、彼が所属していた冒険者パーティのリーダー、かつ友人の言葉を思い出す。
〝お前じゃ足手まといだ〟
もう一つため息をついた。
――わかってはいるんだけどな
いつの間にか止まっていた足を動かす。足取りは重い。
中途半端に雑貨が並べられた露店を再び見回した。
明日、勇者がこの街に来るらしい。
その存在には羨望を抱く。だが同時に受け入れられない。
柄を握る力が強くなっていく。
――でも、辞めるわけにはいかねえよな。〝シャル〟……
脳裏に焼きついた、二つ結びの少女の後ろ姿。かつてはすぐ隣にいたはずの、しかし今ではどれだけ手を伸ばしても霞んでしまう、あの小さくて圧倒的な背中。
それを追い求めるようにレナードは街に消えていった。
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