第十四話 役者Ⅱ 前進と焦燥
カツカツと、岩を打つ幾つもの足音が洞窟内に響く。
先頭を歩くデトの手には顔の大きさほどのランプ。ほのかな光はこの闇では驚くほどの輝きを放つ。
デトの制止を合図に、一行は足を止めた。
「こっから先だな」
彼の青い虹彩がランプの中にある光水晶によって照らされている。視線の先には、羊皮紙。そこには歪んだ曲線がいくつも記されている。だが、線が引かれているのは羊皮紙の下半分だけで、上半分はまだ白紙のままだった。
「地図の作成ってのも随分大変な作業なのね」
ベルがデトの手元を覗き込み、中途半端に描かれた地図を見ながら呟いた。
「専門の奴らはそれ用の魔法も使うだろうが、俺ら素人は足を使うしかない」
デトは鼻を鳴らした。
「ま、意味があるかは知らんがな」
「どういうこと?」
デトはその地図を折り目に従って三つ折りにしながら、吐き捨てるように言う。
「素人が作った地図を誰が信用するって話だ」
ベルの額に皺がよる。
「じゃあ、ギルドは何でこんな依頼を……」
「まぁ、おおよそ捨て駒にするためだな」
すでに崩れていたベルの表情がさらに歪む。
「冒険者使って、ここみたいな未調査の場所が危険かどうか判断している」
ため息をついたベルは額に手を当てた。
「なるほど。だから依頼の内容に対して報酬が高いのね」
「ではどうして調査ではなく、地図の作成が依頼になっているのでしょう」
二人の会話を黙って聞いていたリアが疑問を口にする。
デトは首だけを回して、背後にいたリアを見た。そして、前方に視線を戻すとゆっくり歩き始める。それに従って、ベルとリアも動き始めた。
「〝調査〟の一言だけだと仕事の成果が曖昧だろ。いい加減な報告がまかり通る。最悪、ここに来なくてもその辺の魔獣でも狩って、『こんなやつがいた』で終わりにできる」
リアは視線を落とした。
そんな人間がいることは信じたくないが、不幸にもそれは否定できなかった。
「まぁ。捨て駒ってのは言い過ぎだが、地図作成よりも未知の脅威を明かすほうが有意義だろう」
デトは三分の一の大きさになった羊皮紙をポケットにしまう。それを見ていたベルが目を細めた。
「あたしらはテキトーにやるつもりはないわよ」
「未知の脅威があるといっただろう。作業しながらなんて進めるわけがない。都度書き込めばいい」
フンッ、と鼻を鳴らすベルに構うことなく、デトが先頭で歩を進めていく。
しばらく三人の足音のみが響いていたが、気づけば反響が弱くなっていた。目を凝らせば、通路はいつの間にか広い空洞へ出ていた。鍾乳石や岩柱がまばらに立ち、そこかしこに深い岩陰を作っている。
デトが足を止めた。
直後、肌を撫でる冷たい気に、生温かい流れが混じっているのをリアは感じた。
リアとベルは同時に武器の柄に手をかけた。ただ一人、余裕の立ち姿を見せるデトの背中をリアはちらりと見る。
ランプを掲げていない腕がゆっくりと動き、デトは人差し指でランプを弾いた。揺れると同時に広がる光のドーム。光源は輝きを増し、その波動が一瞬のうちに辺りへと広がっていった。
そして三体の魔物の姿が映し出された。薄青い不気味な瞳が、暗闇の中からこちらを見下ろしている。筋骨隆々の巨躯に牛の頭。身の丈ほどもある木槌や棍棒を易々と握りしめ、荒い呼気を吐き出していた。
「ミノタウロスか」
「なかなか骨のある奴が出たじゃない」
ベルは静かな金属音と共に剣を抜いた。
「どうする? 一人一体やる?」
「いえ。ベルと私でやりましょう」
リアは二振りの刀をスラリと抜き、ベルのあっけにとられたような視線を受けながらもデトの前へと出た。
「私とベルの目的は同じ。強くなることのはずです。機会を逃しては成長できません」
刃を構えるリアは冷静に、荒い呼気を吐き出す巨躯の、筋肉の収縮と重心の傾きを見極めている。
口を開けていたベルもニヤリと笑い、同じくリアと並ぶ。
「そうね。じゃあデト、光源よろしく」
「ああ」
リアとベルは、悠然と立つデトを背に、それぞれの構えを取る。しばしの見合いに耐えきれなかった中央のミノタウロスが咆哮した瞬間、二人は駆け出した。
***
レナードはいつもと同じ時間に起き、剣を握っていつもと同じ時間に素振りをした。疲労のたまった腕は重しのように体全体を引っ張る。何年も同じことを繰り返しているのに、全く振る速度は上がらず、回数も増えない。
いつもと同じ時間に冒険者ギルドに赴いた。ただ一つ違うとすれば、彼を待つ人がいないことである。
レナードは背を丸めながらその門をくぐる。
いつもと変わらない風景のはずなのにどこか彼を拒んでいる、そんな気がした。
「おい、レナード」
顔を上げると、茶髪で大柄な男、ジャンがニヤニヤしながらこちらに近づいてきていた。
「お前、パーティ追い出されたんだってなぁ」
「ジャン……」
ジャンは無理やりレナードの肩を抱き寄せると大声で笑った。
「やっぱりなぁ、限界だと思ったんだよ。だってお前、明らかに足引っ張ってたもんな」
「ッ……」
ジャンのムカつく顔を視界に入れないよう、レナードはそっぽを向いた。
その様子をも面白そうに見つめるジャンの口は止まらない。
「何年Dランクやってんだよ。そろそろコボルトぐらい軽々一人で倒せるようになってほしいね」
「……コボルトは一人でやれる」
「軽々な」
嚙み締めた奥歯の音が脳内に響く。
レナードが言い返さないのをいいことに、ジャンが続ける。
「あーあこれじゃ、〝シャルロット〟にいつまでも追いつけないぜ」
胃を握られた。そんな感覚だった。
ジャンの太い腕を勢いよく振りほどき、レナードは声を荒げた。
「煩い!」
ジャンの笑みが引きつる。
「ああ、いや……」
剥がされた腕を宙に浮かせたままのジャンに一瞥もくれず、レナードはギルドの奥に歩いて行った。
――わかってる。自分が弱いことも、追い出されて当然だということも。だからそれを指摘されたって仕方がない
だが、彼女に届かない、その現実だけは直視できない。
レナードは依頼書が貼られている掲示板の前に立った。目につくものは、どれもこれも、レナード一人では受けられないCランク指定の依頼ばかりだ。彼が受けられるものといえば、害虫駆除やらスライムの始末やら、パッとしないもの。
――こんなんじゃ、ダメだ。もっと、もっと……
内なる焦燥を認めながら、視線を巡らせる。目に留まったのはスライムの討伐依頼だ。しかし、通常のスライムの討伐難易度とは違い、Cランク指定の依頼だった。
――スライムなら
自分にもできる。だが制度上、レナードは受けることができない。それは彼にもわかっていた。
レナードは受付を見た。
受付嬢は他の冒険者の相手をしていて、こちらを見る余裕はない。
彼はあたりを恐る恐る見回した。
レナードに注目している者は誰一人いない。
彼は、喉が渇いていくのを実感しながら、掲示板に向き直った。身の丈に合わない依頼書に伸ばす手は震えている。
紙とボードの擦れる乾いた音だけがレナードの耳に響いた。




