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ブルーエンペラー ―魔力なしの剣士と無双の青―  作者: カントウしょうゆ
第二章 咎の一角

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第十三話 過去からⅠ 理想と壁

 ベルはその夜、扉を叩いた。


「はい」


 部屋の中から聞こえてくるのは少女の声。

 顔を見せたのはリアだった。


「ベルさん、どうしました? こんな夜中に」


「ちょっと話があるわ。デトもいる?」


「はい。とりあえず、中にどうぞ」


 リアはベルを招き入れた。

 魔石灯に照らされた薄暗い空間の奥で、デトは後ろ姿を見せていた。荷物をまとめているらしい。


「何だベル」


 振り返ることもせず、デトは声を投げた。

 相変わらずの無愛想な態度にベルは安堵をした。


「お願いがあってね……もうここを出ていくの?」

「ああ、明日の昼にはな」

「少し待ってくれない?」


 荷造りをしていたデトの手が止まった。

 振り返り見せた目は細められていた。


「何故だ」


 心の奥底まで探りをいれるような懐疑の視線。

 臆することはない。ベルは躊躇うことなく言う。


「あたしも連れていってほしい」


 声を漏らしたのはリアだった。リアはすぐに口元を塞ぎ、ベルとデトを交互に見ている。


 デトは黙っていた。

 彼は視線を逸らさず、ベルの真剣な眼差しを真正面から受けている。

 少しばかりの緊張感。やがてデトは立ち上がった。


「理由を聞こうか」

「ええ、少し長くなるわ」


 ***


 ベルはリアのベッドに腰を掛け、デトとリアと向き合った。

 彼らの目を交互に見る。

 話を催促するような眼差しを二人から受け、ベルは咳ばらいをした。


「ベル・スパーディア。あたしの名前よ」


 「ふう」と息を吐き、呼吸を整える。


「あたしはスパーディア家の長女として生まれた」


 *


――スパーディア家。別に大した貴族じゃない。治めていたアトラ領も小さな土地だ。だけど、貴族というからには、良い暮らしはさせてもらっていた。


 あたしには弟と妹がいる。あたしは長女だけど、女だから、家を継ぐことはない。だからそう、弟よりは自由にやれていた。


 いつだったか。父と王都へ赴いた時に見た騎士団。

 あれは痺れた。

 煌びやかな軍服を纏い、民を守るために整然と行進する彼らの姿。太陽の下、揺るがない正義を象徴していた。


 それからというもの、あたしは剣の道にのめり込んだ。幸い、剣の才能には恵まれていたらしく、厳しかった父もあたしの本気の姿を見て認めてくれた。


 王立の騎士高等学校に進学して、死に物狂いで剣術と教養を学んだ。周りからの目はそれは酷かった。どうしたって女は男よりも体力も劣る。騎士を目指しているのを馬鹿にされるのは日常茶飯事。でもあたしは諦めなかった。馬鹿にしてきた奴ら全員力で黙らせた。


 最終的には首席で卒業。すぐに騎士団第六支部へと配属され、そして――


 憧れた騎士に現実を見た。


 学校と何ら変わらない。女だからと、女の癖にと、虚仮コケにされる毎日。大した仕事は任せてもらえない。雑用をさせられる。挙げ句の果てには、家のことを馬鹿にされた。


 だが、学生の時と同じく、力で解決してしまえば、それこそスパーディア家の名に傷がつく。せっかく父が積み上げたものを、あたし如きが潰していいわけがない。

 何度も暴れそうな腕を抑えた。長く勤めていれば、報われる。いつか結果を残せば認められる。そう思っていたから。


 だけど、あれだけはどうしても許せなかった。


 ある日、街の中心部で一般市民が魔獣に襲われた。おかしな話だった。外から街へ魔獣が侵入した痕跡がどこにもない。捜査を進めると、すぐに原因が判明した。魔獣は、この街を治める有力貴族の別荘……その地下から現れたのだとわかった。


 当然、あたしたちは屋敷の主に事情聴取しようとした。騎士ってのは正義の塊で、相手が貴族だろうと悪には容赦しない。


 そう本気で信じていたのは、滑稽なことに、あたしだけだった。


 事件の捜査は突然、取りやめになった。


 第六支部の団長は、その貴族から多額の賄賂を受け取り、事件のすべてを闇に葬ろうとしていた。薄暗い部屋の奥で、団長が貴族と下劣な笑みを浮かべながら金貨の袋を受け取る姿。その一部始終を見てしまった時――あたしの中で、何かが完全にプツンと切れた。


 気づいた時には、剣を抜いて突っ込んでいた。すぐ同僚に取り押さえられて、殺人犯にこそならなかったけど、当然その場でもクビ。

 怒りが収まらないあたしは、別の支部――第五支部へと駆け込んで、団長の汚職と貴族の蛮行をすべて報告した。でも、取り合ってはもらえなかった。団長があらかじめ手を回して、完全に揉み消されていたのだろう。


 憧れと尊厳をズタズタに踏みにじられて、あたしはスパーディア家に戻った。父は、こんなあたしを見かねて、もう剣は置いて早くどこかへ嫁ぐように勧めてきた。


 だけど、諦めきれるわけがない。あたしの追い求めた気高き理想は、あんな泥水みたいな場所にはない。

 それを証明するためにあたしは父に頭を下げて、もう一度剣を握る機会を得た。


「理想を貫きたくば、力を得るしかない。行ってこい。その手で証明してみせろ」


 厳しくも温かいその言葉と共に、父は再びあたしを送り出してくれた。一から衛兵として名を挙げ、己の正義を貫くために、あたしはアリスタへとやってきた。


 *


「って思ってたんだけどね」


 ベルは呆れたような、乾いた笑いをこぼした。


「いつのまにか手柄だとか、形ばっかに囚われてた。焦ってたのね。ここにきてから約一年、何の成果もあげられずにいたから。次第に、ここでの生活に慣れてきて、向上心も薄まってた。……でも」


 ベルはデトの目を見た。


「あなたが戦う姿を見て、思い出したわ。ここにきた理由。剣を握る理由。父と自分に嘘をつかないために、自分の理想を貫くためにあたしは……」

 


「強くならなきゃいけない」



 放った言葉に嘘はない。

 だからこそ。芯からの言葉だからこそ、ベルは震えていた。

 青い瞳がじっとベルを見つめる。


「強くなる……か」


 デトが視線を外して額を押さえ、声を漏らした。


「あんたと一緒にいれば、その糸口が掴めると思ってね。それと……リア」

「は、はい」


 不意に自分の名を呼ばれたリアが肩を上げた。


「ジークって人……探してるんだって?」

「え?」

「その名前に聞き覚えがあるわ」


 リアは前のめりになり、目を大きくした。彼女の隣にいたデトも目だけはベルに向け、鋭い視線を送る。


「あんたたちが探している人と同一人物かはわからないわよ」

「もったいぶるな。聞かせろ」


 彼の高圧的な態度にベルは眉をひそめたが、すぐに気を取り直す。


「ジーク、元円卓の騎士、最強の男よ」

「えんたくの騎士……」


 リアは聞き入っていた。


「ええ、騎士の中でも最も位が高い……王直属の選ばれし騎士たち」

「たち?」


「忠誠心が高く、そして実力のある十二人の騎士がその座を得られる。この国ができてから現代にいたるまで、円卓の騎士というのは王に仕える最強の矛と盾として機能してきた。その中で、ジークって人は、歴史に名を残すほど有名ね」


「最強……か」


 デトが呟く。

 こくり、とベルは頷いた。


「歴代の円卓の騎士たちと比べてもその実力は別格。真龍しんりゅうを一人で討伐したって噂もあるわね」


「ジークさんが……」


 リアは驚きに目を丸くした。


「それと、彼が異質なのはその出身よ」

「出身だと?」


 デトが短く問う。


「ジーク――最強の騎士は孤児なのよ」


「……なるほどな」


 デトは腕を組み、小さく息を吐いた。


「彼は子供の頃、当時の円卓の騎士に拾われて、剣を学んだそうよ。そして、血の滲むような努力と類まれなる才能により、遂にはその出自の壁をも超えて円卓の騎士の座に就いた」


 孤児――。 その言葉を聞いた瞬間、リアは胸元をぎゅっと握りしめた。リアの目頭が赤くなる。


「……相当な奴だ」


 デトの呟きには、静かな重みがあった。


「血統や権力がすべてのあの世界で、自分の力だけで頂点に立った男……あたしにとって、ジークは希望そのものよ」


 ベルの言葉には、先ほどまでの自嘲気味な響きはなく、純粋な憧れと熱がこもっていた。そして彼女は、意を決したようにデトとリアを真っ直ぐに見据える。


「あたしも一人の騎士として、己の正義を証明するために……その最強の男に一目会いたい。だから、あなたたちの旅にあたしも連れて行ってほしい」


 薄暗い部屋に静寂が訪れた。魔石灯がベルの横顔を照らす。

 リアが息を呑んだ。その小さな音さえもベルの耳に届いた。

 リアの見つめる先で、デトはベルの目を真っ直ぐ捉えている。

 ゆっくりと彼の口が開いた。


「リア」

「は、はい」


 上ずったリアの声。


「お前はどうだ」

「え」


 デトは顔を動かさず言葉を続けた。


「この旅はもとはといえばお前の旅だ。……決定権はリア、お前にある」


 リアは、ベルを見た。ベルはリアに視線を返す。

 もごもごと動いていたリアの小さな口はやがて締まり、彼女の目に真剣さが現れた。


「私は、ベルさんがいてくれたら心強いと思っています。ジークさんの情報も提供してもらえました。断る理由はないです」


 ベルの瞼と頬が上がった。いつしか強張っていた手も緩まる。

 リアが同じトーンで言う。


「それと……妹弟子がいるのも面白いかなって思います」

「え」


 予想外のその言葉にベルの口は開いたまま。


「これからよろしくお願いします。()()


 リアがわざとらしい笑顔を見せた。

 デトが鼻息をついた。彼は無表情のままだ。


「決まりだな」

「ちょ、リア! あたし多分あなたより年上よ?!」


 ベルは勢いよく立ち上がり早口言葉のごとく声を尖らせた。

 リアは腰を掛けたまま、極めて冷静な声と表情である。


「知りません、関係ありません。デトさんの弟子になったのは私が先です」

「いや、あたしは弟子とかじゃなくて――」


 デトが立ち上がった。


「出発は明後日だ。それまでに準備してこい」

「デトからもなんか言いなさ――」


「出てけ」


 ベルは部屋の外に一人、放り出された。


 ***



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