第十二話 踏み出す一歩Ⅰ 報告
白い衛兵服に胸当てと籠手を身に着けた女性が街を歩いている。一つに結われた薄い金髪を揺らしながら、ベルは閑散とした街並みに目をやった。
活気が戻ったと思われたアリスタは再び生気を失った。
わずかに行き交う人々も、どこか浮かない顔をしている。
あの夜、原欲の徒が破壊したのは冒険者ギルドのみではない。奴らはアリスタという街の拠り所を奪い去った。
しばらく進めば、冒険者ギルドが見えてくる。
しかし、鉄骨のみが剥き出しになり、かつて陽光を反射していた剣と盾のブロンズ像も、無惨に煤に汚れていた。
近づくと、男たちの声が聞こえる。事件から中一日だというのに、すでに復旧に着手しているらしい。崩れた石材や鉄骨を放り投げる、無骨で重い音がまばらに鳴っていた。
彼女は淡々と作業を続ける冒険者たちを横目にとある宿へと向かった。
アルバの宿。古びた木造建築の玄関口には、いつも掃除をしていた彼女の姿はない。
ベルは誰に許可を取るでもなく中に踏み入った。そして、軋む階段を登り約束の場所へと向かう。
途中通り過ぎた部屋には、戦闘の痕跡が残っている。裂かれに裂かれたチェスト、ベッドが散乱し、壁にはまさに爪痕が刻まれていた。先日自分もいたその空間はもはや部屋とは呼べない。
隣、二〇三号室と書かれた扉を叩く。
「はーい、どぉぞー」
木の板一枚によりくぐもった、柔らかな声が聞こえた。
扉を開け、まず目に入ったのは、儚く白いエルフのアルバ。彼女は入口の側に佇んでいた。
部屋を見渡せば、各面々が会している。
ベッドに深く腰かけているデトとその横に座るリア、窓際で背筋を伸ばして立っているオゼロ、そして杖と共に椅子に座っているギルバルド。
魔石灯をつけずとも明るいその部屋は静謐で尚且つ少しばかりの緊張感があった。
「遅いな」
デトがベルを見もせずに呟いた。
「悪かったわね。まさかオゼロより後になるとは思わなかったわ」
オゼロが誇らし気な表情をする。
「それは大事な集会ですから。しっかり起きますよ」
「じゃあ、リアの監視の時は大事じゃなかったってことね」
「あ、いや。そういうわけでは……」
オゼロの引きつった笑いにより場の空気が和んだ。そんな気がした。
各々の顔を一瞥したギルバルドが咳払いをした。
「そろったな」
その言葉で、彼に視線が集まる。
ギルバルドは相変わらずの厳格な面持ちである。
「まずは、皆に深く感謝を申し上げる」
彼は整えられた黒髪の頭部を全員に見せた。
「あの夜、貴殿らがいなければ冒険者ギルドのみならず、アリスタは崩壊していた。もとよりこのギルバルドの命もなかっただろう。ギルドマスターが不在の中の代理ではあったが、このような惨劇となり不徳の致すところ。スピカ君の件と一度ならず二度までも迷惑をかけたこの……」
「ギルバルド」
デトの重い声がギルバルドの言葉を止めた。
「感謝が謝罪になってるぞ」
ギルバルドは拳を握った。震えるギルバルドから感ぜられる、隠しきれない悔恨と自責の念。
デトがため息をつき、言葉を続けた。
「責任感が強いことは結構だが、要らないところまで気を回されちゃ、気持ちが悪い」
言い草こそはひどいものであったが、その奥に、ギルバルドへの気遣いがあることをベルにも察せられた。
デトを見る目もあの一件で随分と変わったことをベルは自覚していた。
「そうね。あの日は全員が最善を尽くしたわ」
彼女はデトの足りない言葉を補うように、そしてギルバルドへ向けて言った。
「誰一人、謝る必要なんてありません」
アルバが鼻を鳴らす。
「ギルちゃんは十分がんばったわぁ」
「さらに言えば、ギルバルドさんがいなければより酷いことになっていたでしょう」
オゼロも場の雰囲気に合わせながら頷いた。
ギルバルドはしばらく顔を見せなかった。震えた身体は傷によるものなのか、悔しさによるものなのか、はたまた――。
彼はゆっくりと頭を上げた。見せるその顔はいつもよりも緩んでいる。
「ありがとう」
ギルバルドの声は柔らかくなっていた。
彼の肩が少し下がった。
***
ギルバルドが一息をつく。
「それで、本題なのだが」
先ほどの和らいだ声と表情は元に戻り、ギルバルドは以前の厳格さを宿していた。
彼の改まった雰囲気に、部屋も緊張感を取り戻す。
「貴殿らには咎魔教、もとい、原欲の徒の目的について話しておこうと思う」
オゼロが眉を上げた。
「良いのですか? 我々にその話をしても」
「あの日、重要な立場と思しき人物と直接対峙した諸君らには話す義理があると考えた。もちろん、混乱を防ぐために不用意な情報漏洩は避けていただきたい」
リアが恐る恐る手を上げた。
「すみません。そもそも、原欲の徒って何ですか?」
「我々が咎魔教と呼んでいる彼らは、咎魔を崇拝するカルト集団だ」
ギルバルドの口から語られた神話。
神の陣営と対立した悪魔という存在。奴らは悪しき魂をその身に宿し、自身らを敵視する神の陣営へと牙を剥いた。そして、特に支配力を持ち、絶大な力を誇っていた七柱の悪魔はそれぞれ咎の名をつけられた。それが――
「――咎魔だ」
「それを信仰しているのが咎魔教……」
リアの呟きにギルバルドは頷いた。
「だが、自身らの信仰対象であるものを咎と呼ばれるのは気に入らないらしい。最近は自らを原欲の徒と名乗っている」
「それで、そんな奴らが何をしに来たんですか」
ベルが先を促す。
「私が対峙したあの長髪の魔人が言っていた。彼らの目的は〝双対兵器〟を動かすことだ」
一同が眉を顰めた。
アルバも頬に手を当て首を傾げた。
「それって実在するの? 私でも噂話程度でしか聞いたことないわよ?」
ギルバルドは首を横に振る。
「詳しくはわからない。だが、あの魔人の口振りからすれば本気だろうな。……神話の兵器、それが起動されてしまったら世界が崩壊しかねない」
「だとして」
ベルは頭を掻きながら言う。
「何でここなんですか。アリスタにその双対兵器ってやつがあるってことですか?」
「そうではない。彼らがここに求めたのはそれらを動かすエネルギーの方だ。冒険者ギルドのみならず、この街は大魔石と呼ばれる膨大なマナを保有した魔石によって支えられている」
「なるほどつまり」
オゼロがパチンと指を鳴らした。
「それを守るのが我々の次なるミッションというわけですね」
ギルバルドが黙った。
彼は顔を俯かせ、眉間に皺を寄せた。
「ギルちゃん……?」
「……大魔石はすでに奴らの手に堕ちた」
絞り出すようなその声に無念が乗っていた。
ただ残酷な事実だけが残った。
***




