第十一話 追撃Ⅰ 反撃の白
燃え盛る炎に照らされる千切れた腕や血。散乱する、剣や斧の武器と冒険者たちの死体。
その合間に、原欲の徒のシンボルである六角形の紋様が刻まれた服を着た死体が混じっている。
冒険者ギルド。アリスタの中枢とも言えるこの場所は見るも無惨に、戦火に包まれていた。
崩れ落ちた屋根の奥、鉄骨の合間から夜空が姿を見せている。
広間を埋め尽くしていた無数の木製テーブルや椅子は原形を留めず、火の粉を散らす薪と化していた。
熱波の充満する炎の中、血に塗れたギルバルドは膝をつき、地に伏せようとしていた。
ギルバルドのオールバックの黒髪が型を崩している。
「黒狛の名が聞いて呆れますね」
彼の目の前に立つ長髪の男は長剣を握り、ギルバルドを見下ろす。
優美な声も相まって不気味さが増している。
「かつて、この地に名を馳せた冒険者、黒狛。年老いて牙を抜かれましたか」
茶色の長髪をかきあげると、端正な顔立ちを覗かせる。長髪の男は首を振った。
「ギルドマスターが不在の中、黒狛が指揮を執っていると聞いていましたが、大したことがない。戦力を削る意味もありませんでしたね」
「貴様……ら。一体何をしようと……している」
掠れた声を懸命に出すギルバルド。
「死にゆくあなたが知ることではないです。……ですがまあ、冥土の土産に一つ教えて差し上げましょう」
長髪の男が頬を少しだけ上げて笑う。そして、そっと告げた。
「〝双対兵器〟」
ギルバルドの虚ろになりかけていた目が大きく見開かれる。掠れていた呼吸が一時的に止まり、彼の顔が青ざめていく。
「それは……単なる噂話では……」
「あなたが信じるかなんてどうでもいい。……我々の目標はそれらを起動させること。そのために膨大なエネルギーが必要というわけです」
「……あんなものッ……実在してしまったら、世界が崩壊するぞッ!!」
炎に照らされた長髪の男の不気味な笑みが膨れ上がる。
「あぁ……いいですね、その顔。どう足掻いても意味がないというのに、それでも必死になっているその姿。……ご安心を。あなたが世界の変革を目にすることはありません。あなたはここで、死にゆくのですから」
長髪の男はゆっくりとギルバルドに近づいていく。一歩一歩、甲高い靴の音を響かせ、死への入口が迫る。
すると、ギルバルドが体を震わせながら、側に転がっていた剣を掴んだ。
長髪の男は訝しげな顔をし、足を止めた。
「おや、まだ動きますか。苦しむ時間が増えるだけですが……」
歯を食いしばりながら立ち上がるギルバルド。今この瞬間、その雄姿は誰よりも気高く輝いていた。
「このギルバルド、世界の脅威を目の前に黙って死ねるほど、落ちぶれてはいない……」
長髪の男が冷ややかな笑いを飛ばす。
「はは……そうですか。心底興味ありませんね」
その言葉を皮切りに、長髪の男が地を蹴った。
一瞬にしてギルバルドと長髪の男の距離が縮まる。
長剣が一閃を描こうとしたその時、ギルバルドの後ろから強烈な熱波が突き抜けた。
煌々と輝く光の玉がギルバルドのすぐ横を通り過ぎ、長髪の男へと向かう。
振り抜くことを瞬時に諦めた長髪の男はその場を跳び、周囲の業火すらも凌駕する熱量の光玉を避けた。
ギルバルドの背後、ギルドの入り口だった場所から現れた影は、長く尖った耳を持っている。
そしてその影は、大きな箒を構えたまま、ギルバルドの前に立った。
「腕が鈍ったかい、ギルちゃん」
彼の目に、儚く白い、それでいて頼もしい背中が映る。
「アルバさん……これは手厳しいな」
ギルバルドの顔に現れるのはわずかな安堵。それとは対照的に長髪の男の目が険しくなる。彼の余裕の態度は消え失せた。
「白狐ですか……。やはり、アリスタは侮れませんね」
「外にいた奴らは全員片付けたよ。あとはアンタだけだ」
舌打ちをする長髪の男。彼はため息をつき、表情を整えるが、苛立ちは隠せていない。
「全く……使えない奴らばかりですね。目的は果たしていますが……無駄に駒を消費してしまっては、私の評価に傷がつきます」
長剣が振り切られ、風切り音が鳴る。
「あなたの首を、その補填とさせていただきましょう」
アルバの箒の先に現れる光の玉、それが放たれると真っ直ぐ長髪の男へ向かった。
走り出す長髪の男は光の玉を避け、茶色く長い髪を靡かせながらアルバとの距離を縮めていく。
次々に光の玉が生成され、放たれる。
豪雨のように襲い掛かる光弾の隙間を潜り抜ける長髪の男の背後で、避けた光球による爆発音が鳴り響いている。
疾風を纏い、突撃してくる長髪の男は熱を帯びる光玉に掠ることはなく、ついにはアルバの目の前に到達した。
アルバの首を斬ろうとしたとき、男の目に映ったのは口角を上げ、自信の笑みを浮かべるエルフの顔だった。
長髪の男がその違和感に気づいた時には遅かった。
アルバの脇から飛び出してくる薄く輝く金髪の少女。少女の胸当てと籠手が炎の姿を反射する。
長剣が少女の剣に甲高い金属音をあげて弾かれた。
男が動揺をしたその一瞬で少女は剣を切り返し、原欲の徒のシンボルごと男の腕を斬り飛ばした。
「……ッ!!」
長髪の男は焦ったようにアルバから大きく距離をとる。
彼の腕が床に転がった。
アルバはその少女の背中に、微笑みかける。
「ちょっと遅いんじゃない? ベルちゃん」
「勘弁してください。こっちも全身痛いんです」
腕の切り口を押さえる長髪の男の頬には汗が伝う。彼は歯を強く噛みしめ、ベルを睨んだ。
ベルは、屈辱に歪んだ顔を向ける男を見て言う。
「そろそろ、外にいた冒険者たちも帰ってくるわ。増援を呼んだって無駄よ」
歪んだ表情を取り繕うように笑みを浮かべる長髪の男。
「……ははは。そんなことはしませんよ。私の仕事は終わっているのですから。……分が悪くなってきましたからね、ここいらでお暇するとしますよ」
男の足元に魔法陣が現れると、彼の身体が浮遊し始めた。
ベルがすぐに走り出し、宙に浮いた男の足を目掛けて剣を振り上げるが、ギリギリのところで剣先は届かない。
勢いよく夜空へと向けて上昇する長髪の男は口角をつり上げ、呟いた。
「残念でしたね。私の勝ちですよ」
「それは、どうでしょう?」
長髪の男は耳を疑った。声が彼の上から聞こえてきたのだ。
男がその方向に顔を向けると、白い衛兵服を着た、白髪の青年が鉄骨の上に立っていた。彼の身体に巻かれた包帯は血で滲んでいる。
「き……貴様! 何故ここに!!」
オゼロが剣を握りしめ、鉄骨から飛び降りた。
「少しやりすぎましたね。お返しです」
両手で握られた銀色の刃が、炎をその身に映しながら振り下ろされた。
長髪の男の胸が切り裂かれる。それと同時に魔法陣は消え、落下していった。
自由落下により加速していく長髪の男の身体。その向かう先の地上には、ベルが構えを取って待ち受けている。
バランスと力を失っている男は抗うことができず、一直線に落ちていく。
焦燥の乗った男の目と、ベルの闘志に満ちた目が合う。
強烈な踏み込みと共に放たれたベルの銀色の剣が、男の首に深く入り込み、落下の勢いそのままに断ち斬った。
鈍い音を立てて肉塊が落ち、潰れた。
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