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ブルーエンペラー ―魔力なしの剣士と無双の青―  作者: カントウしょうゆ
第二章 咎の一角

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第十話 神速Ⅳ 韋駄天

 古びた木の閉鎖空間。二人の影が伸びる。

 リアは目の前の魔人、ケイルに殺意を向けている。

 だが、彼はその鋭い殺気を歯牙にもかけていない。


「そうだ。一応聞いとくか」


 ケイルが気だるげな声で言う。


「お前、こっち側につかねぇか」


 リアは目を細め、呆れたような声を出した。


「正気ですか? そんなわけ――」

「だよな」


 ケイルの声がする頃にはすでに鉤爪が目の前に迫っていた。

 瞬時に攻撃の軌道から脱する。

 風を貫く音と急接近の余波が空気に伝わった。


「いやぁ、よ」


 突き出した腕を下ろしてリアを見るケイル。その表情は嘲笑を隠せずにいた。


 刀を握るリアの手に力が入る。


――速い……


 優勢であることがさも当たり前であるかのように、彼の立ち姿には余裕が表れている。


「戦力が欲しいから引き込むって案もあったんだが、応じるわけがないわな」


 再びケイルの身体が目にも止まらぬ速さで迫り来る。

 鉤爪が掻っ切るようにリアの顔面へと向かった。


 頭を屈めて斬撃を回避する。

 背後の魔石灯が六層にスライスされた。

 一段明かりが落ちる。


 距離を取るリアとすぐに追うケイル。

 彼は腕を猛然と振り続けた。


 鉤爪を避けるので精一杯のリアは部屋中でステップを踏みながら攻撃を凌ぐ。


「おいおい。逃げてばっかりかよ!」


 部屋には、まさに爪痕が切り刻まれていく。

 腕の筋肉が盛り上がると、ケイルは切り上げるように斬撃を放った。


 鉤爪はリアに届くほどのリーチはない――しかし、空気を裂くその衝撃波。

 空気の振動を肌で察知したリアはすぐにその場を跳び退いた。


 直後、背後に設置されていたベッドが細切れに裂かれる。

 一足遅れた。

 その斬撃がリアの肩にも傷跡を残す。


――ッ……直撃したらひとたまりもないな


 常に戦いの主導権を握っているケイルは笑みを失うことがない。


「大したことないな、シフルってのはよ」


 薄暗い狭い部屋で乾いた笑いが響いた。


 ***


 西の森の奥。森が悲鳴を上げていた。

 オリヴィアの脚とデトの腕がぶつかり合う度にその振動が響き渡る。


 高速で繰り出されるオリヴィアの蹴りと斬撃。それを捌くデトは、攻撃の合間の隙に拳を突く。

 手のひらで受け止めることはできず、腹部にその一撃を受け、オリヴィアは弾き飛ばされた。


 すぐに追撃を狙ってデトは拳を飛ばすが、二撃目は彼女の手のひらに衝撃を吸収される。

 一瞬の静止の間、お返しとばかりにデトの腹に彼女の靴底がめり込んだ。

 先ほどのオリヴィアよりも遠くに飛ばされるデト。


 オリヴィアは口角を上げたまま、デトを睨む。


「初めてよ、ここまで本気になったのは」


 艶やかな声で笑う。


「さすが、シフルの師って言ったとこかしら」


「……何故そのことを知っていやがる」


 デトの額にしわが寄る。

 その様子を見てオリヴィアの笑みは一段と大きくなった。


「あら? 言ってなかったかしら、私たちの目標は()()()()()()と……シフルの抹殺よ」


 デトの鋭い視線がさらに険しくなる。


「もちろん貴方とシフルとの関係も調査済み。この前、私のスピカ(おもちゃ)にやられた子が、生き延びられるかしら。もう、死んでるかもね。フフフッ……アハハ!」


 口元を隠すが、堪えられずに笑い声が不快に響く。

 夕闇が彼女を照らす。闇に落ちたような姿が、甲高い笑い声とよく似合う。


 デトは黙り続けたが、不意にため息がこぼれた。


「……ならばなおさら、てめえが行くべきだったな」


 デトの呟くような言葉にオリヴィアは声を止めた。

 彼の顔には絶望など微塵も映らない。


「シフルはそもそも稀有な存在だ。さらに言えば、その才能を発揮させるのもごく一部。覚醒したシフルなんぞ、そうそう拝めるものじゃない。……お前ら知らんだろう」


 オリヴィアの目は鋭くなっていく。


「奴らの真価は並外れた身体能力だけではない」


 その言葉は重く、落ちていく温度と重なる。


「闘いの中での急成長」


 オリヴィアから笑みは消えた。

 デトの声は確信に満ちていた。


「さて、こっちの勝負に集中しようか」


 ***


 リアは自身の成長を感じていた。


 飛ぶ斬撃、疾風を纏う突き、そのどれもが確かにスピカよりも速かった。だが、確実に見切っていた。回数を重ねるごと身体に馴染む超速の世界。次に来る攻撃の予測。狭い空間で逃げ場も少ない中、空間を利用することを容易にこなしている。


 ケイルの額に汗が滲む。


「チッ……ちょこまか鬱陶しいな。避けるだけでつまんねえぞ!」


 夕日が落ち始め、ボロボロの部屋は頼りの光を失っていた。漆黒の刀がよく馴染む。

 両刀を握り、構えてはいるがリアは攻撃に転じない。


――見える。避けられる。だけど……隙がない……


 純粋な戦闘能力としてはケイルの方が明らかに上であった。攻撃の間隔は短く、動作は実に無駄がない。


 息を切らすリアに募る焦り。

 体力面でも彼女は劣っていた。彼の猛攻は勢いを失わない。


「逃げてばっかじゃ、勝てねえぜぇ?!」


 焦燥の中でも、ケイルの動きを観察する。

 わずかな緩みを見つけるために。


 ケイルは片腕を大きく振りかぶった。そう、大きく。

 これまでの猛攻よりも僅かに遅れる鉤爪。


――ここだ


 床板を強く踏み締め、距離を縮める。

 リアは左手の白銀の刀をケイルの鉤爪にぶつけた。

 鼓膜をつんざく金属音。強烈な重圧がリアの肩の骨を軋ませた。


「なっ……!?」


 ケイルの顔に初めて驚愕が走る。

 彼の腕は弾かれた。リアの力はケイルを凌駕していた。


 ケイルはすぐに反対の腕でリアの顔面を狙う。

 迫る五つの刃物。暗い空間でもそのギラめきは、はっきりしていた。


 リアは全体重を右足に乗せ、体勢を思いっきり低くした。

 すくいあげるような鉤爪の軌道はリアの金髪を撫でるだけだった。


 身体が捻じれたケイル。

 リアは右手の漆黒の刀を握りなおす。


 〝一瞬だ〟


 デトに稽古をつけてもらった際に告げられた。


 〝必ず隙は現れる。その隙を見逃すな。お前の速度なら、その一瞬で――〟


 デトの言葉と確信が重なる。


――斬れる


 自分の全身を支える右足の力を一気に解放する。

 木板が割れると同時に漆黒の刀が暗闇に溶け込んだ。

 瞬間的な加速は雷撃のよう。

 彼女の身体は爆発的な速度を得た。


 ――韋駄天いだてん――

 

 彼女の身体は直線を描き、一拍の間に一閃を放った。


 空中を駆けるリアと、宙を舞う刎ねられたケイルの首。

 音を置き去りにしたリアの神速はケイルの目に映ることなどなかった。

 頭が落下する鈍い音と共に、リアは着地する。


 鬱陶しい男の声はもう聞こえない。

 静寂の中、伏せる男の肉体を見下ろしながら呼吸を整える。


 身体の火照りを感じると同時に、胸の高鳴りを噛みしめていた。

 

 ***


 第十話 神速 完


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